第5期 第4話 「三人で歩く母校」
六月。
梅雨の晴れ間。
リビングのテーブルに、一通の封筒が置かれていた。
「今年も来たね。」
マミが封を開く。
差出人は、花園高校。
毎年恒例となった創立祭の招待状だった。
「今年も行こう。」
ユウキが微笑む。
「もちろん。」
マミは自分のお腹にそっと手を添えた。
「今年は。」
「三人で。」
その言葉に、二人は自然と笑顔になった。
日曜日。
花園高校。
校門をくぐると、懐かしい校舎が迎えてくれる。
「変わらないね。」
「うん。」
「帰ってきたって感じがする。」
マミはゆっくり歩く。
妊娠中ということもあり、ユウキはいつもより少し歩幅を合わせていた。
「大丈夫?」
「うん。」
「無理はしないで。」
「分かってる。」
そう言いながら、マミは嬉しそうだった。
校内では創立祭が開かれ、多くの卒業生や在校生で賑わっていた。
「卒業生はこちらへどうぞ。」
受付を済ませると、見覚えのある声が聞こえた。
「おーい!」
「佐伯先生!」
先生は以前と変わらない笑顔で手を振っていた。
「また宿題を守りに来たな。」
「もちろんです。」
ユウキが笑う。
「先生との約束ですから。」
先生は満足そうにうなずいた。
「それで。」
先生はマミのお腹を見て目を細める。
「順調か?」
「はい。」
「もうすぐ安定期です。」
「そうか。」
先生は優しく笑った。
「三人で来る日が、こんなに早く来るとはな。」
「先生。」
マミが照れながら言う。
「まだお腹の中ですけど。」
「立派に三人だ。」
先生は穏やかな口調で答えた。
「家族は、一緒に未来を歩こうと思った日から家族なんだ。」
その言葉に、二人は静かにうなずいた。
一年一組。
今年も許可をもらい、教室へ入る。
「ただいま。」
マミが小さくつぶやく。
窓際の席。
一年ぶりに座る。
ユウキも後ろの席へ腰掛けた。
「変わらないね。」
「うん。」
「でも。」
「今年は少し違う。」
ユウキはマミのお腹へ優しく視線を向ける。
「この子も一緒だから。」
マミはお腹に手を添え、小さく話しかける。
「ここがね。」
「お父さんとお母さんが出会った教室だよ。」
「お母さんは前の席。」
「お父さんは後ろの席。」
「毎日いっぱい話してたんだよ。」
ユウキは笑った。
「授業中にな。」
「先生によく見つかった。」
「そうだったね。」
二人は笑い合う。
その時。
「失礼します。」
教室の扉が開いた。
入ってきたのは、現在の一年一組の担任だった。
「佐伯先生から伺いました。」
「この教室に、素敵な卒業生が来ていると。」
若い先生は笑顔で言った。
「生徒たちにも。」
「この学校には、こんな卒業生がいるんだと話しています。」
ユウキは少し照れたように笑う。
「大げさですよ。」
「いいえ。」
先生は黒板を見つめた。
そこには昨年二人が書いた言葉が、写真として掲示されていた。
『ありがとう、花園高校。』
『また来ます。』
「毎年、本当に来てくださるそうですね。」
「はい。」
マミが優しく答えた。
「先生との約束なんです。」
教室を出る前。
黒板の隅に、小さく一言だけ書き足す。
『今年は三人で来ました。』
その文字を見て、佐伯先生は静かに笑った。
「来年は。」
「抱っこして来るんだろうな。」
ユウキとマミは顔を見合わせる。
「はい。」
「約束します。」
帰り道。
中庭のベンチで少し休憩する。
風が心地よく吹き抜ける。
「ねぇ。」
マミが微笑む。
「この子。」
「生まれたら。」
「花園高校に連れて来ようね。」
「もちろん。」
「そして。」
「高校一年生の恋の話を聞かせよう。」
「恥ずかしいな。」
「きっと。」
「『お父さん、告白しなかったの?』って笑われる。」
「その時は。」
「『そうなんだ。でも未来はちゃんと幸せだったよ。』って答える。」
二人は穏やかに笑った。
夕方。
家へ帰る。
玄関を開ける。
「ただいま。」
「おかえり。」
いつもの言葉。
いつもの笑顔。
でも今日は、その言葉をもう一人にも届けるように、マミはそっとお腹をなでた。
「ただいま。」
小さな家族も、一緒に帰ってきたような気がした。
その夜。
母子手帳を見ながら、マミがつぶやく。
「次の健診で。」
「もしかしたら。」
「性別が分かるかもしれないって。」
ユウキは少し驚いたあと、笑顔になった。
「いよいよだな。」
二人は期待と少しの緊張を胸に、新しいページをめくろうとしていた。
――第5話「はじめての名前」へ続く。
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