第5期 第8話 「もうすぐ会えるね」
十月。
澄んだ秋空が広がる朝。
窓を開けると、ひんやりとした風が部屋に流れ込んだ。
「秋だね。」
マミがお腹をそっとなでながら微笑む。
妊娠も九か月に入り、お腹はすっかり大きくなっていた。
「あと少し。」
ユウキがカレンダーを見る。
予定日まで、一か月を切っている。
「いよいよだ。」
朝食のあと。
二人は赤ちゃんの部屋へ入る。
ベビーベッド。
ベビーカー。
小さな洋服。
白いうさぎのぬいぐるみ。
ガラガラのおもちゃ。
数か月前には何もなかった部屋が、今ではすっかり赤ちゃんを迎える準備が整っていた。
「完成だね。」
マミが嬉しそうに部屋を見渡す。
「うん。」
「娘の部屋。」
ユウキも静かに頷いた。
「そうだ。」
ユウキが棚から一冊の絵本を取り出す。
『はじめてのおつかい』
「昨日買ってきた。」
「もう?」
マミが笑う。
「まだ読めないよ?」
「でも。」
「いつか読むだろ。」
「気が早いなぁ。」
「親になると。」
「こうなるらしい。」
二人は笑い合った。
午後。
産婦人科で最後の健診。
医師はエコーを確認しながら微笑んだ。
「赤ちゃん、とても元気ですよ。」
「順調です。」
マミはほっと息をつく。
「もう。」
「いつ生まれてもおかしくない時期ですね。」
ユウキは思わず姿勢を正した。
「はい。」
医師も笑う。
「お父さんの方が緊張していますね。」
「分かりますか?」
「よく分かります。」
診察室に穏やかな笑いが広がった。
病院の帰り道。
二人は近所の神社へ立ち寄る。
境内には金木犀の香りが漂っていた。
「無事に。」
マミが手を合わせる。
「元気に生まれてきますように。」
ユウキも静かに祈る。
「母子ともに健康でありますように。」
二人の願いは、それだけだった。
夕方。
家へ戻ると、リビングでアルバムを開く。
高校一年生。
文化祭での再会。
プロポーズ。
結婚式。
新婚旅行。
そしてエコー写真。
「本当に。」
マミがページをめくりながら言う。
「いろんなことがあったね。」
「うん。」
「全部。」
「この子につながってた。」
ユウキは一枚の写真を指差す。
花園高校の教室。
前後の席で笑い合う高校一年生の二人。
「この頃は。」
「未来なんて想像できなかった。」
「でも。」
「今なら言える。」
「ありがとう。」
「勇気を出してくれて。」
マミは少し首をかしげる。
「私?」
「文化祭の日。」
「『また会えて嬉しい』って言ってくれただろ。」
「あれがなかったら。」
「今はない。」
マミは優しく微笑んだ。
「私も。」
「ユウキが声をかけてくれたから。」
「未来が変わった。」
二人は静かに笑い合った。
夜。
夕食を終え、ソファでくつろぐ。
突然。
「……!」
マミがお腹に手を当てた。
「どうした?」
ユウキが慌てて立ち上がる。
「大丈夫。」
「蹴っただけ。」
「びっくりした……。」
ユウキが胸をなで下ろす。
マミは声を出して笑った。
「最近。」
「すごく元気なんだ。」
ユウキもお腹に手を添える。
すると。
トン。
小さく力強い胎動。
「こんばんは。」
ユウキが優しく話しかける。
「お父さんだよ。」
「お母さんをあんまり困らせないでね。」
また小さく動く。
「返事した。」
マミが嬉しそうに笑う。
眠る前。
ベビーベッドの横に立つ。
「あと少しで。」
「ここで眠るんだね。」
マミがつぶやく。
ユウキはベッドの柵に手を置いた。
「泣いて。」
「笑って。」
「きっと。」
「毎日が大騒ぎだ。」
「それも楽しみ。」
「うん。」
寝室。
電気を消す前。
マミが静かに言う。
「ねぇ。」
「ん?」
「今。」
「すごく幸せ。」
「私も。」
「ユウキと出会えて。」
「結婚して。」
「この子に会える。」
「全部。」
「夢みたい。」
ユウキは優しく微笑む。
「夢じゃない。」
「俺たちが。」
「一歩ずつ歩いてきた未来だ。」
マミはそっとユウキの手を握った。
「ありがとう。」
「こちらこそ。」
窓の外では、秋の夜空に星が輝いていた。
その静かな夜。
二人はまだ知らない。
数日後。
予定より少し早く、その小さな命が「会いに来る」ことを。
――第9話「はじめまして、パパとママ」へ続く。
『初恋は、十年越しに花開く。』を読んでくださり、本当にありがとうございます。
ユウキとマミの物語を「面白かった」「続きも読んでみたい」と少しでも感じていただけましたら、評価をつけていただけると、とても励みになります。
そして、
「二人の再会が好きだった」
「このシーンが心に残った」
「マミがかわいかった!」
そんな一言だけでも、感想をいただけたら嬉しいです。
もちろん、レビューも大歓迎です。
皆さまからいただく評価・感想・レビューの一つひとつが、これから物語を書き続けていく大きな力になります。
そして何より――
この作品をきっかけに、
「誰かを好きになるって、やっぱりいいな」
そう思っていただけたなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
まだ評価されていない方は、ぜひ応援していただけると嬉しいです。




