第2期 第6話 「帰ってこい」
五月初旬。
名古屋支社。
大型プロジェクトも、ようやく終盤に差しかかっていた。
「ユウキくん。」
課長が会議室へ呼ぶ。
「はい。」
「まずは、お疲れ。」
課長は笑顔で資料を閉じた。
「君のおかげで、先方から正式に受注が決まった。」
「本当ですか?」
「よくやってくれた。」
思わず胸をなで下ろす。
この一か月半。
残業続きの日々。
マミとの電話にも出られなかった夜。
すべてが報われた瞬間だった。
拍手が起こる。
「おめでとう!」
「さすが東京本社のエース!」
「今夜は打ち上げだ!」
職場はお祝いムードに包まれていた。
その時だった。
課長のスマートフォンが鳴る。
「……部長から?」
電話を終えた課長は、少し驚いた表情でユウキを見る。
「ユウキくん。」
「はい。」
「もう一度、部長室へ行こう。」
「……?」
部長室。
東京本社の営業部長もオンラインで参加していた。
「ユウキ。」
画面越しの部長が笑う。
「名古屋での成果、報告を受けた。」
「ありがとうございます。」
「予定では半年だった。」
「だが。」
部長は資料を閉じる。
「プロジェクトが予定より二か月早く終了した。」
「……!」
「東京へ戻ってこい。」
言葉が出なかった。
「来月から、本社勤務に戻ってもらう。」
「名古屋勤務は三か月で終了だ。」
「おめでとう。」
部長室を出ても、実感が湧かない。
(帰れる。)
(マミのいる関西にも、また会いに行きやすくなる。)
何より。
約束より三か月も早く帰れる。
ユウキはすぐにスマートフォンを取り出した。
でも。
指が止まる。
(これは。)
(直接伝えたい。)
そう思い、スマホをしまった。
午後十時。
いつものビデオ通話。
「お疲れ。」
「お疲れ。」
マミはいつも通り笑っていた。
「今日は元気そう。」
「まあね。」
ユウキは少しだけ意地悪く笑う。
「いいことあった?」
「うん。」
「教えて。」
「まだ秘密。」
「えー!」
「気になる!」
マミは頬を膨らませる。
高校生の頃と変わらない反応だった。
「今週の土曜日。」
「大阪へ行く。」
「え?」
「また出張?」
「うん。」
「その時に話す。」
「そんなにもったいぶる?」
「うん。」
「絶対直接言いたい。」
マミは首をかしげながら笑った。
「分かった。」
「楽しみにしてる。」
土曜日。
大阪駅。
「ユウキ!」
「マミ!」
一か月ぶりの再会。
改札を出た瞬間、二人とも自然と笑顔になった。
「今日はどこ行く?」
「その前に。」
ユウキは真剣な表情になる。
「伝えたいことがある。」
マミも表情を引き締めた。
「うん。」
「聞く。」
ユウキは深呼吸をする。
「名古屋勤務。」
「予定より早く終わる。」
「え?」
「来月。」
「東京へ戻れることになった。」
数秒。
マミは言葉を失った。
「……本当に?」
「本当。」
「もう?」
「うん。」
次の瞬間。
「よかったぁ……。」
マミの目から涙があふれた。
「えっ。」
「ご、ごめん。」
「嬉しくて。」
「半年って聞いてたから。」
「まだ半分もあると思ってた。」
「でも。」
「もう帰ってくるんだね。」
ユウキは優しく微笑む。
「帰る。」
「約束より早く。」
「おかえりって。」
マミは涙を拭きながら笑う。
「ちゃんと言える。」
「うん。」
「待ってる。」
二人は近くの公園まで歩いた。
新緑が風に揺れている。
「そういえば。」
マミが笑う。
「私の東京異動。」
「正式にはなくなった。」
「え?」
「プロジェクトが成功したから。」
「大阪に残ってほしいって。」
「本当に?」
「うん。」
今度はユウキが驚く番だった。
「じゃあ。」
「二人とも元に戻る?」
「うん。」
「東京と大阪。」
「新幹線ですぐ。」
「前より近いね。」
二人は顔を見合わせて笑う。
夕暮れ。
ベンチに並んで座る。
「遠距離。」
「少しだけだったね。」
マミが空を見上げる。
「でも。」
「すごく長く感じた。」
「俺も。」
「会えない時間があったから。」
「今日がこんなに嬉しい。」
ユウキは静かに頷く。
「離れて分かった。」
「マミは。」
「俺にとって。」
「なくてはならない存在なんだ。」
マミは照れ笑いを浮かべる。
「それ。」
「私も同じ。」
夕日がゆっくり沈んでいく。
二人は手をつなぎ、並んで歩き始めた。
遠回りした高校時代。
文化祭での奇跡の再会。
そして初めての遠距離恋愛。
その時間は決して無駄ではなかった。
離れていたからこそ、お互いの大切さを、以前よりずっと強く感じられたのだから。
しかし、東京へ戻るユウキを待っていたのは、新たな人生の選択だった。
「このまま離れて暮らすのか。」
「それとも――。」
二人はまだ知らない。
次に交わす約束が、「結婚」を意識する大きな一歩になることを。
――第7話「同じ未来を描く日」へ続く。
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