第5期 第7話 「はじめてのお父さん、お母さん教室」
八月。
蝉の鳴き声が朝から響いていた。
リビングのカレンダーには、大きな丸が付けられている。
『両親学級 10:00~』
「いよいよだね。」
マミがお腹を優しくなでながら微笑む。
「うん。」
ユウキは少し緊張した表情で母子手帳をバッグへ入れた。
「営業研修より緊張する。」
「それ。」
マミが笑う。
「もう定番だね。」
「今日は本当に。」
「お父さんの初研修だから。」
「頑張ります。」
二人は笑いながら家を出た。
市民センター。
受付には、たくさんの夫婦が集まっていた。
「思ったより人が多いね。」
「みんな同じくらいなんだ。」
周りを見ると、お腹の大きな妊婦さんと、その隣で少し緊張した様子のパートナーたち。
ユウキは少し安心した。
「俺だけじゃないんだ。」
「何が?」
「緊張してるの。」
「みんな同じだよ。」
マミは優しく笑った。
教室が始まる。
助産師が前に立ち、穏やかに話し始める。
「今日は赤ちゃんとの生活を一緒に体験してみましょう。」
机の上には、新生児サイズの人形が置かれた。
「まずは抱っこの練習です。」
ユウキは恐る恐る人形を抱き上げる。
「こ、こうですか?」
「肩と首を支えてあげてください。」
助産師が優しく教える。
「そうです。」
「上手ですよ。」
ユウキはほっと息をついた。
「本物だったら。」
「もっと緊張するな。」
マミはその姿を見ながら微笑んでいた。
「似合ってるよ。」
「本当?」
「うん。」
「もう、お父さんの顔してる。」
ユウキは照れくさそうに笑った。
「まだ実感は半分くらいだけど。」
「この子が生まれたら。」
「自然に変わるのかな。」
「きっとね。」
続いて、おむつ交換の体験。
「テープを外して。」
「新しいおむつを。」
ユウキは説明書を読むような真剣な表情で取り組む。
「よし。」
「できた。」
助産師が確認する。
「きれいにできています。」
「初めてとは思えませんね。」
マミが拍手した。
「すごい。」
「営業主任。」
「おむつ交換主任にもなれそう。」
「昇進した。」
二人は笑い合った。
休憩時間。
隣の席に座っていた夫婦と自然に話が始まる。
「初めてのお子さんですか?」
「はい。」
「そちらも?」
「うちもです。」
「予定日は?」
「十一月です。」
「同じですね!」
お互いに笑顔になる。
子どもの話。
名前の話。
仕事と育児の話。
少し話しただけなのに、不思議と距離が縮まった。
午後。
最後は沐浴体験。
小さなベビーバスに人形を入れる。
「頭を支えて。」
「ゆっくり。」
ユウキは慎重に人形をお湯へ入れた。
「緊張する。」
「娘だったら。」
「もっと手が震える。」
マミが優しく言う。
「でも。」
「ユウキなら大丈夫。」
「なんで?」
「昔から。」
「困ってる人を放っておけない人だから。」
「赤ちゃんにも。」
「きっと優しいお父さんになる。」
ユウキは少し照れながら頷いた。
「ありがとう。」
教室が終わる。
帰り際、助産師が二人に声をかけた。
「ご夫婦とも、とても息が合っていますね。」
「赤ちゃんも安心して生まれてきてくれると思います。」
「ありがとうございます。」
二人は笑顔で頭を下げた。
帰り道。
公園のベンチで少し休憩する。
夏空を見上げながら、マミがぽつりと言う。
「今日ね。」
「安心した。」
「何が?」
「一人じゃないって。」
「赤ちゃんを育てるの。」
「ユウキが一緒だから。」
ユウキは静かに頷く。
「もちろん。」
「三人で育っていこう。」
「え?」
「娘だけじゃない。」
「俺たちも。」
「お父さんとお母さんとして。」
マミは嬉しそうに笑った。
「そうだね。」
夜。
家へ帰ると、ベビーベッドの横に昼間買ったガラガラを置いた。
白いうさぎのぬいぐるみも、その隣に座っている。
「少しずつ。」
「赤ちゃんの部屋らしくなってきた。」
マミが微笑む。
ユウキはベッドを見つめながら言う。
「早く会いたい。」
「でも。」
「焦らなくていい。」
「元気に生まれてきてくれたら。」
「それだけで十分。」
マミはそっとユウキの手を握った。
「きっと。」
「この子も。」
「そんなお父さんが大好きになるよ。」
その夜。
眠る前。
お腹の中で、娘が元気よく動いた。
「また蹴った。」
マミが笑う。
ユウキがそっと手を当てる。
「元気だな。」
すると、もう一度小さく動く。
「返事してるみたい。」
二人は顔を見合わせて笑った。
会える日まで、あと少し。
その日を心待ちにしながら、夫婦として、そして父と母としての毎日がゆっくりと積み重なっていく。
――第8話「もうすぐ会えるね」へ続く。
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