エピローグ1
俺が店長になってから180日目のアイヲンモール異世界店。
営業が終わった夜、俺はアイヲンモールの搬入スペースにいた。
「長かったような、短かったような……」
目の前には荷物を積んだカゴ台車がある。
商品じゃなくて、俺の私物だ。
俺がこの世界に来てから半年。
今日は、〈大規模転移ゲート〉がつながる日だ。
「なんか、まだ現実味がないというかなんというか」
手にした書類に視線を落とす。
二週間に一回ぐらいしかつながらない〈小規模転移ゲート〉で送られてきたそれは、辞令だ。
『アイヲンモール*%#店』って、この世界の文字で書かれてて読めるようになった店から、『アイヲン本社の経営企画部付き』へ異動って書かれてる。
「本社。経営企画部。栄転だと思うけど、いまいち信用できないんだよなあ」
なにしろ詳しい説明なしに俺をこの世界に送り込んだ株式会社アイヲンがやることなので。
経営企画部で何をするのか、事前になにか勉強しておくことはあるか、人事部に問い合わせても返事はない。
あいかわらず職務怠慢だろ人事部伊織ィ! 半年前こっちに異動したときのこと忘れてないからな!
半年。
わけもわからずこの世界にやってきてからいろいろあった。
けど先月、月間売上一億円の目標は達成した。
今日締めた今月の売上は一億円を軽く超えて、一億一千万円までいった。
これも従業員の販売力と増えたテナント、黒鉄輸送隊に便乗してアイヲンモール異世界店までやってくる人たちや商人のおかげだ。
安全さえ確保できれば「旅をしたい」って一般人は予想以上に多かったらしい。
しかもアイヲンモール異世界店に来れば、猫人族やエルフ、ドワーフなんかのほかにはない商品が手に入るとあって、お客さまがお客さまを呼んだ。
客数は日々増えて、テナント希望の申し出も来るようになった。
「ここまで来れば安心かな。〈大規模転移ゲート〉用の発注もかけたし。ただなあ……」
半年に一回つながる〈大規模転移ゲート〉は、小規模な転移ゲートと違ってこのスペースいっぱいの物品を搬入できる。
商品を狙い撃ちすれば、「売れる」「次回つながる半年後まで在庫を保たせる」ことも可能だ。
スーパー部門にドラッグストア、各種テナントにこの在庫があれば、次の店長も売上を伸ばしていけるだろう。
ただ。
「誰が店長になるか聞いてないんだよなあ。引き継ぎもできてないし」
不安だ。
人事に関して情報少なすぎませんかねなにしてんだ伊織ィ!
「どうしたのだナオヤ、ため息など吐いて」
「クロエ……」
「はっ! まさか帰りたくないと言い出して! 『寂しさの埋め方はわかってるよな』と私にすがりつき押し倒し! くっ……!」
「ないない。そりゃ寂しくなるけどな」
「なっ! そそそそんなことを言っても! 私はなびかないぞ! エルフはその程度できゅんとするような安い存在ではないと知るがいいッ!」
クロエがぶんぶん腕を振る。
長い耳がぴくぴく動いてる。
顔が赤い。
「ありがとう、クロエ」
「ど、どうしたんだナオヤ!?」
「クロエがそんな感じで明るくて救われたなあって。一人でこっち来て、誰にも歓迎されなかったらしんどかっただろうから」
「なななにゃにを言っているのだにゃおやッ!?」
ストレートに褒めたらクロエは猫人族みたいな喋り方になった。ちょっとかわいい。見た目は美人さんですし。
〈大規模転移ゲート〉がつながる今夜、搬入口前にいるのは俺とクロエだけじゃない。
「アンナさんも、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。ナオヤさんのおかげで、800年越しの宿願が叶ったのです」
「俺というか元の世界の知識のおかげですけどね」
うん、そこは俺の功績じゃない。
赤死病の薬の開発に役立ったのは書店にあった本と、調剤薬局の薬なわけで。
感謝されても苦笑いしか出ない。
俺よりも、アンナさんと付き従うアンデッドたちの800年の努力の成果だろう。
「アンナさんとアンデッドたちがいなかったらアイヲンモール異世界店はやっていけませんでした。月間売上一億円が達成できたのもアンナさんのおかげです。みんなも」
来てくれたアンナさんと、うしろのアンデッドたちに頭を下げる。
もう営業時間外だから、スケルトンもゴーストも昔の姿だ。
最初の頃は周辺の警戒を担当してくれてたスケルトン隊長と鎧つきのスケルトン部隊。
店内清掃と調理を担ったエプロン付きスケルトンたち。
ゴーストに、めずらしいことにゾンビもいる。
いやゾンビさんは地下に戻ってくれませんかね。肉片が床に……あ、あとで清掃する? いつもありがとうございまぁす。
隊長はじめスケルトン部隊は、ガチャっと鎧と骨を鳴らして敬礼してきた。
ゴーストは俺のまわりをふよふよまわって、エプロン付きスケルトンはハンカチで目元を拭いてる。
「いや涙でませんよね!? 眼球ありませんもんね!?」
突っ込むと、エプロン付きスケルトンはぽりぽり頭をかいた。
アンナさんがくすくす笑う。
搬入口前に来てくれたのはもう一人。
「バルベラも、ありがとな。おかげで安全に過ごせたし、荷物の運搬も助かったよ。『ドラゴンセール』の目玉商品も」
「……美味しかった。お肉いる?」
「いらないから! 尻尾も腕も落とそうとしなくていいから! そんな物騒なお土産持って帰ったら秒で捕まりそう!」
見た目10歳のバルベラがきょとんとして首を傾げる。
もう半年の付き合いになるけどドラゴンの価値観がよくわからないよ……。
「港町の人たちといい関係性ができて、安定して魚介が仕入れられるのはバルベラのおかげだ。ほんと感謝してる」
「……へへ」
いつも無表情なバルベラがはにかむ。
バルベラパパママがいたら「写真を撮れニンゲン! 撮りまくるのだ!」ってめっちゃプレッシャーかけられそう。
あの二人、定期的に来るからなあ。来る際は人化してくれるようになっただけよかったと思おう。毎度ドラゴンで飛来されたら客足遠のきます。たぶん。
ファンシーヌさんは来たがったけど、コレットが眠気に負けて途中退散した。
ひざまづいて祈られっぱなしだったので正直助かります。ありがとうコレット。
行商人さん一家にテナント組、従業員たちも挨拶は済ませた。
月間売上一億円を達成して、俺が来てから半年経った今夜。
俺は、元の世界に還る。
最初はどうなることかと思ったし、株式会社アイヲンの無茶ブリを嘆いたし怒ったけど。
店長として俺が売り伸ばして、目標に届いた達成感はある。
お客さまをワクワクさせて楽しんでもらえて満足させられたって自負してる。
従業員にはほんと恵まれた。
元の世界に還れるのはうれしい。そのためにがんばってきた。
ただ…………寂しいのも、たしかだ。
涙ぐんだのを見られたくなくて三人とアンデッドに背を向ける。
と、搬入スペースの床が光った。
円と図形と、あいかわらず読めない文字が光って幾何学模様を描く。
光に包まれて、人影が姿を現した。
「お疲れさまです」
「あ、お疲れさまでーす」
「準備はいいようですね。では帰任後の業務について説明します」
「あっはい。よろしくおねが……いやいやいやそうじゃなくて! もうちょっとなんかあるでしょ伊織ィ!」
現れたのは人事部の伊織さんだ。
半年前と同じように、当たり前のように、話しかけられた。
前回は突然送り込んですみませんでしたとか、今回の異動も説明不足で申し訳ありませんとか、そんな言葉もなく。
「マイペースがすぎる! そりゃ帰任後の業務については聞きたいけども! その服装についても聞きたいけども!」
同じように現れた伊織さんだったけど、服装が違う。
半年前は黒いパンツスーツに白のブラウスで、シャープなメガネのできるキャリアウーマン風だった。
けどいまは、結婚式の二次会に着ていくようなワンピース? ドレスで、ネックレスや指輪なんかの装飾品をつけてる。髪もおろしてる。
ずいぶん雰囲気が違う。
「こちらで馴染むのはこういう服装です」
「はあ…………はあ? こちらで、馴染む?」
クロエ、は鎧姿だから、アンナさんとバルベラと見比べようと振り返る。
クロエとアンナさんとアンデッドたちはみんなひざまづいていた。バルベラはちょこんとしゃがんでる。
「…………はい? え、みんなどうしたいきなり」
「お帰りなさいませ、イオリ姫」
「楽にしてください、クロエ」
「はっ!」
「………………はい? イオリ、ひめ?」
俺がこの世界に来てから180日目の夜。
この世界と日本には、まだまだ俺の知らない秘密があるようです。
伊織が姫!? お帰りなさい!? ってことはこっちの王族を社員として日本で働かせてたのかどうなってんだ株式会社アイヲン! え、俺けっこう文句言っちゃったけど「不敬罪だ!」ってならないよね? 大丈夫だよね? 大丈夫だって言ってくれ伊織ィ!!!





