第2話 「言えなかった、あの日の答え」
文化祭の廊下は、生徒たちの笑い声で満ちていた。
「次どこ行く?」
パンフレットを見ながらマミが首をかしげる。
「軽音部のライブ?」
「いいね。」
「その前に模擬店も見ようよ!」
「了解。」
高校生の頃と変わらない。
マミは思いついたことをすぐ口にする。
ユウキはその後ろを歩きながら、小さく笑った。
(この感じ……懐かしい。)
校舎の廊下を歩いていると、すれ違う在校生たちが二人を見てひそひそ話し始めた。
「あの二人、卒業生?」
「美男美女じゃない?」
「カップルかな?」
その言葉に二人とも同時に反応する。
「えっ?」
「いやいや!」
思わず声が重なった。
顔を見合わせる。
そして吹き出した。
「高校の頃もこんなことあったね。」
「数学の先生。」
「"お似合いですね"って。」
「懐かしい……!」
二人はしばらく笑い続けた。
三階にある教室では軽音部がライブをしていた。
窓際に並んで立つ。
青春真っ盛りの演奏。
楽しそうに飛び跳ねる生徒たち。
その景色を見ていると、高校時代が鮮明によみがえる。
「ユウキ。」
「ん?」
「大学って楽しかった?」
突然の質問だった。
「うん。」
少し考えてから答える。
「最初は全然友達できなかったけど。」
「意外。」
「人見知りだったし。」
「そうだったね。」
「でも途中から変わったかな。」
「彼女もできたし。」
マミの笑顔が一瞬だけ止まる。
「……そうなんだ。」
「二人付き合った。」
「そっか。」
少しだけ声が小さい。
ユウキは気付かなかった。
今度はユウキが聞く。
「マミは?」
「私?」
「彼氏とか。」
マミは少し困ったように笑った。
「いたよ。」
胸がチクリと痛む。
「大学の時に一人。」
「長かった?」
「一年くらい。」
「そうなんだ。」
「でも別れちゃった。」
「なんで?」
「価値観かな。」
「社会人になってからは?」
「いない。」
「そうなんだ。」
会話は普通だ。
でも、お互い心の中は少しだけ落ち着かなかった。
(彼氏いたんだ。)
(彼女いたんだ。)
そんな当たり前の事実が、少しだけ寂しい。
ライブが終わる。
大きな拍手が響いた。
「お腹空いた!」
「もう昼だしね。」
「焼きそば食べよう!」
「高校の文化祭と言えばそれだな。」
中庭へ向かう。
焼きそば、たこ焼き、クレープ。
どれも高校生らしい値段だ。
「半分こしよう。」
「いいよ。」
「はい、あーん。」
「いや、自分で食べる。」
「ノリ悪い。」
「周り見て。」
「?」
高校生たちがこちらを見てニヤニヤしていた。
「彼氏さん照れてる!」
女子生徒の一言。
マミは一瞬固まる。
「ち、違います!」
顔が真っ赤になる。
ユウキも慌てて手を振る。
「違う違う!」
「卒業生です!」
その反応を見て高校生たちは笑っていた。
「仲良しじゃん!」
「青春だー!」
「いいなぁ!」
逃げるようにその場を離れる二人。
校舎裏まで来てようやく落ち着いた。
「もう恥ずかしい……。」
マミは頬を押さえている。
ユウキも耳まで赤かった。
「高校生、元気すぎる。」
「昔の私たちもあんな感じだったのかな。」
「だったかも。」
また目が合う。
自然と笑ってしまう。
ベンチに座る。
風が心地いい。
校庭では野球部が招待試合をしていた。
金属バットの乾いた音。
「懐かしい。」
ユウキは無意識につぶやく。
「ユウキ、野球本当に好きだったよね。」
「毎日練習だった。」
「応援行ったことあるよ。」
「え?」
思わず振り向く。
「知らなかった?」
「初めて聞いた。」
「一年生の夏。」
「マユと一緒に。」
ユウキは驚いていた。
一度も気付かなかった。
「ユウキ、打ったらすごく嬉しかった。」
マミは笑う。
「でも全然気付いてくれなかった。」
「ごめん……。」
「いいの。」
その笑顔は優しかった。
でもどこか切なかった。
「実はさ。」
マミが静かに続ける。
「高校一年生の文化祭。」
「うん。」
「ユウキと一緒に回りたかった。」
その言葉に、ユウキの心臓が止まりそうになる。
「……え?」
「でも人気者だったし。」
「野球部忙しかったし。」
「声かけられなかった。」
ユウキは思わず笑う。
「逆だよ。」
「え?」
「俺も誘いたかった。」
「でも断られると思ってた。」
マミは驚いた顔でユウキを見る。
二人とも何も言えない。
五年前。
たった一言。
「一緒に回ろう。」
その勇気があれば。
何かが変わっていたのかもしれない。
その時だった。
「……もしかして。」
後ろから女性の声が聞こえた。
二人が振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。
長い黒髪。
整った顔立ち。
どこか見覚えがある。
「ユウキ?」
「マミ?」
「久しぶり。」
ユウキは目を見開く。
「……マユ?」
高校二年の冬。
半年だけ付き合った、かつての恋人。
文化祭の思いがけない再会は、さらに新しい波紋を呼ぼうとしていた。
――第3話へ続く。
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