第12話 エルフ族のオリビア
●オリビア視点
エルフの泉へ向かう前に、わしは実家へ戻っていた。エルフ族の族長である父への挨拶だ。
「……本当に行くのか」
親父殿はベッドに横たわったまま、わしを見つめていた。長い間、病に苦しんでいる。昔は誰よりも強かった親父殿も、今では自分で起き上がることすら難しい。
「ルークにはでかい借りがあるからの」
「エルフの泉へ行って、戻ってきた者はおらぬ」
親父殿の声は弱かった。
「戻ってきたのは、我らエルフ族の始祖アールヴだけ。それも神話の話じゃ。本当にそんな泉があるのかさえ分からぬ」
「ある」
わしは迷わず答えた。
「このエルフの血が、そう言うておるのじゃから間違いない」
親父殿は黙った。きっと親父殿も感じている。エルフ族なら、誰もが知っている。
エルフの泉は存在する。
だからこそ、今まで何人ものエルフが泉を目指して旅立った。しかし、帰ってきた者は1人もいない。
「オリビアよ……。お前はたった1人の娘だ。死ぬのは許さん」
「親父殿、わしを誰だと思っておる?」
「……」
「親父殿の娘じゃぞ」
わしは親父殿の手を握った。
「別れの挨拶はせぬ。また戻ってくるのでな」
親父殿は何も言わなかった。ただ、わしの手を強く握り返した。
今度はお袋殿が口を開いた。
「オリビア。ゆめゆめ無理をしないと約束して」
「分かっておるよ、お袋殿」
わしは笑った。
「親父殿を頼んだ」
これでいい。親父殿の看病は、お袋殿に任せてある。もしわしの身に何かあったとしても、親父殿のそばにはお袋殿がいる。
●ルーク視点
「オリビア、本当にそのエルフの泉とやらに行くのか?」
俺はエルフの森を歩きながら、隣にいるオリビアへときいた。
「わしがテコでも動かんのは知っておるじゃろ」
昔からオリビアはそうだった。1度決めたことは絶対に曲げない。
「俺が言ってんのは、こいつら全員を巻き込んでまでやることかってことだ」
俺の後ろには、エレナ、フィリー、セシリアがいる。3人とも、エルフの泉へ向かうために万全の装備を整えていた。
アイシェは別荘に残っている。何かやっているらしいが、俺は詳しく聞かされていない。
「ルーク! みんなで話し合って決めたことなの!」
エレナがすぐに口をはさんだ。
「ここまで来てごちゃごちゃいうのは無し」
フィリーも続けた。
「そうですよ。魔王ともみんなで戦ったじゃないですか」
そう言って、セシリアも俺を見る。
3人とも本気だ。
だが俺は、自分の今の体を受け入れている。両手がなくてもいい。右足がなくてもいい。左足に感覚がなくても生きていける。別に、一生ベッドの上で暮らすことになっても構わない。
そりゃ、元の体に戻れたら嬉しい。でも、そのために仲間の命をかけるつもりはない。
ただ、それは俺の感情だ。こいつらの思いは違う。俺を助けるためなら、命をかけてもいいと思ってくれている。その気持ちを、むげにすることなんてできなかった。
「……分かったよ」
俺は小さく息を吐いた。
「悪かった。みんなで行こう」
3人の顔が少し明るくなる。
「ただし、これだけは約束しろ。誰か1人でも危険な状態になったら、即撤退だ」
「……」
「これが飲めないなら、俺はここで引き返す」
エレナがうなずいた。フィリーも続く。セシリアも。
それを見て、オリビアは腕を組んで笑っている。
「ここにいる全員で、無事に戻ってくるぞ。そのときは、ルーク。お主の呪いは解けている」
オリビアが手を高く上げた。
「新生勇者パーティー、新たな冒険じゃ!」
「おー!」
こうして、エルフのオリビア、剣聖エレナ、賢者フィリー、聖女セシリア、そして俺。
5人でエルフの泉を目指して歩き始めた。
●オリビア視点
ルークと出会ったのは、何年前だったか。もう忘れてしもうた。ただ、ルークがまだガキだったことは覚えている。
あの日、わしは1人で崖を登る訓練をしていた。エルフ族の戦士として、もっと強くならなければならなかったからじゃ。
高さ100メートルの崖。命綱なし。あともう少しで登りきるというときじゃった。
疲労と判断ミスで手を滑らせた。
「しまった……!」
幸い、途中の木に何度かぶつかったことで勢いは少し弱まった。
でも体は動かなかった。腕にも足にも力が入らない。どうすることもできず、わしの体はそのまま地面へ落ちた。
「ぐはっ!?」
高さ100メートルからの落下。
起き上がることすらできない。仲間に知らせようとしても、近くには誰もいない。
「……まずいのぉ」
1時間ほどたった。当然、助けは来ない。
「ここまでか……」
そう思ったときだった。森の中から1人の少年が歩いてきた。
少年は、わしを見ると目を丸くした。
「お主……、人間か?」
それがルークとの出会いだった。聞けば、森へ迷い込んでしまったらしい。少年ルークはポーションを取り出した。わしの口にポーションをゆっくりと流し込んだ。
そしてわしは、なんとか体を動かせるようになった。
「助かった……、感謝する。人間の少年」
ルークは笑った。その笑顔が印象に残った。わしは礼として、少年ルークをエルフの里へ連れていった。
「好きなだけ食え」
「じゃあ、遠慮なく」
少年は本当に遠慮しなかった。
「うまい!」
「そうじゃろう」
「これも食っていい?」
「もちろんじゃ」
「これも!」
「お主、よく食うのぉ」
「だってうまいから」
わしは久々に大笑いした。
それからルークとは、時々一緒に訓練するようになった。
人間の成長は早い。ルークは特に早かった。気づけば、わしと肩を並べるほど強くなっていた。
「オリビア、今日も組み手やろうぜ」
「よかろう」
その日も、いつものように組み手をした。
「いってー!」
ルークが地面に倒れ込む。
「ちょっとは手加減しろよ!」
その頃にはもう、手加減などしておる余裕はなくなっていたのじゃ。ルークはそれほど強くなった。そして、わしの信用できる唯一の人間となっていた。
「ルーク」
「ん?」
「光栄に思え。お主をわしの親友と認めてやる」
ルークは苦笑した。
「光栄なのか、それは? でも確かに、エルフ族のオリビアに認められるのは誇らしいな」
「そうじゃろう」
そう言ってわしは笑った。
「本当に魔王討伐へ向かうのか?」
「ああ」
「……そうか」
わしは拳を握った。エルフ族は魔界へ入れない。瘴気への耐性が極端に低いからだ。つまりルークと一緒に冒険には行けない。
「お主の力になれぬのが歯がゆいわ」
「何言ってんだ。俺をここまで強くしてくれたのは、オリビア。お前だろ」
「……」
「十分すぎるほど力になってくれた。ありがとな」
ルークは笑った。
わしは何も言えなかった。ただ、胸の奥が熱くなった。
そして今。
わしは勇者パーティーの先頭に立って、エルフの森を歩いている。後ろにはルークたちがいる。
ルークに礼を言うべきなのは、わしのほうじゃ。
「ルーク、一度しか言わん」
「なんだよ?」
わしは前を向いたまま言った。
「魔王がいなくなったことで、世界の瘴気はかなり薄くなった。エルフ族にとっても、それは大きなことだ。エルフ族を代表して、感謝を述べる」
「それを言うなら、俺だけじゃなくてこいつらにも言ってくれ。この4人だからできたことだ」
わしは立ち止まり、みなに向かって頭をさげた。
「エルフ族のみなが、お主らに感謝しておる。ありがとう」
4人はわしを優しく抱きしめた。
……なんというか、こういうのは苦手じゃ。
じゃが余計に覚悟が決まった。わしはルークのためなら、こいつらのためなら、命をかけてもいい。あのとき死んでいたはずの命。ルークに救われたこの命……。
ルークを必ず、エルフの泉へ連れていく。そして無事この場所へまた連れて帰る。




