第二十六話 さあ、アイヲンモール異世界店、本日グランドオープンだ!
「おはようございまぁす!」
「おはようございまぁす!」
「早いもので、俺が店長になってから100日目。今日の朝礼をはじめたいと思います」
アイヲンモール異世界店の正面入り口前には従業員が集まっていた。
ビシッと直立不動のクロエ、アンナさんは杖を持ってニコニコと、バルベラはぼーっと無表情で俺の前に並ぶ。
犬系獣人のコレットの尻尾は楽しそうにゆらゆら揺れて、ファンシーヌさんはかしこまった顔だ。
黒鉄輸送隊の仕事を終えて帰ってきた行商人さんとその奥さんに娘さん。
テナントの従業員、規模拡大するにあたって採用した従業員のみなさんもいる。
あと見られても問題ないように鎧やら着ぐるみやらで姿を変えたアンデッドたちも。
ここ最近は今日の朝礼で何を言おうか考えてたけど、けっきょく思いつかなかった。
だから、気取ってそれっぽいこと言うんじゃなくて、思うままに話す。
「辞令を受けて、俺がこの世界に来たとき。『なんてことしてくれたんだ株式会社アイヲン!』って毒を吐いた」
はじまりは、店名の読めない辞令だった。
人事に問い合わせても「書いてある通りです」なんて応えでよくわからなくて。
異動前日の夜の勤務を終えたら、このアイヲンモールに着いてたっけ。
人事部の伊織からは「ここがナオヤさんの勤務地、アイヲンモール異世界店です」みたいなことを言われて。
初めてこの世界に来た夜は、わめきまくってた気がする。
けど——
「いまでは辞令に感謝してる。あの辞令があったから、クロエに、アンナさん、バルベラに会った。そうしてみんなと会えた」
——異世界生活がはじまってみれば、楽しかった。
エルフで聖騎士なのに残念な感じで、でもひたむきにがんばってた元店長のクロエ。
いまでは自信も出てきて、素直な接客はお客さまにファンの多い天性の販売員だ。
実演販売させたら毎回けっこうな売上を叩き出す。
あと見慣れない新商品をなんだかんだ購入させるのすごい。
アンデッドを従えるリッチで、店員として働くほかに研究も続けてきたアンナさん。
作り方を公開した赤死病の薬は最寄りの街から広がって、この国では赤死病は「致死率100%」じゃなくなってる。貴重な素材を使いすぎてアンナさんのほかは誰も作れないけど。薬の有効期限が長いせいでなんとかなるそうです。
「かつて滅びた街の聖女」は、「アイヲンモールの聖女」としてドラッグストアで絶大な信頼を得て、順調に売上を伸ばしてる。
無表情でマイペースで、見た目10歳ぐらいの女の子だけど140歳のドラゴンなバルベラ。
農家のおばちゃんや冒険者からマスコット扱いされてるけどそれだけじゃない。
モンスターがはびこるこの世界で、アイヲンモール異世界店が安全なのはバルベラの貢献が大きい。
なにしろここは、「ドラゴンの住処」なので。基本的にモンスターは近づいてきません。
たまに例外があっても瞬殺です。あと見た目に反した力で助かってます。
コレットも、ファンシーヌさんも、笑顔で働いてくれてる。
行商人さんも、テナントの従業員たちも。
アイヲン「モール」の店長として、うれしいかぎりだ。
それに。
「はじめてアイヲンモール異世界店の営業を見たとき。月間売上一億円なんて、無理だと思った」
なにしろ着任当初は、近隣の農家の人たちが持ってきてくれる野菜を売ってるだけだったので。
一日の売上は16,000円とかだったし。
いろいろ手を打っても、初月は1770万ちょっとだった。
日本の商品を売ろうにも在庫限りか、二、三週間に一度カゴ台車三台分を〈小規模転移ゲート〉で入荷できるぐらいで。
ドラゴンセールで日に均した売上の334万円を超えるのがやっとだった。
でも。
「いまは、見えてきた。スーパー部門にドラッグストアコーナー、お惣菜&イートイン、それに——」
みんなを見渡す。
クロエにアンナさんにバルベラ、コレットにファンシーヌさんはもちろん、奥に並ぶ従業員も。
猫人族、港町の人たちに竜人族、エルフにドワーフ、王都の商会から来た人たち、商人ギルド長と従業員たち。
「——テナントに入ってくれた、みなさんのおかげで」
時間はかかったけど、なんとかテナントを迎えられた。
接客や売上・商品管理の研修は大変だったけど。
「プレオープンではお客様が喜んでくれた。どれも魅力的な店です」
事前の評判は上々だ。
歩いて一時間の最寄りの街どころか、噂を聞きつけて一週間単位で時間がかかる王都や港町からわざわざやってきたお客さまもいた。
もちろん売上も伸びた。
テナントと合算しての売上じゃなくて、スーパー部門の売上も伸びまくった。
客数はもちろんのこと、客単価も伸びた。相乗効果ってヤツだと思う。
「これでようやく、アイヲン『モール』異世界店って堂々と名乗れる」
もう、アイヲン直営のスーパーとドラッグストアだけじゃない。
それぞれに魅力的な商品を揃えた、複数のテナントが入ってる。
朝礼で昔話しちゃった俺を、みんな真面目な顔で見つめてくる。
クロエは目をキラキラ輝かせて。あ、バルベラはあいかわらず眠そうな目だけど。でもちゃんと聞いてくれてる。
月間売上目標一億円。
遠いと思った目標が見えてきた。
達成しないとアイヲンモール異世界店がなくなるかもしれないとか、その場合は〈転移ゲート〉が使えなくなって俺が帰れなくなるかもしれないとか。
目標達成に励むにはそんな理由もあったけど。
一番は——
「売上は結果だ。それだけのお客さまがワクワクして、満足してくれたっていう結果が売上に出るんだ」
——この世界の人に、アイヲンモールの魅力を知ってほしい。
来るだけでワクワクして、買い物が楽しくて、思わず笑顔になって、日々が充実するような。
「月間一億円を達成すれば、それは、それだけのお客さまをワクワクさせられた、満足させられたって結果とイコールだ」
『「あ」から「ん」まですべてが揃って、「愛」がある』って、アイヲンのキャッチコピー通りに。
外出と言えば、遊びに行くと言えば、デートと言えば、アイヲンに行くことだって言っても過言じゃなくなるように。
「楽しんでほしい。自分たちの商品に誇りを持って、接客を、販売を楽しんでほしい」
売上目標は達成したい。
でも、従業員には売上を求めるんじゃなくて、お客さまに楽しんでもらえる接客や販売を求めたい。
綺麗事だけど……。
この世界では、求めたっていいだろう。
「さあ——」
俺が、この世界唯一のアイヲンモール異世界店の店長なんだから。
テナントも入って、文字通り「モール」になったこの店舗の。
今日からテナントがプレオープンではなく、正式オープンするアイヲンモール異世界店の。
従業員のワクワクした目を前に、いまかいまかと開店を待つお客さまを背後に、屋上にあげたアドバルーンを頭上に。
宣言する。
「——アイヲンモール異世界店、本日グランドオープンだ!」