最終話(第100話)「また明日」
火星の空は、今日も赤かった。
戦争が終わってから一年。
復興工事の音は少なくなり、代わりに子どもたちの笑い声が街に溶け込むようになった。
壊れた建物の跡地には公園ができた。
避難民の仮設住宅は、新しい家へと姿を変えた。
傷跡は消えていない。
けれど、人々はそこで暮らし続けていた。
宇宙は、今日も続いていた。
「……眠い。」
「起きろ。」
「あと五分。」
「三十分前にも聞いた。」
「記憶にない。」
「ある。」
訓練校の寮。
ベッドの上で丸くなったソラを、レイが冷静に見下ろしていた。
戦争を越え。
終焉を越え。
宇宙の果てを旅しても。
アマミヤ・ソラの朝は、相変わらずだった。
「遅刻するぞ。」
「うわあああっ!?」
「なんでもっと早く言ってくれないの!?」
「言った。」
「聞いてない!」
「知っている。」
食堂。
「お前なぁ!」
ミナトの怒鳴り声が響く。
「宇宙の英雄が何で毎朝寝坊するんだ!」
「英雄じゃないもん!」
「じゃあ何だ!」
「普通の学生!」
「普通の学生は宇宙の果てまで行かない!」
SPICAの後輩たちが笑いながら手を振る。
「おはようございます!」
「先輩、今日も元気ですね!」
「寝坊してたけど!」
「言わなくていいの!」
騒がしい。
慌ただしい。
だけど。
温かかった。
授業の帰り道。
ソラは、校舎の廊下から空を見上げた。
火星の人工空。
その向こうには、本物の宇宙が広がっている。
終焉を越えた宇宙。
銀花の咲く宇宙。
ノクターンが旅を続ける宇宙。
アルシアが新しい誰かの「おかえり」になるために歩いている宇宙。
端末が震える。
「通信だ。」
レイが言った。
映し出されたのは、銀花文明のリシアだった。
『ごきげんよう。』
『アマミヤ・ソラ。』
「リシア!」
『記憶樹に、新しい実が結ばれました。』
「どんな?」
『"ありがとう"です。』
ノクターンからも通信が届く。
エルドが笑った。
『今日もスープは不評だ。』
「まだ作ってるんですか!?」
『旅人には必要だからな。』
『帰る場所の味というものが。』
そして。
最後の通信。
青い光が画面に揺れる。
アルシアだった。
『……ソラ。』
「アルシア!」
『げんき?』
「うん!」
『わたしも。』
『げんき。』
少し間を置いて。
『このまえ。』
『だれかに。』
『おかえりって、いえた。』
ソラは笑った。
涙が滲む。
「そっか。」
「よかった。」
『……ありがとう。』
『わたし。』
『ちゃんと。』
『すすめてる。』
通信が終わる。
静かな放課後。
夕焼けが校舎を赤く染めていた。
屋上。
いつもの場所。
レイが隣に立つ。
「次はどうする。」
ソラは空を見上げた。
泣いた日。
負けた日。
大切な人を失った日。
帰れなくなった日。
「おかえり」と言われた日。
全部が、昨日のことのようだった。
「分からない。」
ソラは笑った。
「でも。」
「明日になったら考える。」
レイは少しだけ目を細めた。
「君らしい。」
「でしょ?」
風が吹く。
火星の夕焼け。
赤い空。
その向こうには、無数の星。
まだ見ぬ宇宙。
まだ知らない出会い。
まだ訪れていない明日。
ソラはポケットから、小さな種を取り出した。
銀花から託された願いの種。
「行ってらっしゃい」と「おかえり」が宿る種。
それを握りしめる。
「ねえ。」
「なんだ。」
「私。」
「トップを越えられたかな。」
レイは少し考えた。
そして。
静かに答える。
「いや。」
「えぇ!?」
「まだだ。」
「ひどい!」
「君は。」
「明日も越える。」
「その次の日も。」
「終わりはない。」
ソラは一瞬呆然として。
やがて。
大きく笑った。
「そっか。」
「じゃあ。」
「頑張らないとね。」
夕焼けの空へ向かって。
ソラは小さく手を振った。
「行ってきます。」
少し考えて。
首を振る。
「……ううん。」
そして。
満面の笑みで言った。
「また明日。」
終焉を越えた少女の旅は終わる。
けれど。
誰かの「おかえり」がある限り。
誰かの「行ってらっしゃい」がある限り。
泣いて。
笑って。
迷いながら。
人は、明日へ進んでいく。
だから。
これは終わりではない。
新しい朝の始まり。
どこかの宇宙で。
誰かの帰る場所で。
また、誰かが手を振る。
「おかえり。」
「ただいま。」
「行ってらっしゃい。」
「また明日。」




