↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『大国主神、昭和五十五年に生まれ直す 〜失われた三十年を始まる前に叩き潰す〜』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第7話 結びの夜

 まつ乃弁当に新しい炊飯器が入った日、商店街の空気は少しだけ浮き立っていた。


 別に、盛大な祝いがあったわけではない。


 紅白幕もない。


 花輪もない。


 ただ、店の奥から立ちのぼる湯気が、いつもより白く、力強く見えた。


「お母さん、炊き上がり、全然違う」


 由美が蓋を開けた瞬間、目を丸くした。


 米の粒が立っている。


 古い釜では、どうしても端の方が硬くなったり、底が焦げたりした。


 だが、新しい炊飯器で炊いた飯は、同じ米とは思えないほどふっくらしていた。


 富江は、湯気の向こうでしばらく黙っていた。


「……ありがたいねえ」


「うん」


「でも、ここからよ」


「ここから?」


「借りたお金は返さなきゃいけない。増やしすぎたら駄目。手を抜いても駄目。続けるための道具を入れたんだから、続ける働き方にしないと」


 由美は頷いた。


 最近、母がよく口にする言葉がある。


 続けるため。


 前は、ただ必死だった。


 頼まれた分を作る。


 遅れないように配る。


 足りないなら自分が我慢する。


 それだけだった。


 だが今は違う。


 何を増やし、何を増やさないか。


 誰に頼り、誰に頼りすぎないか。


 どこまでなら続けられるか。


 母は、それを考えるようになった。


 その変化は、弁当の数にも、献立帳の文字にも、少しずつ表れていた。


      ◇


 その日の夕方、まつ乃弁当には人が集まっていた。


 大国製作所からは徹と岩男。


 南東京信用金庫からは佐伯。


 三橋理工商会の三橋。


 東都医科大学の加納。


 商店街の魚屋、米屋、薬局。


 そして近くで開業している町医者の片倉。


 名目は、新しい炊飯器の試し炊きで余った飯を、おにぎりにして皆で食べるだけの集まりだった。


 富江は最初、そんなことをするつもりはなかった。


 だが、佐伯が言った。


「設備が入った後こそ、見に来たいんです」


 三橋が言った。


「新しい道具がどう働くかは、商売でも大事です」


 加納が言った。


「炊飯も、条件が変われば結果が変わります」


 岩男が言った。


「先生、飯まで研究にする気か」


 それで笑いが起きた。


 結局、夕方に少しだけ集まることになった。


 店の中は狭い。


 全員は座れない。


 だから、店先に木箱を並べ、そこへ皿を置いた。


 おにぎり。


 卵焼き。


 小さな煮物。


 魚屋が持ってきた焼き魚の端。


 米屋が持ってきた漬物。


 薬局の妻が淹れた番茶。


 立派な宴会ではない。


 だが、そこには顔の見える食べ物があった。


 徹は、おにぎりを一つ取って頷いた。


「うまい」


 富江がほっとした顔をする。


「前と違いますか」


「違います。飯がふわっとしてる」


 岩男も無言で食べた。


 富江が恐る恐る尋ねる。


「どうですか」


「前より冷めてもいける」


 短い言葉だった。


 だが富江は、それが岩男なりの最大級の褒め言葉だと、最近少しわかってきていた。


 由美が小声で笑う。


「おじいちゃん、もっと普通に褒めればいいのに」


 岩男が睨む。


「聞こえてるぞ」


「聞こえるように言いました」


 また笑いが起きた。


 その笑いを、佐伯は少し離れて見ていた。


 帳面は持っている。


 だが、今日はすぐには開かなかった。


 数字にする前に、見ておきたいと思った。


 飯を食べる人の顔。


 道具が変わった時の店の動き。


 それを支える人のつながり。


 これを知らずに金を貸すのと、知って貸すのとでは、意味が違う。


      ◇


 片倉医院の片倉は、番茶を飲みながら店の奥を見ていた。


 五十代半ばの医者で、白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけている。


 古い鞄をいつも持ち歩き、往診もする。


 町では少し口が悪いが、夜中でも呼べば来る医者として知られていた。


「松野さん」


「はい」


「配達先で、食べ残しが増えた人はわかるかい」


 富江は手を止めた。


「食べ残し、ですか」


「年寄りの職人や、一人暮らしの若いのが急に残すようになったら、何かあるかもしれん。胃が悪いか、歯が悪いか、金がないか、気持ちが落ちてるか」


 富江は、少し驚いた。


「そこまで見てませんでした」


「弁当屋は、医者より先に気づくことがある」


 片倉は、焼き魚の端をつまんだ。


「医者のところへ来る時には、もう悪くなっている。だが飯の残り方は、その前に出る」


 加納が反応した。


「それは、医療でも重要です」


「大学の先生に言われると、急に立派に聞こえるな」


「いえ、本当にそうです。食欲は身体の変化を映します。特に、毎日届けている弁当なら」


 富江は由美を見た。


 由美も真剣な顔をしていた。


「お母さん、配達の時に、昨日より残ってるとか、顔色悪いとか、わかる時あるよね」


「あるねえ」


「献立帳に書く?」


 富江は少し考えた。


「でも、そんなこと書いたら、失礼じゃないかね」


 片倉が首を振った。


「名前を外に出さなければいい。気になった時に、家族や工場の人に一言声をかける。それだけでも違う」


 佐伯はそこで帳面を開いた。


「それは、仕組みにできますか」


 片倉が佐伯を見る。


「仕組み?」


「よその家の事情をむやみに言いふらすのではなく、弁当屋さんが気づいた異変を、必要な相手にだけそっとつなぐ。工場、家族、町医者。そういう決まりがあれば、松野さんも動きやすいのでは」


 富江は眉を寄せた。


「でも、私がそんなことを言っていいんでしょうか」


 岩男が低く言った。


「言わずに倒れられるよりマシだ」


 場が静かになった。


 岩男は続けた。


「昔、うちにもいた。昼飯を残すようになって、手元が鈍って、それでも本人は大丈夫だと言う。結局、倒れた。もっと早く気づいてやれたかもしれん」


 徹は初めて聞く話だった。


 岩男の顔には、苦いものが浮かんでいた。


 片倉が静かに頷く。


「そういうものは、医者だけでは拾えない」


 加納も頷いた。


「研究室でも同じです。毎日近くにいる人の違和感が、いちばん早い」


 三橋が腕を組む。


「弁当屋、工場、医者、信金。思ったより近いんですね」


「信金もですか」


 由美が聞く。


 佐伯は少し考えてから答えた。


「支払いが急に遅れる。仕入れを急に減らす。そういう数字も、暮らしの異変かもしれません」


 富江は、手元の献立帳を見た。


 今まで、そこに書いていたのは献立と数だった。


 だが、それだけではなかったのかもしれない。


 あの人は最近、魚の日だけ残す。


 あの若い子は、月末になると大盛りを頼まなくなる。


 あの工場は、忙しいのに注文数が減った。


 ただの配達の記憶だと思っていたものが、急に別の意味を持ち始めた。


      ◇


 その時、商店街の入口で声がした。


「すまん、片倉先生はいるか!」


 魚屋の息子が、息を切らして駆け込んできた。


 場の空気が変わる。


 片倉がすぐに鞄を取った。


「どうした」


「米屋のばあちゃんが、店先で座り込んじゃって。意識はあるけど、立てないって」


「場所は」


「米屋の前です」


「わかった」


 片倉はもう歩き出していた。


 加納も反射的に立つ。


「私も行きます」


「医者は一人で足りる」


「荷物持ちくらいできます」


 片倉は一瞬だけ加納を見た。


「なら来い」


 徹も立ち上がった。


「俺も」


「人が多すぎても邪魔だ」


 片倉は短く言った。


 その時、富江が由美に言う。


「由美、白湯を。あと、座布団一枚」


「うん」


 岩男が徹を見る。


「お前は店先を空けろ。野次馬が集まる」


「わかった」


 佐伯は迷った。


 自分にできることはない。


 だが、井原ならこう言うだろう。


 見てこい。


 紙の上では見えないものを見てこい。


 佐伯は帳面を閉じ、富江が用意した白湯を持った。


「運びます」


「お願いします」


 それぞれが、誰に命じられるでもなく動き出した。


 誠は、その場にいなかった。


 大国家の二階で、澄子に抱かれて眠っていた。


 だが、その眠りの奥で、町の縁が一瞬強く震えるのを感じた。


 危機というほど大きくはない。


 だが、見過ごせば命に触れる。


 神が動く前に、人が動いていた。


 それが、誠には嬉しかった。


      ◇


 米屋の前には、すでに数人が集まっていた。


 年老いた女が、店先の椅子にもたれている。


 顔色は悪い。


 だが意識はある。


「お勝さん、聞こえるか」


 片倉が膝をつく。


「先生……ごめんねえ。ちょっと目が回って」


「謝るな。朝から何を食べた」


「お茶だけ」


 富江が小さく息を呑んだ。


「お茶だけ?」


「忙しくてねえ」


 片倉は脈を見た。


 加納が鞄を開く。


 由美が座布団を差し出す。


 佐伯が白湯を渡す。


 徹は集まりかけた人を下がらせる。


「少し空けてください。風を通しましょう」


 岩男は店の奥から古い扇風機を引っぱり出してきた。


「これ、使えるか」


 米屋の息子が慌てて頷く。


「使えます」


 大きな救急ではなかった。


 だが、小さな対応が重なった。


 座らせる。


 風を通す。


 白湯を冷ます。


 人を下げる。


 家族を呼ぶ。


 医者が診る。


 食べていない理由を聞く。


 米屋のお勝は、少しずつ落ち着いていった。


「大事ではなさそうだが、無理はするな」


 片倉が言う。


「念のため、明日も診に来る。今日はもう店に立つな」


「でも、配達が」


「配達は誰かに頼め」


 その言葉に、周りが一瞬黙った。


 米屋の配達。


 足の悪い年寄りの家へ米を届ける仕事である。


 止まれば困る家がある。


 だが、お勝を立たせるわけにもいかない。


 富江が口を開いた。


「うちの軽、夕方なら少し空きます。近いところなら、弁当の帰りに回れます」


 魚屋の息子が言う。


「俺、自転車出せます」


 徹も頷いた。


「重い米なら、うちの若いのを一人出します。台車もあります」


 佐伯はその会話を聞いていた。


 誰も、得をしようとしていない。


 だが、無償で無理を背負えば続かない。


 彼は思い切って言った。


「配達先と量を紙にしましょう。今日だけ必要な手伝いと、今後も必要な手伝いを分けた方がいいです」


 岩男が佐伯を見た。


「信金さん、いいこと言うな」


 佐伯は少し照れた。


「受け売りです」


 片倉が短く笑った。


「誰の受け売りでもいい。今は紙を出せ」


      ◇


 まつ乃弁当に戻った時、最初の集まりとは空気が変わっていた。


 ただの試し炊きではなくなっていた。


 誰かが倒れた。


 誰かが動いた。


 誰かの仕事を、別の誰かが一時的に支える必要が出た。


 それは、町にいつでも起こることだった。


 富江は献立帳の横に、新しい紙を置いた。


 米屋配達。


 本日分。


 配達先。


 重さ。


 誰が行くか。


 謝礼。


 片倉が言った。


「謝礼まで書くのか」


 富江は真面目に頷いた。


「書きます。ただで頼むと、頼まれた人がしんどくなる。払えないほど高くするのも違う。だから、少しでも決めた方がいいです」


 岩男が満足そうに鼻を鳴らした。


「弁当屋さん、わかってきたな」


「皆さんのおかげです」


 佐伯が紙を見つめる。


「これは、災害の時にも使えますね」


「災害?」


 由美が聞いた。


「地震や台風で、誰かの店が一日止まる。配達できない。薬が届かない。飯が足りない。そういう時、どこに何があり、誰が動けるか、普段からわかっていれば早い」


 三橋が頷いた。


「物流の小さい版ですね」


 加納が言う。


「医療でも同じです。薬が届かない時、誰がどこまで持っていけるか。往診が必要な人がどこにいるか」


 片倉は腕を組んだ。


「町内会の名簿はあるが、動ける名簿ではないな」


「動ける名簿」


 徹が繰り返した。


 その言葉は、皆の耳に残った。


 名簿はある。


 住所録もある。


 だが、いざという時に誰が米を運べるのか。


 誰が車を出せるのか。


 誰が薬を届けられるのか。


 誰が高齢者の様子を見に行けるのか。


 そういうことは、案外どこにもまとまっていない。


 富江が言った。


「これ、今日だけで終わらせたらもったいないですね」


「続けるんですか」


 由美が尋ねる。


「続けるために、簡単にするのよ」


 富江は少し考え、紙の上に大きく書いた。


 困った時の連絡先。


 その文字を見て、岩男が顔をしかめた。


「長い」


 徹が笑う。


「じゃあ、何がいい?」


 佐伯が鉛筆を持ったまま言った。


「結び札、というのはどうでしょう」


「結び札?」


「店と店、人と人を結ぶ札です。名簿ほど堅くない。でも、いざという時に見れば動ける」


 片倉が頷いた。


「悪くない」


 三橋も言う。


「商売の匂いがしすぎないのがいい」


 岩男はしばらく黙ってから、短く言った。


「まあ、覚えやすい」


 それで決まった。


 結び札。


 最初の一枚は、まつ乃弁当の献立帳の後ろに挟まれた。


 米屋。


 片倉医院。


 大国製作所。


 まつ乃弁当。


 魚屋。


 薬局。


 南東京信用金庫。


 それぞれの名前と、困った時にできること。


 米を運ぶ。


 車を出す。


 白湯と弁当を届ける。


 往診する。


 台車を貸す。


 薬の在庫を確認する。


 金の相談に乗る。


 どれも小さい。


 だが、小さい役目が重なれば、人は倒れきらずに済む。


      ◇


 その夜、大国家に戻った徹は、澄子にその話をした。


 誠は、澄子の膝の上で眠っている。


「結び札?」


 澄子が目を細めた。


「ああ。佐伯さんが言い出した。困った時に誰が何をできるか、簡単に書いておくんだ」


「いい名前ね」


「そう思うか?」


「ええ。名簿より柔らかい。でも、ただの親切より形がある」


 徹は畳に座り、少し疲れた顔で笑った。


「今日は、弁当の話だけで終わると思ってたんだけどな」


「終わらなかったのね」


「米屋のお勝さんが倒れて、皆で動いた。大事にはならなかった。でも、あれがなかったら、結び札なんて話にはならなかった」


 澄子は誠の顔を見た。


 眠る我が子は、何も知らない赤子の顔をしている。


 だが、澄子には時々思える。


 この子が生まれてから、偶然が人をつなぎすぎる。


 見積もり。


 仕事帳。


 医療機器。


 弁当屋。


 信金。


 そして結び札。


 偶然と言えば偶然だ。


 けれど、偶然が重なる時、それはただの偶然ではなくなる。


「あなた」


「何だ?」


「その結び札、信金にも控えを置けないかしら」


「信金に?」


「もちろん、よその家の事情をむやみに広げるわけにはいかないわ。名前や細かい事情は伏せる必要がある。でも、災害時や急な困りごとで、地域のどこに何があるか、信金が知っていたら役に立つと思う」


 徹は感心したように妻を見た。


「澄子、復帰したら忙しくなるぞ」


「たぶんね」


「大丈夫か?」


「大丈夫。忙しいだけなら、まだいいわ」


 澄子は静かに言った。


「何もできない方が、よほど疲れる」


 徹は返す言葉を探し、結局何も言わなかった。


 ただ、頷いた。


 誠は、母の膝の上で小さく息をした。


 結び札。


 良い。


 これは帳面よりも広い。


 仕事の記録ではない。


 地域の役割の記録だ。


 誰が何をできるか。


 誰が誰を助けられるか。


 どこに米があり、どこに薬があり、どこに車があり、どこに手があるか。


 国造りとは、まさにそれだった。


      ◇


 夢の中で、大国主神は町を見ていた。


 まつ乃弁当の献立帳の後ろに挟まれた一枚の紙。


 それは、まだ薄い。


 雨に濡れれば破れる。


 誰かが忘れれば、すぐに使われなくなる。


 だが、その紙には国の種があった。


 困った時、誰が動けるか。


 誰に声をかけるか。


 誰の仕事に、どんな価値があるか。


 それを知っている町は強い。


 知らない町は、平時には同じように見えても、危機の時に崩れる。


 昭和五十五年の日本には、まだ人のつながりが残っている。


 だが、形にしなければ消えていく。


 近所付き合い。


 商店街。


 町医者。


 信用金庫。


 町工場。


 弁当屋。


 米屋。


 薬局。


 それらは、古いものとして捨てられる未来に向かっている。


 だが、本当に古いのか。


 違う。


 それは国の毛細血管だった。


 太い幹線道路や大企業だけで国は生きられない。


 細い血管が先まで通ってこそ、人は生きる。


 ならば、その血管を残す。


 残すだけではない。


 強くする。


 紙にし、決まりにし、金の流れにし、食と医療に結ぶ。


 誠は夢の中で、一枚の結び札を見つめた。


 そこから伸びる光は、まだ細い。


 だが、前のどの縁よりも広がりやすい形をしていた。


 これは、互助会の種である。


      ◇


 大阪・道修町。


 薬問屋の帳場では、赤子が薬草の箱のそばで眠っていた。


 父が帳面をつけている。


 祖母が古い木箱を整理している。


 母が赤子の布団を直す。


 その時、帳場の端に置かれていた古い札が、ふと祖母の目に入った。


 近所の医者、産婆、薬種商、荷車を持つ家。


 昔、急病人が出た時のために書き留めていた古い覚え書きだった。


「ああ、こんなん残ってたんやね」


 祖母が懐かしそうに言う。


 父が顔を上げた。


「何です、それ」


「昔の連絡札や。誰が薬を持っとるか、誰が夜でも医者を呼びに行けるか。今はもう使ってへんけど」


 赤子が、眠ったまま小さく笑った。


 東京で生まれた結び札。


 大阪に残っていた古い連絡札。


 時代も場所も違う二つの紙が、夢の底でかすかに響き合う。


 小さな神の御魂は、その響きを聞いていた。


 ――思い出したか、人の世は元から結ばれていたんや。


 遠く東京で眠る誠も、その気配を受け取った。


 そうだ。


 新しく作るのではない。


 失われかけたものを、時代に合わせて結び直す。


 昭和五十五年。


 まつ乃弁当の店先で生まれた一枚の結び札は、まだ誰にも大きな意味を知られていない。


 だが、その紙はやがて、結びの会の最初の形となる。


 国を造る神は、赤子の姿で静かに眠っていた。


 町は、ほんの少しだけ、自分たちの力を思い出し始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。