第4期 第7話 「先生からの贈り物」
七月。
結婚式まで、あと二週間。
青空の下、二人は白いチャペルを訪れていた。
今日は結婚式の最終リハーサル。
両親や親族も集まり、本番と同じ流れで確認を行う日だった。
「緊張する?」
チャペルへ向かう石畳を歩きながら、ユウキが尋ねる。
「うん。」
マミは小さく笑う。
「本番じゃないのに、もうドキドキしてる。」
「俺も。」
「営業のプレゼンより?」
「人生で一番緊張してる。」
「それは私も。」
二人は顔を見合わせ、少しだけ肩の力を抜いた。
チャペルの中。
牧師、スタッフ、両親が席につき、リハーサルが始まる。
「新郎様はこちらへ。」
ユウキが祭壇の前に立つ。
「新婦様はお父様とご一緒に。」
マミは父の腕にそっと手を添えた。
ゆっくりと歩く。
バージンロードを一歩ずつ進むたび、高校時代から今日までの景色が胸に浮かぶ。
祭壇の前で父が小さく言った。
「幸せにな。」
「うん。」
マミは涙をこらえながら頷いた。
父はユウキの前で娘の手をそっと預ける。
「よろしくお願いします。」
「はい。」
ユウキは力強く答えた。
リハーサルが終わると、スタッフが言った。
「皆さま、少しだけお時間をいただけますか。」
チャペル後方の扉が開く。
「失礼しまーす!」
聞き覚えのある声だった。
「佐伯先生!」
先生は大きな紙袋を抱えて立っていた。
「間に合った。」
「先生!」
マミが思わず駆け寄る。
「今日は招待されてない日ですよ?」
「だからサプライズだ。」
先生はいつものように笑った。
「これを渡したくてな。」
紙袋から、一冊のアルバムを取り出す。
表紙には、優しい文字で書かれていた。
『花園高校一年一組 あの日の思い出』
「え……。」
ユウキがそっとページをめくる。
そこには高校一年生の写真が並んでいた。
入学式。
体育祭。
文化祭。
数学の授業中に笑い合う二人。
クラス全員で撮った集合写真。
見たことのない写真まで入っている。
「先生……。」
「実はな。」
先生は少し照れくさそうに頭をかいた。
「卒業してからも、写真を全部保管してた。」
「いつか誰かに渡せたらと思って。」
「でも。」
「渡す相手は、お前たちしかいないと思った。」
マミの目から涙があふれる。
「ありがとうございます……。」
ページをめくると、一枚の写真で二人の手が止まる。
数学の授業中。
前の席のマミが後ろを振り返り、ユウキが笑っている。
その写真の下には、先生の字で書かれていた。
『この頃から、お似合いだった。』
ユウキは思わず笑いながら涙をぬぐう。
「先生。」
「本当に見抜いてたんですね。」
「教師を何十年やってると思ってる。」
教室中に笑いが広がる。
「それと。」
先生はもう一枚、小さな封筒を取り出した。
「これは。」
「結婚式が終わってから読め。」
「え?」
「宿題だ。」
「また宿題ですか。」
「数学じゃない。」
「人生の宿題だ。」
ユウキとマミは顔を見合わせて笑った。
「分かりました。」
大切そうに封筒を受け取る。
リハーサルが終わり、チャペルの庭へ出る。
夏空が広がっていた。
「先生。」
ユウキが声をかける。
「ありがとうございました。」
「いや。」
先生は優しく笑う。
「礼を言うのは俺の方だ。」
「え?」
「教師になって良かったって思える瞬間を、お前たちがくれた。」
「高校一年生の二人を見て。」
「いつか幸せになってほしいと思ってた。」
「その願いが今日、叶った。」
先生の目にも涙が浮かんでいた。
帰り道。
車の中でアルバムを開く。
「懐かしいね。」
マミが笑う。
「この文化祭。」
「再会する前だ。」
「うん。」
「この時はまだ。」
「未来なんて分からなかった。」
ユウキはアルバムを閉じる。
「でも。」
「今なら分かる。」
「全部。」
「必要な時間だった。」
マミはそっとユウキの肩にもたれた。
「遠回りだったけど。」
「私たちらしいね。」
「うん。」
その夜。
リビングでアルバムを本棚へ飾る。
高校時代。
大学時代。
社会人。
婚約。
思い出が少しずつ増えていく。
「次は。」
マミが笑う。
「結婚式のアルバムが増えるね。」
ユウキは静かに頷いた。
「一番大切な一冊になる。」
数日後。
チャペルの担当スタッフから連絡が入る。
「いよいよ来週が本番です。」
結婚式まで、あと七日。
二人の長い初恋は、ついに人生で最も幸せな一日を迎えようとしていた。
――第8話「結婚式、前夜」へ続く。
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