第七話 アイヲンモール異世界店には売れるものがたくさんありますけど、売っていいのか、売りたいのかは別モノですからね
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから33日目。
眠い目をこすりながら、のそりとソファから起き出す。
「ん? ああ、引っ越したんだっけ」
ソファに腰掛けてまわりを見る。
石造りで土間の部屋はちょっと寒々しい。
積まれたまま組み立てを待つ家具入り段ボールがそこら中に転がってる。
「……今日の仕事終わりに、ベッドぐらい組み立てるかなあ」
昨日、興奮する行商人さんや、尊敬というか信奉の眼差しを向けるファンシーヌさんを振り払って、俺は部屋に帰ってきた。
なんかドッと疲れが出て、けっきょく昨日は寝床を確保しただけで荷ほどきは中断した。
いままで生活してたテナントスペースに戻れば快適だったかもしれないけど、その気力もなかった。
隠し通路も使ってない。
ぼんやりと昨日のことを思い出しながら身支度をはじめる。
従業員用アパートの部屋に独立洗面台はない。
さすがに、「『あ』から『ん』まですべてが揃って、『愛』がある」でも、独立洗面台は売ってない。
正確に言うと売ってるけど在庫はない。
すぐ欲しければ春日野店隣のホームセンターに行ってください。
けど、キッチンの蛇口をひねれば水は出る。魔法すごい。
顔を洗ってヒゲをそって、さっと髪を整える。
お湯も出る。魔道具すごい。
「お客さま用トイレまで行かなくてよくなった分、たいぶ楽だなこれ」
テナントスペースは清潔で快適だったけど、本来は生活するスペースじゃない。当たり前だ。
ひさしぶりの「自分の部屋」はすべてが揃ってて便利だ。
さっと着替えて部屋の外に出る。
スケルトンがいた。
いつもの、アイヲンモール異世界店の清掃を担当してるエプロン付きスケルトンじゃなくて、鎧をまとったスケルトンだ。
微動だにせず外を見つめて、物音で気づいたのか俺に顔を向けてくる。耳ないけど。
「モンスターが来ないか警備してくれてたんですね。お疲れさまでーす」
挨拶すると、かちゃりと会釈を返してくれた。
アイヲンモール異世界店と比べて森が近いからね、警戒してくれるのはありがたい。
スケルトンもモンスター枠ってところは置いておいて。
コの字型の従業員用アパートを、北棟からまわって中央棟に出る。
ふと思い立って、玄関ホール奥から外に出た。
中庭側が正面入り口らしいけど、いちおうここにも出入り口はある。
アンナさんは遠慮がちに「打って出ることもありますから」って言ってた。
なにと戦う気なんだろうか。
従業員用アパートの警戒態勢がひどい。砦。
「たあっ! はっ!」
外に出ると、剣を振るう騎士の姿が目に入った。砦感が増す。
「精霊剣エペデュポワよ、私の祈りに応えたまえ! いざ必殺の! エルフ斬りッ!」
「木を伐る時も『必殺』でいいんだろうか。あとそれエルフを斬ることになっちゃってない?」
アイヲンモール異世界店の敷地の外、森の中でクロエが木剣を構え直す。
クロエ愛用の木剣がほのかな光をまとう。
大上段から振り下ろすと、斜めに切断されて木が倒れた。
「技名とか振る舞いとかエルフは森を大事にするんじゃないかってのはともかく、腕はすごいんだよなあ。おはようクロエ」
「むっ? 見ていたのかナオヤ! おはよう!」
「なんか昨日より視界が開けてるんだけど……これ、クロエが?」
「うむ! アンナに請われてな! 私が木を伐り倒して、バルベラが運んでいるのだ!」
「チェーンソーと重機役かあ。木って木剣で伐れるんだなあ」
「何を言っているのだナオヤ? 前にも見せただろう?」
「ああ、そういえばお惣菜の容器を検討してる時に、皿代わりに伐ってもらったっけ。異世界すごい。魔法と魔力が理解不能すぎる」
まだ早朝、陽の入らない森の奥は薄暗い。
けど、従業員用アパートの近くはだいぶ明るい。なにしろ光を遮る木がなくなってるので。
昨日まではまだちらほら残ってたのに、いまでは切り株や、あとまわしにされた細い木立を残すぐらいだ。
アパート付近はもう「森」とは言えないだろう。
ただ……。
「クロエ、切り株はどうするんだ? バルベラなら引っこ抜けるのか? それとも魔法でどうにか——」
森の跡地には、いくつもの切り株が残ってる。
「切り株はそのままですよ、ナオヤさん」
「アンナさん? あ、おはようございます」
「おはようございます」
「切り株の除去ってやっぱりこっちでも大変なんですか? だからそのままにするってことで」
「いえ、違います」
「はあ」
「切り株を残したままにしなければ、『利用可能な土地』になってしまいます。場合によっては隠し畑を疑われることもあるんです」
「はあ。……はあ?」
「ですから、切り株はそのままです。畑に使うつもりはないよ、という『あぴーる』ですね」
「はあ。よくわかりませんけど、まあ、そういうことなんですね。そういえば江戸時代? あたりの日本? の歴史で似たようなエピソードを聞いたことあるようなないような」
「あら、世界が異なっても、為政者が考えることは同じなのですね」
アンナさんがクスクス笑う。
笑いのツボがわからない。このタイミングで笑うってちょっと不穏で怖いです。
「魔法でなんでもずばっと解決、ってわけにはいかないんですねえ」
「ええ。できることと、やっていいことは違うのです」
「それはわかります。アイヲンモール異世界店には売れるものがたくさんありますけど、売っていいのか、売りたいのかは別モノですからね」
おかげで頭を悩ませてる。
昨日だけでも、ビニール袋に段ボール、家具、充電タイプの家電、ネジクギや金物なんかを売ったらどうかってアイデアが出た。
それに従業員用アパートの設備や、建築知識自体だって売れるだろう。
けど、売っていいか、売りたいか、売るのかっていうとためらわれる。
「この砦……ではなく、従業員用あぱーとを補強した時のように、魔法で解決してしまえれば楽なのですけどね」
振り返ったアンナさんがぽつりと呟く。
ちょうど、アパートからはコレットとファンシーヌさん、行商人一家が出てきてアイヲンモール異世界店側に向かうのが見えた。
出勤時間が近づいてきたからだろう、クロエも切り上げてお店に向かうようだ。
「へえ、この建物、魔法で補強してあるんですね。よかったよかった、石造りだし短期間で完成したから地震に弱いかもって心配してたんですよ」
俺も歩き出した。
アンナさんもついてくる。
「心配いりませんよ、ナオヤさん。しっかり補強してあります。バルベラちゃんのブレスには耐えられるほどですよ。魔法を掛け直さないといけませんから、一発なら、ですけど」
背後からアンナさんの弾んだ声が聞こえてきた。
立ち止まる。
頭を抱える。
「おおおおおお! 魔法が便利すぎて安心ですけど安心できませんねこれ! そんな強度がいる事態が起こるんでしょうか!? 異世界こわい!」
俺の嘆きは、切り拓かれた空き地を越えて森に抜けていった。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから33日目。
異世界は今日も、通常運転です。
アイヲンモール異世界店の従業員が通常とはかけ離れてそうだけれども。
街。
早くまた街に行って市場調査しなくちゃ。





