第5期 第3話 「小さな鼓動、大きな奇跡」
五月。
新緑がまぶしい季節。
今日はマミの妊婦健診の日だった。
朝からユウキはどこか落ち着かない。
「忘れ物ない?」
マミが笑う。
「母子手帳。」
「ある。」
「診察券。」
「ある。」
「そんなに緊張しなくても。」
「いや。」
ユウキは苦笑する。
「営業の大事な商談より緊張してる。」
「また?」
「今回は本当に。」
マミは優しく笑った。
「じゃあ、一緒に行こう。」
産婦人科。
待合室には、同じように診察を待つ家族がいた。
赤ちゃんを抱いた夫婦。
大きなお腹の妊婦さん。
その光景を見ながら、ユウキは少し実感が湧いてくる。
(もうすぐ。)
(俺たちも。)
そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「マミさん。」
名前が呼ばれる。
診察室へ入る。
医師が優しく微笑んだ。
「体調はいかがですか?」
「少しつわりはありますけど。」
「前より楽になりました。」
「順調ですね。」
マミは安心したように頷く。
エコー検査が始まる。
モニターに映る、小さな命。
前回よりも少し大きくなっていた。
「先生。」
ユウキが画面を見つめながら尋ねる。
「ちゃんと育っていますか?」
「ええ。」
医師は穏やかに頷いた。
「とても順調ですよ。」
そして。
「ほら。」
「動いています。」
モニターの中で、小さな赤ちゃんが手足を動かしていた。
「……!」
マミは思わず口元を押さえる。
ユウキも目を見開いた。
「動いた。」
「うん。」
「元気ですね。」
医師も笑顔になる。
「それと。」
医師が続ける。
「心音も聞いてみましょう。」
部屋に静かな音が響く。
トクン、トクン、トクン……。
前回よりもしっかりとした鼓動。
規則正しく、小さな命が生きている音だった。
マミの目から涙がこぼれる。
ユウキも静かに涙をぬぐった。
「ありがとう。」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
でも自然に口から出ていた。
診察が終わる。
医師は写真を数枚渡してくれた。
「順調です。」
「これからも無理をしないように過ごしてください。」
「はい。」
二人は笑顔で診察室を後にした。
病院の近くの公園。
ベンチに並んで座る。
木漏れ日が心地よい。
「動いたね。」
マミが嬉しそうに言う。
「うん。」
「本当にいた。」
「当たり前なんだけど。」
「画面の中で動いてるのを見たら。」
「急に実感した。」
ユウキはエコー写真を大切そうに見つめた。
「ねぇ。」
マミが笑う。
「今日から。」
「もっと頑張れそう。」
「何を?」
「お母さん。」
その言葉に、ユウキも優しく微笑む。
「俺も。」
「お父さんになる準備。」
「一緒に頑張ろう。」
「うん。」
帰宅後。
リビングのフォトフレームに、新しいエコー写真を飾る。
結婚式。
新婚旅行。
そして少しずつ成長していく赤ちゃん。
「アルバムが増えていくね。」
マミが言う。
「これからは。」
「赤ちゃんの写真でいっぱいになる。」
ユウキは笑った。
「家の中が賑やかになりそう。」
その夜。
夕食を食べながら、赤ちゃんの話になる。
「性別。」
「どっちだろう。」
「楽しみだね。」
「男の子でも。」
「女の子でも。」
ユウキは穏やかに言う。
「元気に笑ってくれたら、それで十分。」
マミも大きく頷いた。
「うん。」
「それが一番。」
食後。
ソファでくつろいでいると、ユウキが思い出したように立ち上がる。
「そうだ。」
「何?」
本棚から、高校時代のアルバムを持ってくる。
「この子が大きくなったら。」
「見せたい。」
「高校の頃の私たち?」
「うん。」
「ここから全部始まったって。」
マミはアルバムを開き、一枚の写真を見つめる。
数学の授業中。
前を向いて笑う自分。
その後ろには照れくさそうに笑うユウキ。
「この子。」
「信じてくれるかな。」
「お父さんとお母さんが。」
「高校生の頃から両想いだったって。」
「きっと。」
「笑われる。」
二人は声を出して笑った。
数日後。
会社から帰宅したユウキが郵便受けを開ける。
一通の封筒が入っていた。
差出人は――
花園高校 創立祭実行委員会
今年も、母校から創立祭の招待状が届いた。
そして、その招待状が、まだ生まれる前の赤ちゃんとの「最初の思い出」を作ることになる。
――第4話「三人で歩く母校」へ続く。
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