第二十話 アイヲンモールは、これまで一度もモンスターや盗賊の被害がないというではないですか。よほど優秀な警備員を雇っているんでしょうねえ
俺が店長になってから63日目のアイヲンモール異世界店。
営業はしてないけど初めて来客を迎えたフードコートからは、夕日が差し込んでいる。
気がつけばけっこう時間が経ったなあ。
なにしろ商談四連続だもんなあ。
窓の外を眺めながら、ぼんやりそんなことを思う。
「ナオヤさん? 大丈夫ですか?」
「おやおやあ? ナオヤさんは体調が優れないのですか? いけませんねえ」
「失礼しました」
隣のアンナさんと、目の前から声がかけられて現実逃避から帰ってくる。
目の前。
でっぷり太ってひらひらした服を着てキラキラの装飾品を身につけた、商人ギルド長。
「それで、本気ですか? テナントに入りたいって」
「もちろん本気ですとも。私がそんな冗談を言うように見えましたかねえ?」
「いえ、そんなことは」
クロエと同郷のエルフ、ファンシーヌさんの実家の王都の商会、日本の工業製品に興味を持ったドワーフ。
このへんがテナントに入りたいってのはいい。
商人ギルド長かあ。
見た目と違って悪い人じゃないっぽいんだけど……。値踏みするような視線がめんどくさいのは確かだ。
「なぜテナントに入りたいんですか? ギルド長は街で立場があって、立派な商会はしっかり儲けてると思うのですが……」
「おやあ? ナオヤさんは私どもの商会を拒否するのですか?」
「そんなことはありませんけど……拒否できたら楽そう」
ぼそっと呟いた後半はギルド長に聞こえなかったみたいだ。
いや、ニンマリ笑ってるあたり、聞こえてるのに気づかないフリをしたのかもしれない。
ほんとやりづらい。
「それで、なんで『テナント』なんですか?」
「それはもう、ナオヤさんとアイヲンモールの将来性に賭けたのですとも!」
嘘くさい笑顔で嘘くさいセリフを言うギルド長。
わざわざ両腕を広げる大げさっぷりだ。
じっとりと見つめると、やれやれ、わかってもらえないなんて、とばかりに首を振った。
「もういったんそれは置いておくとしてですね。販売はどんな商品を考えてますか? 基本はテナント同士の競合を避けたいんです」
「私どもの商会がこのテナントで売るのは、『宝飾品』です」
「宝飾……? 宝石とか、高価なアクセサリーとかってことですか?」
「そうですそうです! さすがナオヤさん、理解が早いですねえ」
「おだてられても木に登りませんよ。宝飾ですか。アイヲンに来てるお客さまを考えると、高価すぎて厳しいような」
「問題ありませんとも。それでどうでしょう? テナントには入れていただけますよねえ?」
「あらためて、聞かせてください。なんでわざわざ、アイヲンのテナントに入って宝飾品を販売しようとしてるんですか? 街の中には自分の店があるのに」
「理由は二つあります」
「はあ」
「一つ目は、ファンシーヌの実家の商会が話していたでしょう? 外壁を越える際に税がかかると。それも、高価なほど高額になっていきます」
「ああ、だから宝飾品は外で販売したいと。それでテナントだと」
「ええ、その通りです。ナオヤさんはドワーフからの信頼を得て、ドワーフもここに店を出すようですし、ね」
「ドワーフと関係が?」
「ナオヤさん。おそらく、宝石の産出元がドワーフの住まう山なのだと思います」
「なるほど。じゃあ配送?輸送?も一本化できそうですね。税金も経費も浮くと」
「ええ。それに……近くにドワーフがいる以上、偽物をつかまされることもないでしょう。ドワーフはすぐに見抜きますから」
「うわ、テナントの立地めっちゃ利用されてる。相乗効果って考えればいい、のかなあ」
でも見抜けるし性格のイメージで「ドワーフが偽物を卸すイメージがない」ってアンナさんに聞いてみると、取引にはだいたい間に他種族が絡むらしい。
ドワーフは採掘や加工が好きだけど、販売はけっこう適当なんだとか。できあがったら満足するタイプか……。たまにいるよなそういう作り手……すごい野菜作ってるのにありえない低価格で卸してたり……。
「理由、二つあるって言ってましたね?」
「ええ。宝飾品を扱うにあたって、注意すべきことはなんだかわかりますか? ナオヤさんほどのお方であればすぐにわかるんでしょうけどねえ」
「いちいち言い方……そうですね、偽物の話はさっき出たので……接客と警備ですかね。ハイブランドはそのへんが大変らしいからなあ」
「素晴らしい! そう、それですよナオヤさん! 高価な品を取り扱う私どもが、警備にどれほど頭を悩ませているか。おわかりにならないでしょうねえ」
「たしかに、あっちの世界よりは大変そうだよなあ。警備会社もないだろうし」
「ところが! このアイヲンモールは、これまで一度もモンスターや盗賊の被害がないというではないですか。よほど優秀な警備員を雇っているんでしょうねえ」
ギルド長がニマニマしながらチラッと家族に囲まれるクロエを見て、俺の隣のアンナさんをみて、フードコートの天井を見上げた。
あれ? これバレてない? 二階の天井というかその向こうの屋上見てない?
「おっと、お店の大事な秘密でしょうからねえ、探るつもりはなかったのです」
「は、はあ」
「……ナオヤさん、どうしますか? 私がえいってやりましょうか?」
「そんなこと小声で聞かないでください、『えいっ』ってなにするんですか怖すぎますアンナさん」
「宝飾品を扱う部門をこちらに持ってくれば税は浮く。輸送費も軽減できるかもしれない。警備に頭を悩ませることもない。これはぜひテナントに入れていただきたいものだ、と思いましてねえ」
「ありがとうございます」
商人ギルド長が自分の店をテナントに入れたい理由はわかった。
いまの客層とは違うけど経費削減と今後に期待してってことなら理解はできる。
貴族なんかの富裕層は店に来るんじゃなくて店員を呼ぶって話だから、宝飾品部門が街中からなくなっても商会としてはなんとでもなるんだろう。
で、買い付けに来る商人や、がんばって買おうとする一般人は街じゃなくてここまで来ればいいと。
理解はできる。
理解はできるけど……。
「アイヲンモールの敷地、それに施設内も警備してます。けどテナント店内の警備は自前でお願いしますね?」
「ええ、ええ! それはもちろんですとも。不届きな方もいらっしゃいますからねえ、まったく嘆かわしい」
「そこを理解していただけてるなら、まあ」
「テナントに入れていただけますか! これはこれは、ありがとうございます」
ギルド長が揉み手をはじめる。
これ、警備の仕組みとかアイヲンのノウハウを盗もうって考えもあるんだろうなあ。
まあ社外秘の部分以外、見てわかるところは見て盗めばいいと思うけども。
「まだ本決まりじゃありませんよ。条件を話し合って、それでも希望するなら申請書類を書いていただいて、検討して、です」
「わかっておりますとも。なにしろ街の青空市場は商人ギルドの管轄で、そうした手続きを行っておりますからねえ」
揉み手が止まらない。
なんだろ、商品のレパートリーが増えて新たな客層の来店も見込めるって、アイヲンにとってもいい話なのに悪寒がする。
…………とりあえず、あとでアンナさんと話し合おう。
テナントが増えればテナントの従業員も増えるわけで、アンデッドの人員配置とバレ対策しておかないと。
クロエのところのエルフのみなさんはともかく、ファンシーヌさん経由の王都の商会もアンデッドは受け入れてくれなさそうだしなあ。あとギルド長。いやギルド長なら24時間働ける人材を人財って大喜びするかもしれないけど。
俺が店長になってから63日目のアイヲンモール異世界店。
アイヲンにやってきた行商隊は、テナント希望の4団体でした。
ぜんぶ入れば、ファンシーヌさんのガレット屋と猫人族の服飾店、港町の物産店とあわせて7店舗。
これはもう、アイヲン「モール」と言ってもいいかもしれない。





