第八話 ドラゴンセールで活躍してくれてるんだし! 建てよう! 完成はいつになるかわからないけど!
「おう、どうした店長さん? なんか疲れてねえか?」
「大丈夫です、朝から気疲れしちゃっただけですから。クアーノさんこそ大丈夫ですか? 毎日往復してもらっちゃって」
「なあに、俺はコイツに乗ってるだけだかンな! ちょちょいってなモンよ!」
俺が店長になってから33日目のアイヲンモール異世界店。
午後、俺は屋上にいた。
休憩がてら、港町から飛んできた竜人族のクアーノさんを迎えるためだ。
港町から魚介の配送ルートが確定して以来、クアーノさんはマジックバッグに新鮮な魚介を詰め込んで毎日飛んできてくれてる。
見た目はイグアナだけど、精力的に活動できるらしい。異世界のイグアナすごい。
ワイバーンに乗って飛んでくる間は動かず日光浴してるのかもしれない。
「ほんと助かります。海の魚は珍しいのか、鮮魚は毎日完売、干しモノも行商人なんかがまとめ買いしてくれて売れ行きいいですよ」
「そいつは嬉しいねえ。港のヤツらも喜んでンぜ!」
小さなハットをくいっと傾けて、イグアナがけきょーっと奇声を発する。
俺もわかってきた、これは喜んでるらしい。
クアーノさんのうしろで、ワイバーンがバルベラに頬を寄せる。
わかってきた、あれは甘えてるらしい。
爬虫類の表情やボディランゲージはわかりづらいけど読めるようになってきた。
いつか異文化コミュニケーション研修で教えられるかもしれない。
異世界赴任するアイヲン社員には必須技能だろう。
……俺以外にもいるんだろうか。いつか交代要員、もしくは同僚や部下や上司が送られてくるんだろうか。
「それはそれでなあ。人手は欲しいけど、うまくやっていけるか不安だしなあ」
「人手? ああ、せっかく住み込みさせられる建物を作ったんだもんな!」
「あっはい。ちょうどここから見えますよ」
アイヲンモール異世界店の屋上は広い。
いまではバルベラとワイバーンの発着場になってる場所は、屋上の中でも裏手側だ。
下を見れば、ちょうど従業員用アパートが見える。
あ、クアーノさんは見られないわ、抱えてあげるか、と思ったらひょいっと壁を走ってフェンスに取り付いた。さすがイグアナ。
「おう、良さそうな建物じゃねえか! ちいっと寒そうだけどな!」
「石造りですから少し寒々しい感じはありますよね」
「俺たちにゃ厳しいかもな! 冬場はキツそうだ!」
「そっか、その辺も考えないとなあ。今度暖炉に火を入れてみるか」
従業員用アパートにガラス窓はない。
木製の鎧戸を閉めるスタイルで、すきま風も入ってくる。
爬虫類じゃなくても冬場はキツイかもしれない。
「カーテン、じゅうたんあたりで防寒できるか? あとは壁紙がわりにデカいタペストリーを飾るとか、ああ、アンナさんに相談して魔法でどうにか」
「……火を吹く?」
「そうそうあとはバルベラのブレスで暖めてもらったり、って燃えるだろそれ! 暖かいどころか熱くて死にかねないだろ!」
バルベラがこてんと首をかしげる。
寒いならドラゴンブレスで暖めればいいじゃない、らしい。
さすが火龍系統のレッドドラゴン。発想がダイナミックすぎる。
「まだ家具や荷物をぜんぶ広げたわけじゃないんですけどね、快適になりそうですよ」
「ねぐらは大事だかンな、店長さんも腰を落ち着けられたようでよかったじゃねえか!」
「……ほしい」
「ん? どうしたバルベラ?」
「……わたしもねぐらほしい」
「あー、そうだよなあ。クロエは街の騎士団宿舎に住んでて、アンナさんは地下。俺、コレットとファンシーヌさん、行商人さんは従業員用アパート。バルベラだけ家? 部屋? がないもんな」
そういえば、バルベラの寝床だけはちゃんとしたものがない。
ドラゴン姿で屋上に寝てるか、見た目10歳ぐらいの人間姿で屋上の建屋で寝泊まりしてる。
家どころか、部屋らしい部屋がない。
「アンナさんとスケルトンたちにお願いして、屋上にも建てようか。バルベラの部屋と、客間もあると便利かな。クアーノさんやバルベラのご両親が泊まれるように」
「……やった!」
「ただ、建設は時間があるときでもいいか? アンナさんやスケルトンにもやってほしいことがあるし、申し訳ないんだけど」
「……いつでもいい!」
すぐには建てられないって聞いても、バルベラは喜んでくれた。
その辺はドラゴンの時間感覚だろうか。
バルベラは見た目10歳だけど140歳だっていうし、けど言動は幼いし。
尻尾の先の火を燃え盛らせて、尻尾がぺちぺち地面を叩く。
無表情だからわかりにくいけど嬉しいらしい。
頭を撫でると、バルベラは目を細めた。
「よかったですねお嬢! いやあ、お嬢もドラゴンなんですねえ、やっぱり狭くて暗い空間が好きだとは!」
「……うん!」
「え? 待って、狭くて、暗い? 従業員用アパートは家族でも住める広さで……あっ」
そっとバルベラを見下ろす。
俺を見上げたバルベラと目があった。
ちょっと口元がほころんでて、にまにま笑顔だ。
「ひょっとして、バルベラが欲しい『ねぐら』って、ドラゴン形態で入れるヤツ?」
バルベラがこくりと頷く。
俺の顔に冷や汗が流れる。
ドラゴン形態のバルベラが、入れるサイズの建物。
それ、いまの従業員用アパートより大きくないとダメじゃないだろうか。
「入れればいい」じゃなくて、快適な広さを考えたら相当なデカさになるんじゃないだろうか。
「えっと、バルベラ、あの建物と同じ大きさで、人間形態で過ごすアパートなら」
バルベラがじっと見つめてくる。
少しだけ口がへの字に近くなった。
俺もわかってきた、これは悲しいらしい。
尻尾がへにょっと垂れて、先端の火が勢いをなくす。
「よ、よし! ドラゴンセールで活躍してくれてるんだし! 建てよう! 完成はいつになるかわからないけど!」
「……ありがと!」
「気前いいじゃねえか店長さん! お嬢のねぐらだ、俺に協力できることがあったら言ってくれよな!」
バルベラの表情がパッと明るくなった。尻尾の火に照らされて。
クアーノさんがにかっと笑う。たぶん笑ってる。
ドラゴン姿のバルベラが入れるサイズのアパート、かあ。
アンナさんにお願いすれば、その大きさでも手持ちの素材と魔法でイケるのかな。
イケるなら、時間はかかるけどお金はかからず建てられるわけで。
大丈夫。大丈夫なはずだ。大丈夫だといいなあ。
とりあえず、こっちには建築基準法も大店立地法もないんだし!
……都市計画法もないよね? ここ街の外だもんね?
俺が店長になってから33日目のアイヲンモール異世界店。
従業員用アパートは、どんどん建てることになりそうです。
がんがん売上あげて、アパートが足りなくなるぐらい従業員を雇えるようになりますように。
とりあえず。
梱包資材といい家具といい、この世界のことをもっと知らないとなあ。
また街に行くべきか、それとも。
考えは尽きない。
入社三年目で初店長なのにこの環境、ハードすぎませんかねえ。
せめて日本、いやせめて地球上なら! 喜んで店長やるんですけども! 異世界も楽しいけどね? 難易度がね?