第二十一話 緊急会議の議題は…………従業員の新規採用について、だ
俺が店長になってから63日目のアイヲンモール異世界店。
テナントに条件の詳細を話して、アイヲンの営業を終えて。
俺はまた、二階のフードコートにいた。
「第一回、アイヲンモール異世界店緊急会議をはじめます!」
「ナ、ナオヤ? どうしたのだ、あらたまって」
「それぐらい焦ってるってことだ」
「議題はなんですか? もし今日いらっしゃった中に怪しい人がいるという話なら私が……」
「アンナさん何するつもりですか、やめてください、そういうんじゃないんで」
「テナントの話があったあとに緊急会議……先々のことなのであれば、ひょっとして」
「どうしたのおかーさん?」
「察しがよすぎるファンシーヌさん怖い。さすが大店の娘」
「……ごはん?」
「ひと段落したらご飯にしようなバルベラ。ひさしぶりにみんなで食べるか」
いるのは俺一人じゃない。
元店長で聖騎士でエルフのクロエ、リッチで薬師のアンナさん、ファンシーヌさんに犬耳獣人のコレット、人化してるけど正体はドラゴンのバルベラ。
隣のテーブルには行商人さん一家も座ってる。
あとちょっと離れたところでエプロン付きスケルトンとゴーストと、全身甲冑の隊長と何体か。
アイヲンモール異世界店の従業員と主要アンデッドが揃っている。主要アンデッドって。俺もずいぶん異世界に染まってきたな……。
「緊急会議の議題は…………従業員の新規採用について、だ」
このまま順調に進めば、アイヲンモール異世界店にテナントが入るだろう。
そうすると、ヘルプやらサポートやら統括やらで、俺がさらに忙しくなることが予想される。
あとアイヲンの清掃や警備、調理をアンデッド頼みにできない可能性が高い。
テナントの従業員が出入りするわけで、存在を見られず・知られずアンデッドを働かせるのは難しい。
言ったら理解してくれるかなあ……港町の人たち、猫人族、ファンシーヌさんの実家の商会、ドワーフあたりは許容してくれそうだけど、ギルド長がなあ……。
いや、「一日中文句も言わず働かせられるとは素晴らしい!」とか言い出して紹介を迫られるかも? それはそれでちょっと。
アイヲンモール異世界店は、早急に従業員を採用したい。
というか月間売上一億円を目標にしている以上、達成できる組織構成・人員配置を敷くのは必須だ。
「そこでみんなのアイデア……案を聞きたいと思って。俺はこの世界の採用に詳しくないから」
「騎士団は試験があったのだぞ? アイヲンでも試験をすればよいのではないか?」
「クロエがマトモなことを言った!? まあそうだな、採用試験はもちろん考えてる。ほかに何かないかなーと思って」
「私が若かっ……生き……こほん。以前は、家族や親族、顔役や知人の紹介で働きに出ることが主でした」
「縁故採用ってヤツですね。コネだーって嫌われますけど、信用できる人が来るのは確かなんだよなあ」
「短期雇用であれば手配師に依頼することもあるのですが……ナオヤさんがおっしゃっているのはそういうことではありませんね」
「あるんですね人材派遣。そうですね、今回は長期採用で考えてます」
普通に募集して試験して採用、縁故採用、人材派遣。
日本ほど仕組みは整ってないけどそういうものはあるらしい。
「ナオヤさん。あとは、商人ギルドに当たってもらうという手もありますよ。私の行商ルートの引き継ぎ先を紹介してもらったように、そういった支援も商人ギルドの仕事です」
「なるほど。…………それは最終手段にします」
それ絶対ギルド長の子飼いの商人を送られてきて情報抜かれるヤツ。
ノウハウを盗まれたところで、この世界で「アイヲン」スタイルを真似はできないと思うけど。日本からの転移はないし。
「採用は、ひとつに絞らないでぜんぶ試してみるか。商人ギルドの紹介以外は」
いまはアンデッドの協力もあって極限まで少人数でまわしてる。
でも、従業員をほとんど休ませられてない。
こっちじゃ当たり前らしいけど日本だったら刺されてる。労基怖い。
「縁故採用だと……クロエはどうだ? 仕事を探してる知り合いいるか?」
「むっ、その、街にはいなくてだな」
「ああ、騎士団所属の騎士だもんな。交流ある人が仕事を探してても、そうそうクロエには声かけないか」
「そう、そうなのだ! 決して私に人望がないということではなく! 聖騎士たる私に遠慮してだな!」
「はいはいさすが聖騎士サマ。じゃあクロエからの紹介はなしとして……」
「待て! 私だって紹介できるぞ! こ、故郷のエルフなら一人や二人、外の世界を見たい者がいてもおかしくなくてだな」
「なるほど。……ちなみに、エルフってみんな妹さんみたいにいろいろできる感じ?」
「みな計算はできる。たいていのエルフは弓を扱えて精霊魔法も得意だ。森で狩りをすることが多いからな、警備もできるだろう」
「スペック高いなエルフ!」
「う、うむ。だが私は弓も聖霊魔法も苦手で」
「その分、クロエは剣も神聖魔法も使えるだろ。しかもアイヲンモールを見たことないのに俺が来るまで店長やれてたんだ。充分優秀だって。マジで」
「なっ! そ、そんなに褒めてどうする気だナオヤッ!? 私はそんなことでなびくような安いエルフではないぞ!」
「顔が緩んでるぞクロエ。ともかく、エルフの里にアイヲンで働きたい人がいないか聞いてみてくれ。人族が嫌いじゃない人でな」
「うむっ! 元店長のこの私に任せておくといい!」
クロエがどんと胸を叩く。
ちょっと不安だけど、希望者が来たら面談すればいいだろう。
鼻息荒いクロエにかわって、ちょっとうつむいたアンナさんに向き直る。
「アンナさんはどうですか? 薬師業で街に出入りしてるようですし希望する人は」
「その、アンデッドでよければ増員はできます」
「あっはい。見られない体制づくりと配置を相談させてください」
ところで増員はどこから増員するんでしょうか。
ダンジョンで勧誘するんだよね? あ、自然発生パターンもあるのか。どっちかでお願いします。
「いちおう聞くけどバルベラは」
「……パパとママ?」
「やめてください大騒ぎになってしまいます。人化モードでもそれはそれで」
「……いない」
「しょんぼりするなって、考えてくれてありがとな。そうだ、竜人族の人たちは? クアーノさんみたいに外で働きたい人がいれば」
「……いるかも?」
「見た目イグアナだから接客や清掃は頼めないけど……双龍島と同じように、警備はお願いできるなと思って」
バルベラは小さく首をかしげた。
うん、「竜人族はそんなに強くないのにな?」とでも思ってるんだろう。ドラゴンに比べたらね。
けど、見た目イグアナの竜人族には「見られても単なる動物としか思われない」って圧倒的アドバンテージがある。
森や、店内の植え込みにいてもらえば充分警備になるだろう。
「ファンシーヌさんとコレットはどうですか?」
「実家の商会からであれば、紹介させることは可能だと思います」
「あー、どうですか? それはちょっと気まずいですか?」
「一度実家に連絡を取ったのです。ナオヤさまのお役に立てるのであればその程度なんのことでもありません」
「えーっと、じゃあこれは最終手段ということで。ファンシーヌさんの知識や理解の早さを考えたら、頼れる人がいそうですけど」
コレットは紹介できる知り合いや友達はいないらしい。
尻尾がしょんぼり垂れ下がってる。
同年代の子供は、たいてい仕事をはじめてるか勤め先を見つけてるらしい。早い。モラトリアムがなさすぎる。
クロエ、アンナさん、バルベラ、ファンシーヌさん親子からの紹介で何人か確保できそうだ。人族が少ないけど。
それでもありがたい、あとは募集かけようかなあなんて思ってると。
「ナオヤさん、私から提案があります」
「行商人さん? 人材に心当たりあるんですか?」
「もちろん、そこは昔の伝手と過去の行商先に声をかけさせていただきますが……提案は、それではなく」
「はあ、なんでしょう。人手不足の解消案ならなんでも聞きますよ!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから63日目。
テナント希望者の襲来からはじまった長い一日は、まだ終わらないようです。