第4話 「初恋は、まだ終わっていなかった」
夕暮れの教室。
文化祭の賑わいが遠くから聞こえる中、教室にはユウキとマミだけが残っていた。
マユが去り際に残した言葉。
『今度は、逃がしちゃダメだよ。』
その一言が、ユウキの胸の中で何度も繰り返される。
そして今。
マミは静かにこちらを見つめていた。
「ねぇ、ユウキ。」
「……うん。」
「さっきマユが言ってたこと。」
「本当だったの?」
教室に静寂が落ちる。
ユウキは小さく息を吐いた。
もう、ごまかしたくなかった。
「……本当。」
マミは驚いたように目を見開く。
「高校一年の頃。」
「俺、マミのこと好きだった。」
その言葉を口にした瞬間。
五年間胸につかえていたものが少しだけ軽くなった気がした。
「毎日話せるだけで嬉しかった。」
「席が前後だったから、学校に行くのが楽しみだった。」
「授業中に振り返って話しかけてくれるたびにドキドキしてた。」
「文化祭も。」
「体育祭も。」
「全部マミがいたから楽しかった。」
ユウキは苦笑する。
「でも。」
「告白する勇気がなかった。」
「振られるのが怖かった。」
「今思えば、本当に情けなかった。」
マミは何も言わない。
ただ静かに聞いている。
ユウキは続けた。
「そのあとマユと付き合った。」
「大学でも恋愛した。」
「社会人になってからも、それなりに恋愛はしてきた。」
「でも。」
「高校時代を思い出すたびに。」
「もしあの時、マミに告白してたら。」
「そればっかり考えてた。」
教室の窓から秋風が吹き込む。
カーテンがふわりと揺れた。
長い沈黙。
やがて。
マミが小さく笑った。
「やっと聞けた。」
「え?」
「ずっと。」
「ずーっと聞きたかった。」
ユウキは首をかしげる。
マミは少し照れながら言った。
「私も。」
「高校一年生の時。」
「ユウキのこと好きだった。」
時間が止まる。
「……え?」
「本当?」
「うん。」
「ずっと。」
「最初に席が前後になった日から。」
「野球部で頑張ってる姿も。」
「真面目に授業受けてるところも。」
「たまに笑う顔も。」
「全部好きだった。」
ユウキは言葉を失う。
「だから。」
マミは少しだけ目を伏せる。
「数学の先生に『お似合い』って言われた日は。」
「嬉しかった。」
「でも恥ずかしくて。」
「机に突っ伏しちゃった。」
二人で笑う。
「あれ演技じゃなかったの?」
「本気で恥ずかしかった!」
「知らなかった。」
「気付いてほしかったのに。」
「気付けるわけないだろ……。」
「鈍感。」
「それはお互い様。」
また笑う。
高校生の頃には見られなかった景色だった。
「文化祭も。」
マミは続ける。
「一緒に回りたかった。」
「誘おうと思った。」
「でも。」
「野球部の友達に囲まれてて。」
「人気者だったから。」
「私なんか無理かなって。」
ユウキは思わず苦笑する。
「逆だよ。」
「俺はマミが人気者だから無理だと思ってた。」
「え?」
「明るくて。」
「友達多くて。」
「男子とも普通に話してて。」
「俺なんか相手にされないって。」
マミは思わず吹き出した。
「何それ!」
「お互い勘違いじゃん!」
「そう。」
「五年間、盛大なすれ違い。」
二人は笑いながらも、どこか切なかった。
あと少し勇気があれば。
高校時代は違う未来になっていたかもしれない。
その時だった。
校内放送が流れる。
『文化祭終了まで、あと三十分です。』
「あっという間だね。」
マミが少し寂しそうに呟く。
「……そうだね。」
文化祭が終われば。
またそれぞれの日常へ戻る。
営業会社で働くユウキ。
OA機器メーカーで働くマミ。
今日だけの再会で終わる可能性だってある。
そんな未来だけは嫌だった。
ユウキはゆっくり立ち上がる。
「マミ。」
「ん?」
「もう。」
「後悔したくない。」
マミは静かにユウキを見る。
鼓動が速い。
手が少し震える。
高校一年生の自分には言えなかった言葉。
今なら。
社会人になった今なら。
ちゃんと伝えられる。
「文化祭が終わったら。」
「……うん。」
「一緒にご飯行かない?」
一瞬の静寂。
そして。
マミは高校時代と変わらない、太陽みたいな笑顔を見せた。
「うん!」
「もちろん!」
その返事だけで。
ユウキの胸はいっぱいになった。
恋人ではない。
まだ告白もしていない。
でも。
高校一年生の続きが、ようやく始まった気がした。
文化祭終了まで、残り三十分。
二人はもう一度、並んで校舎を歩き出す。
今度は「友達」としてではなく、「過去の想いを知った二人」として。
誰も知らない。
この何気ない約束が、二人の運命を大きく変えていくことを。
そしてその日の夜。
高校時代には存在しなかった「あるもの」が、二人の距離をさらに縮めることになる。
――第5話「はじめて交換する連絡先」へ続く。
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