第4期 第8話 「結婚式、前夜」
七月。
結婚式まで、あと一日。
窓の外では、夏の青空に白い雲がゆっくり流れていた。
リビングには、大きなスーツケースとタキシードが掛けられている。
「いよいよだね。」
マミが小さくつぶやいた。
「うん。」
ユウキも静かに頷く。
高校一年生の春から始まった物語が、明日、大きな節目を迎える。
午前。
マミは実家へ向かった。
「ただいま。」
「おかえり。」
母は優しく迎え入れ、父は少し照れくさそうに笑った。
「明日だな。」
「うん。」
食卓には、マミの大好物が並んでいた。
ハンバーグ。
ポテトサラダ。
味噌汁。
「最後だから。」
母が笑う。
「最後じゃないよ。」
マミも笑った。
「結婚しても帰ってくるもん。」
「そうね。」
母の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
食後。
マミは高校時代の部屋へ入る。
本棚。
制服。
卒業アルバム。
引き出しを開けると、一冊のノートが出てきた。
高校一年生の頃の日記だった。
ページをめくる。
『今日もユウキといっぱい話せた。』
『数学の時間、また先生に笑われた。』
『でも楽しかった。』
読み進めるうちに、思わず笑ってしまう。
そして最後のページには、こう書かれていた。
『いつか勇気を出して好きって言えますように。』
マミはその文字を指でなぞる。
「言えたよ。」
「少し遠回りしたけど。」
静かに微笑んだ。
その頃。
ユウキも実家へ帰っていた。
父と二人、縁側に座る。
「明日だな。」
「うん。」
父は冷たい麦茶を一口飲んで言った。
「覚えてるか。」
「お前が高校一年の頃。」
「マミさんの話ばかりしてた。」
「そんなに?」
「本人は隠してるつもりだったけどな。」
二人は笑う。
「父さん。」
「ん?」
「ありがとう。」
「何がだ。」
「ずっと見守ってくれて。」
父は照れくさそうに頭をかいた。
「親なんて。」
「見守るくらいしかできない。」
「でも。」
「明日のお前は。」
「誰よりもかっこいい新郎になれ。」
ユウキは力強く頷いた。
「うん。」
夜。
二人はそれぞれ実家で過ごす予定だったが、眠る前にビデオ通話をつないだ。
画面に映るお互いの顔を見て、自然と笑顔になる。
「緊張してる?」
ユウキが聞く。
「うん。」
「今日一日、ずっと。」
「俺も。」
「営業の大舞台でも、こんなに緊張したことない。」
「私も。」
「会社のプレゼンより緊張してる。」
二人は笑い合う。
少し沈黙が流れる。
マミが静かに口を開いた。
「ねぇ。」
「ん?」
「高校一年生の私たちに。」
「何て声をかける?」
ユウキは少し考えた。
「『焦らなくていい。』かな。」
「遠回りするけど。」
「ちゃんと幸せになれる。」
マミは優しく頷いた。
「私は。」
「『勇気を出して。』」
「『好きな人は、ちゃんとあなたを好きだから。』」
画面越しに、二人とも少し目を潤ませていた。
「明日。」
ユウキが微笑む。
「泣く?」
「たぶん。」
「俺も。」
「でも。」
「笑おう。」
「うん。」
「人生で一番幸せな日だから。」
「約束。」
「約束。」
画面越しに小指を立てる。
昔から変わらない、二人だけの約束だった。
通話を終えたあと。
ユウキは佐伯先生からもらった封筒を思い出した。
「結婚式が終わってから読め。」
そう言われていた。
机の引き出しから取り出し、そっと見つめる。
「明日まで。」
「もう少し。」
大切にしまい直した。
一方、マミはベッドの上で婚約指輪を見つめていた。
「明日から。」
「本当に夫婦なんだ。」
高校一年生の春。
前の席と後ろの席。
数学の授業。
文化祭での奇跡の再会。
遠距離恋愛。
同棲。
プロポーズ。
そのすべてが、この一日につながっていた。
翌朝。
空は雲ひとつない快晴。
チャペルの鐘が、静かに鳴り始める。
いよいよ。
高校時代に始まった初恋が、永遠の誓いへと変わる日。
――第9話「永遠の誓い」へ続く。
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