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鉄道運転士が異世界転生して指差喚呼で魔王を脱線させ定刻で帰還する件  作者: もしものべりすと


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第十一章「閉塞王の論理」

翌朝、王から正式な勅令が下った。


 俺に、「鉄路討伐軍」の指揮権が与えられた。


 兵力、二千。


 補給線、三十里。


 目的、閉塞王の本拠地である北の山頂、廃都ヘイソク城の奪還。




 俺はその兵力を、すべて辞退した。


「閣下」


「なんだ、卿は、断るのか」


「兵力は、不要です」


 王は、目を細めた。


「なぜだ」


「閉塞王の魔法に、二千の兵を当てれば、二千の死人が出ます。


 奴の魔法は、進入すれば、人を倒します。それは辺境伯領の街道で、すでに証明されています」


「では、卿は、どうするつもりだ」


「俺一人と、最小限の同行者で、行きます」




 王の表情が、わずかに強張った。


「卿、自分の命を、軽く見るな」


「軽く見ては、おりません。むしろ、誰の命も、軽く見ないために、最小編成で行きます」


 王は、しばらく俺を見ていた。


 それから、深く頷いた。


「分かった。卿に任せる」




 王都を出立する朝、街路に人が並んだ。


 俺の馬が、石畳を歩くたびに、人々は地面に膝をつき、手を合わせた。


「鉄路の使徒様、ご無事で」


「定時の聖者様、御加護を」


 子供が、花を投げてきた。


 花は、馬の脚元で、潰れていく。


 俺はその全部を、ただ無言で、受け止めながら、街道へ進んだ。




 俺は、街の人々に手を振り返すこともしなかった。


 俺の英雄譚を、彼らが期待するのは、自由だ。


 でも、俺自身は、英雄ではない。


 ただ、業務上の最短経路を、選択しているだけだ。


 その姿勢を、俺は、最後まで、崩したくなかった。




 北へ向かう街道を、九日かけて進んだ。


 最初の三日は、平原。


 次の三日は、丘陵。


 最後の三日は、山岳。


 馬を捨て、徒歩に切り替える日も、何日かあった。




 ガロンと槍兵の双子が、俺の前後を固めた。


 アリサは、信号守の祝詞を、毎晩、火の前で唱えてくれた。


 その祝詞の言葉は、俺の前世の業務上の用語と、ぴたりと一致していた。




 九日目の夕刻、俺たちは、頂きの廃都の前に、辿り着いた。


 巨大な城門。


 城門の前には、見えない壁があった。


 壁は、空気が、ぴしりと張り詰めたような感触で、俺たちの足を止めた。


「ここから先は、進入禁止」


 俺は、頭の中で、業務用語を呼び出した。


 進入禁止信号。停止信号。絶対停止。


 その信号機が、まさに、目の前で、見えない形で立ちはだかっていた。




 俺は、一歩、前に出た。


 ガロンが俺の腕を掴んだ。


「リツ様、危険です」


「俺だけは、通れる」


「なぜ、わかるのです」


「俺と奴は、同じ世界の人間だ。同じ業界用語を、共有している」




 俺は、見えない壁の前に立ち、指を差した。


「停止信号、現示」


「閉塞、進入の意思を確認」


「発信者の同意により、解除を要求」




 壁が、わずかに揺らいだ。


 俺は、もう一歩、踏み出した。


 体は、通った。




 ガロンが、息を呑んだ。


「リツ様……」


「ここから先は、俺一人で行く」


「お、お一人で?」


「アリサは、ここに残れ。ガロンと、双子も。


 俺が出てこなければ、王都に戻り、別の方法を考えてくれ」


「リツ様!」


 アリサが走り寄った。


「お一人では、危のうございます」


「奴と俺は、二者で話さなければならない。第三者がいれば、奴は壊れる。


 壊れた奴は、もっと多くを巻き込む。だから、俺一人で行く」


 俺はそれだけ言って、城門の中へ、踏み出した。




 廃都ヘイソクの内部は、奇妙に静かだった。


 石畳の街路は、整然としていた。


 建物は、ひとつも崩れていなかった。


 ただ、人が、誰もいなかった。


 時間が、止まったかのように、街は、保存されていた。




 中央の宮殿に、俺は近づいた。


 扉は、開いていた。


 中の玉座に、彼は座っていた。




 黒部重蔵。


 いや、閉塞王。




 彼の姿は、前世とは、少し違っていた。


 体は若返っていた。四十代くらいに見えた。


 だが、顔は、紛れもなく、あの男だった。


 深い皺は、消えていた。


 ただ、その目だけは、前世のままだった。


 毎朝、俺の運転席を睨んでいた、あの目だ。




「来たか」


 彼は、低い声で言った。


「お前か、運転士」


「黒部さん」


「閉塞王、と呼べ」


「閉塞王」


「うむ」




 彼は、玉座から立ち上がった。


 黒い装束、銀の縁取り。


 手には、何も持っていなかった。


 武器も、杖も、何も。




「お前は、なぜ、ここに来た」


「あなたの魔法を、解除するためです」


「なぜ、解除する必要がある」


「あなたの魔法で、街道が止まり、村が飢え、人が死んでいるからです」


「ふん」


 彼は、嘲るように、笑った。


「人が死ぬ?


 俺はただ止めただけだ。動いていたものを、止めただけだ。


 止めるのは、悪じゃない。動かすほうが、悪なんだ」




 俺は彼の言葉を、聞いていた。


 その論理は、歪んでいた。


 でも、彼の中では、整合していた。




「動かすことは、悪なのですか」


「悪に決まっている。動かせば、必ず、誰かが取り残される。


 動いていく流れに、ついて行けない者が出る。


 俺は、ついて行けなかった。父親もそうだった。地元の書店もそうだった。


 動く者だけが、生き残る世界が、悪なんだ」




 彼の声は震えていた。


 怒りでも、悲しみでもない、深い、苦しみの声だった。




「だから、俺は、世界全部を、止めた。


 動かない世界なら、誰も、取り残されない。


 誰も、置いてけぼりにならない。


 俺の停滞が、世界の停滞と、ようやく一致する」




 俺は彼の前に、ゆっくり、歩み寄った。


 彼の目を、まっすぐに、見た。


「黒部さん」


「黒部さん、と呼ぶな!俺はもう、閉塞王だ!」


「黒部さん。あなたは、間違っています」


 俺は、低い声で、繰り返した。


「閉塞は、止めるための仕組みじゃない。安全に、走らせるための、仕組みです」




 彼の目が、見開かれた。


 その奥に、わずかに何かが、揺らいだ。


 でも、すぐに彼は、その揺らぎを、押し殺した。




「黙れ、運転士。お前に何が分かる。


 お前は、毎朝、定時で走っていた。一秒も遅れずに、走り続けていた。


 俺の苛立ちは、お前のような、定時で走れる者には、決して分からない」




 彼は、片手を、高く掲げた。


 宮殿の天井から、鉄の鎖が、降りてきた。


「お前を、ここに、止めてやる。永遠に、定時から、解放してやる」




 鎖が、俺に向かって、振り下ろされた。


 俺は、咄嗟に、横へ転がった。


 鎖は、石畳を砕いた。




 黒部老人の魔法は、本気だった。


 俺は、立ち上がりながら、頭の中で、計算した。


 彼を、力で倒すことは、できない。


 彼の魔法の論理を、内側から、組み換えなければならない。


 それには、時間が、必要だ。




 俺は、後退した。


 扉から、外へ走った。


 黒部老人の声が、背中に、追いかけてきた。


「逃げるか、運転士!お前も、結局、俺を、置いていくのか!」




 俺は走った。


 城門までの石畳を、息を切らして、走り抜けた。


 見えない壁を、もう一度声で開けた。


「閉塞、解除よし」


 壁が、揺らいだ。




 俺は、外に飛び出した。


 アリサと、ガロンと、双子が、待っていた。


「リツ様!」


「無事でしたか!」


「ああ。だが、奴を、力では倒せない」


 俺は、息を整えながら、言った。


「策を、練り直す」


「策、ですか」


「奴の論理を、内側から、覆す方法だ。


 俺一人ではたぶんできない」




 俺は、振り向いた。


 廃都ヘイソク城が、夕陽に、赤く染まっていた。


 あの中で、黒部老人は、まだ世界を止め続けている。


 彼の論理を、覆すには、彼の論理が間違っていることを、彼自身に、見せる必要がある。


 そのためには、俺一人の声では、足りない。


 もっと、大勢の声が、必要だ。




 ガロンが俺の隣に立った。


「リツ様、奴と、何を話されたのです」


「奴の、内側を聞いた」


「内側?」


「奴は、置いて行かれることに、耐えられなかった人間だ。


 誰よりも、世界の流れに、ついて行きたかった人間だ。


 でも、ついて行けなかった。だから、世界そのものを、止めにかかっている」


「歪んでおりますな」


「歪んでいる。だが、その歪みの根はたぶん誰の心にも、ある」




 俺は、地面に、しゃがみ込んだ。


 石ころを、ひとつ、拾い上げた。


 手のひらに乗せて、転がした。


「動くものを、否定する者は、動けなかった経験がある。


 動けなかった経験は、本人にとっては、止まったまま、消えない傷になる。


 その傷を、無理やり覆って、世界全部を傷の色に、塗り替えようとする。


 奴の魔法の本質はたぶんそれだ」




 アリサが、低い声で言った。


「リツ様。奴を、可哀想と、お思いですか」


「可哀想だ。が、それは関係ない」


「関係ない、と申しますと」


「奴の傷を癒すことと、奴の魔法を解除することは、別の問題だ。


 奴の魔法は、いま他人を巻き添えにしている。それは、止めなければならない」


「でございますね」


「ただ、止めるだけでは、奴は、また別の形で、暴れる。


 止めると同時に、奴の傷に、別の処方を出す必要がある」


「処方、ですか」


「うん。それを、これから、考える」




 双子の槍兵の片方が、夜営の火を起こした。


 もう片方が、見張りに立った。


 ガロンは、湯を沸かし始めた。


 アリサは、毛布を広げ、俺に勧めた。




 俺は、毛布の上に座り、手帳を開いた。


 炎の明かりに、ページを照らした。


 いま分かっていること。


 黒部老人は、前世の記憶を、ある程度保持している。


 彼の魔法は、業界用語の「閉塞」を、誤って解釈している。


 彼自身が、その誤りに気付くまで、魔法は解除されない。




 俺は、書き付けた。


「奴に、本来の閉塞の意味を、思い出させる」


 書き付けてから、俺はまたペンを止めた。


 彼に、本来の意味を、どう思い出させればいいのか。


 俺が、ただ言葉で説明しても、奴は、信じない。


 信じさせるには、目の前で、本来の閉塞の動きを、再現してみせる必要がある。




 再現するには、線路が要る。


 信号機が要る。


 列車が要る。


 そして、それを動かす、複数の人間が要る。




 俺は、手帳に、新しいページを開いた。


 北の山頂、廃都ヘイソク城までの、地図。


 その入口に、俺は、線を一本、引いた。


「ここに、線路を、敷く」




 ガロンが、湯を運んできて、俺の手帳を覗き込んだ。


「線路を、敷く?」


「ああ。奴の城門の前に、短い線路を、敷く」


「な、何のために、ですか」


「奴に、本来の鉄路を、見せるためだ」




 ガロンはしばらく俺の手帳を、無言で、眺めていた。


「リツ様、それはつまり戦ではなく、儀式、ということでございますな」


「儀式とも言える。実演、とも言える」


「兵を、お貸しすれば」


「兵じゃない。技術者だ。


 石工、鍛冶、木工、運搬。


 線路を、敷ける人間が、要る」


「集めましょう」


 ガロンは、迷わず頷いた。




 俺は、手帳を、もう一度閉じた。


 火の向こうで、ガロンとアリサが、何か小声で話していた。


 双子の片方は、夜の闇の中で、槍を構えて、立ち尽くしていた。




 俺はその全員を、しばらく見ていた。


 彼らは、俺の指示で、動いている。


 俺は、彼らに、命じている。


 俺の十三年は、誰かに命じる仕事ではなかった。


 ただ、決められた線路を、決められた通りに、走るだけだった。


 でも、いま俺は、線路を敷く側に、立っている。




 奇妙な感覚だと俺は思った。


 それは、不安、ではなかった。


 ただ、自分の知っている世界が、少し広がった、という感覚に近かった。




 俺は、手帳を取り出し、書き付けた。


「列車防護無線、発報。


 全方位に、確認を要求」


 明日から、俺は、運行を再構築する。


 奴の論理を、覆すために、必要なのは、武器ではない。


 線路と、信号機と、それを使いこなす、複数の人間だ。


 俺は、ふっと、息を吐いた。


 長くなると俺は思った。

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