第一話 旧市街の跡地って言われたから安心してたけど石廟、地下墳墓。な、なあクロエ、アンナさん、この辺でほかにダンジョンは
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
俺は、店をバルベラとコレットとファンシーヌさんと行商人さん一家に任せて、最寄りの街へ向かっていた。
正確には、目的地は最寄りの街じゃない。
「くふふっ、腕が鳴るな! 聖騎士のこのクロエの! 活躍を楽しみにするがいいッ!」
「不安だ。クロエが張り切るとか不安しかない。大丈夫だよな? ゴブリンやオークみたいなモンスターは出ないよな?」
「ゴ、ゴブリンにオークだとッ!? ま、まさかナオヤは欲望に満ちたモンスターに私を襲わせてじっくり見ようと、わ、私にナニをさせる気なのだ!?」
「ド変態かなんだその発想。なんで俺がモンスターを操れる前提なんですかねえ。ドラゴンとリッチとスケルトンとゴーストにはいつも指示出してるけど」
「安心してくださいナオヤさん。ゴブリンやオークは出ませんよ」
「よかった、頼りにしてますアンナさん。俺戦えないんでほんとよろしくお願いします」
俺と一緒に行くのはクロエとアンナさんだ。
あとなぜか全身甲冑の人が一体。あ、鎧を隠すマント——サーコートって言うんだっけ?——の隙間からチラッと黒いモヤが見えた。こっそりゴーストもついてきたらしいので二体。
「って大丈夫なのかこれ。頼りにしてますよアンナさん?」
「心配いりませんナオヤさん。街には入りませんから大丈夫です。ね、みんな」
アンナさんの投げかけに応えるように、全身甲冑の中の人がガシャっと鎧と中身を鳴らす。
不安でしょうがない。
見つめると、モヒカン兜がコクっと頷いた。安心しろ、とばかりに。
顔の見えない全身甲冑の中の人の正体はスケルトン隊長だ。
いつもと違って面頰をつけてるから顔は見えない。いやまあいつも顔は見えないんだけど。骨だから。
「むっ! 見えたぞナオヤ!」
先頭を行くクロエがすっと指を差す。
アイヲンモール異世界店を出てから一時間弱。
クロエは、見えてきた最寄りの街じゃない方向を示してる。
外壁の手前、街の近くなのに農地にもなってない、何もない草原。
「街からもアイヲンモール異世界店からもこんなに近くて問題ないんだろうか」
よく見ると、草原にはちらほらと石の山が見える。崩れた建造物だろう。
「安心しろナオヤ! ときどき騎士団が訓練がてら討伐しているのだ!」
「へえ、なるほど。あれ、冒険者は? 倒しに来ないの?」
「冒険者には人気がないようですね。『街から近いのはいいけど、稼ぎにならねえ』と」
「はあ、そういうものなんですね。案外シビアだな冒険者」
「それに、その、この場所は……」
「ここは『呪われた街』の跡地なのだ! 冒険者はゲンを担いで近づかないそうだな!」
「ああ、アンナさんの。……大丈夫ですかアンナさん? しんどい記憶があるんじゃ」
「ふふ、ご心配ありがとうございます。けれど問題はありません」
アンナさんはにっこり微笑んだ。
無理をしてる様子はない。
「ほらナオヤ! 見えてきたぞ!」
先頭で張り切るクロエが指を差す。
すねあたりまで伸びた草と、崩れた建物の残骸の先。
地面にぽっかりと穴が開いていた。
いや、草やら土やらでわかりづらいけど、穴のまわりは石で飾られている。
「石廟ってヤツかな?…………まさか」
今回の目的地は最寄りの街じゃない。
「うん? どうしたナオヤ? 行ってみたいと言い出したのはナオヤだぞ?」
「心配いりませんナオヤさん。クロエさんは聖騎士ですし、隊長は強いんですよ。それに、私もいます」
二人に促されても俺の足は動かない。
全身甲冑のスケルトン隊長が励ますように俺の肩に手を置いても動かない。
ゴーストに見上げられても動かない。
「さあ行くぞナオヤ! ダンジョン『旧市街地下墳墓』へ!」
今日の目的地は、最寄りの街近く、つまりアイヲンモール異世界店から一番近くの、ダンジョンだ。
「旧市街の跡地って言われたから安心してたけど石廟、地下墳墓。な、なあクロエ、アンナさん、この辺でほかにダンジョンは」
「一日歩いた先に森林はありますが……ナオヤさんの目的に合わないのではないでしょうか」
「うむ、アレはダンジョン攻略というより野外行軍のようなものだからな!」
ダンジョンに行きたいって俺が思ったのは、冒険者にどんな物が売れそうか調べるためだ。いわばこれはリサーチだ。
野営や野外調理はともかく、ダンジョンで何が必要なのか、いまいち実感がなかったもので。
アンナさんの言うフィールド型ダンジョンに行ったところであまり意味はない。
だから——
「よりにもよって、墳墓系ダンジョンかぁ…………」
——行くしかない。
お惣菜に生鮮食品、調味料なんかの関連商品だけじゃない、新しいウリを見つけるために。
暗くて、ジメジメして、この世ならぬものが出そうな、墳墓系ダンジョンに。
「はっ! まさかナオヤは! 『ここなら逃げ場がないよなあ』などと私を追い詰めて! ダンジョン内で私をおそ、襲おうと!? くっ、殺せ!」
「『逃げ場がない』は俺のセリフだろ。俺は戦えないんだぞ。しかも墳墓系ダンジョンって。つまりモンスターはそっち系の」
「そういえばナオヤさんは、夜にゴーストやスケルトンを近づけないようにと言ってました。ひょっとして」
「いやだなあアンナさん、ぜんぜん苦手じゃありませんよ? 俺たまに夜間巡回してますしね? ほら隊長やゴーストなんかとも仲良しで」
スケルトン隊長の全身甲冑を軽く叩く。
ガシャっといい音がする。カタカタと骨の音もする。
横を見ると、隊長は兜の面頰を外して間近にいた。
からっぽの眼窩からゴーストがコンニチハしてる。
「んぎゃあああああああ!」
「どうしたナオヤ、モンスターか!?」
「落ち着いてくださいナオヤさん! 隊長もからかっちゃダメですよ!」
「し、心臓に悪い……いつも見てるはずなのに……」
地面に手とヒザをつく。
カタカタ笑った隊長とゴーストはアンナさんに怒られた。
お茶目なところを見せるあたり、俺に気を許してくれたんだろうか。一緒に働き出してもう34日目だし。いつもお世話になっております。
「そうだな、うん。スケルトンもゴーストもいつも見かけて、アンデッドで言えばアンナさんだって一緒に働いてるんだ。いまさら、いまさらだ、うん」
気を取り直して顔を上げる。
石廟の穴、『旧市街地下墳墓』の入り口からスケルトンが出てきた。かちゃかちゃと三体。肩口にはゴーストらしきモヤがうっすらと飛びまわっている。
「あ、お疲れさまでーす。いつもおせ」
言いかけたところで気づく。
俺たちに同行してるのはスケルトン隊長とゴーストだけだ。俺の隣にいる。
それにゴーストは薄くて、スケルトンはボロボロの丸胴鎧だ。赤茶の錆がついた剣を持ってる。
あれ、こいつらひょっとして。
「下がれナオヤ! エルフにして聖騎士のこの私が! 一刀のもとに斬り捨ててくれよう!」
「待ってくださいクロエさん。いつも通り最初は私が」
「いつもお世話に、なってねええええええ! モンスターじゃん! 襲ってくるタイプのスケルトンとゴーストじゃん!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
冒険者に売れる商品を探る現地体験は、難航しそうです。
そりゃそうだよなあ、ダンジョンだもんなあ。しかも墳墓系って。出るモンスターはアンデッドですよね当然。それもこっちを襲ってくるタイプの悪スケルトンに悪ゴースト。ゾンビとかナマモノはいないよねいませんように。
「還りたい。日本に還りたい。異世界ヤバい。待て待て俺、せっかく売上は伸びてきてるんだ、みんなワクワクしはじめてくれてるんだ。やれる。俺はやれる。前向き、前向きに」
俺の嘆きは、戦闘音にかき消された。
鎧袖一触で戦闘は終わる。
さすがアンナさん死者の王。
クロエも聖騎士ってアンデッドに相性よさそうですね。はあ。





