第三話 ああああああ! 明らかにオーバーテクノロジーじゃないですかねえこれ!
「明かりを足す、殺風景だから壁紙、は無理でもポスターかなんかを貼る」
ブツブツ言いながら、従業員用アパートの廊下を歩く。
矢狭間、もとい、細長い窓といくつかの魔道具の明かりしかない廊下は薄暗い。
しかも壁が石造りで寒々しい。
共有スペースだからそのままでもいいんだけど、これじゃ落ち着かないだろう。
都会育ちの人なら「一周まわってモダンっぽい!」とか「インダストリアル!」とか言って喜ぶかもしれないけど。
一周まわってるのかどうかは知らない。
「まあ廊下は廊下だしな、うん、ある程度いまの印象が薄れれば。それより、問題は中だ」
「な、なかだとっ!?」
「はいはいクロエは静かにな。音が響く」
反応したクロエを早めに流す。
いちいちつっこんでたらアイヲンモール異世界店の開店前に全室見てまわれない。
全6部屋あるのに、まだ一部屋も見てない。
静かになったクロエを横目に、俺は木の扉を開けた。
暗い。
「ナオヤさん、ちょっと待ってくださいね。鎧戸を開けてきます」
「あっはい、よろしくお願いします」
入り口で立ち尽くす俺の横を抜けて、アンナさんが室内に入っていった。
暗い部屋の奥でガタガタ音をたてて雨戸? シャッター? を開ける。
窓から、ぼんやりした朝の光が差し込んできた。
「へえ。結構広いですねえ」
「うむ! 私が暮らしている騎士団宿舎の部屋よりよっぽど広いんだぞ! 私もこっちに越してこようかと考えているところだ!」
「住むなら俺と離れた部屋で頼む。できれば反対側で」
「なっ!? まさかナオヤは窓越しに私を覗くつもりでッ!? 『クロエのこんな姿をほかの人に見られたくなかったら、わかってるよなあ?』などと私をおど、脅し!」
「あ、一階は全面土間なんですね。そっか、こっちは土足が普通なんだっけ」
「はい。けれど、板張りにするには木材が足りなかったというのが本音でして……」
「大丈夫です。テナント暮らしの間、俺も基本は靴を履いたままの生活でしたから」
思ったよりも部屋は広い。
一階と二階が繋がったメゾネットタイプって言ってたから、各階は狭いかもって心配してたけどそんなこともない。
もっとも、家具がなくてがらんとしてるせいで広く感じるのかもしれないけど。
入り口から見て奥は窓だ。
窓というか、開口部だ。
木枠と木製の鎧戸だけでガラスははまっていない。
最寄りの街でも港町でも見かけなかったし、ガラス窓は存在しないか高級品なんだろう。
右手には備え付けの暖炉があった。
インテリアじゃなくて、煙突つきのちゃんと使えるヤツだ。
左手手前に階段があるのはいい。ここから二階に行くんだろう。
小部屋っぽくて中が見えないのはトイレかな。それもいい。いやあとで確かめるけどいまはいい。
俺は、暖炉の手前側、入り口のすぐ右に向かった。
まじまじと見つめる。
手で触って確かめてみる。
蛇口を、ひねってみる。
水が出た。
「わあ! すごいよおかーさん! アイヲンモールと一緒で簡単に水が出るよ!」
「ほんとねコレット。日々の水汲みから解放される、これはどれほど素晴らしいことでしょうか。今夜もナオヤ様に感謝の祈りを捧げましょう」
「……つめたい」
「さすがだなアンナ! くっ、騎士団宿舎にも水道があれば便利なのに!」
「ふふ、クロエさん、これはアイヲンモールの設備があるからできることですよ。アレがあれば、こちらには管を通すだけですから」
蛇口をひねるとキレイな水が出て、シンクがわりの陶器を流れて、排水される。
剣と魔法の、ファンタジーなこの世界で。
「ああああああ! 明らかにオーバーテクノロジーじゃないですかねえこれ! いや上下水道引いてほしいって言ったのは俺ですけどもおおおおおお!」
頭を抱える。
アンナさんは苦笑いして、バルベラはこてんと首をかしげて、クロエは聞いてない。
コレットとファンシーヌさんはニコニコ笑顔で、俺を尊敬の眼差しで見つめてくる。
俺の苦悩をわかってくれる人はいない。
「待て。待て俺。いまさらだ。アイヲンモール異世界店は日本のアイヲンモールと同じように電気があって水道も使えて清潔で快適で、外観も中もほとんどそのままなんだ。そう、それを考えたらいまさらだ。大丈夫。問題ない」
シンクの横には一口コンロがあった。
ガスでも電気でもなくて、魔石をエネルギー源にした魔石コンロだ。
スイッチを押すと、すんなり火がついた。
わあ、便利だなあ。やったあ。
「もういっそ電気も引いてもらうかなあ。あ、けど電気は免許がいるか」
最初は驚いたけど、ひと部屋見たらあとは早かった。
コの字型だから方角は違うし微妙に暖炉や階段の場所が違うけど、基本的には各部屋とも同じ設備だった。
一人暮らしの俺と、母娘で住むコレットとファンシーヌさん、行商人さん一家が同じ間取りなのは申し訳ないって言ったら、「充分広い」ってむしろ感謝されたぐらいだ。
とにかく、あとは家具を入れて、日用品を運び込んだら今日からアパートで生活できるだろう。
クロエとアンナさんとバルベラ、着ぐるみゴースト——バックヤードはエプロン付きスケルトンとゴースト——に今日の営業を任せて、引っ越し組は荷造りすることにした。
ちなみに俺は、一階はリビングダイニングキッチン、いわゆるLDKと仕事スペースにして、二階を寝室にする予定だ。
二階は床まで石造りだったし、階段から先を土足禁止にすればちょうどいいだろう。
なおトイレとシャワーも各部屋についてた。
アンデッドの技術力すごい。アンナさんいわく、「シャワーヘッドや便器の予備がアイヲンモールにあったから、設置するだけでした」らしいけど。
ひょっとして、人事部の伊織はこうなることを見越して予備を用意してたんだろうか。
閉鎖してる二階や三階にはサンプルがあるけど、普通は取り寄せで在庫しておかないし。
「ありえる。こっちの生活に馴染ませようとして確保しておいた、って充分ありえる。今度のメールで聞いてみるか」
ブツブツ言いながら荷造りする。
と言っても、荷造りは簡単だ。
なにしろ、自宅から勝手に荷造りされてテナントスペースに仮住まいしてただけで、ほとんど段ボールに入れたままだったし。
「よし。家具は閉店後に運ぶとして……あ。コレットたちも行商人さん一家も、家具どうするんだろ」
段ボールをカゴ台車に積んで、大物はみんなやスケルトンたちに手伝ってもらって運ぼうって考えたところで気づいた。
家具が足りない。
従業員のも、俺のも。
「インテリアは三階か。……従業員限定で、仮営業してみようかな。お代は給料から天引き、いや、いっそ、この世界の人の感想を聞くサンプルとして貸し出す形にするか?」
それとも、最寄りの街で注文して比べてみた方がいいかもしれない。
俺が店長になってから32日目のアイヲンモール異世界店。
新たな商気の可能性に、俺は一人考え込んだ。
けど、インテリアってライフスタイル次第で受け入れないものもあるだろうしなあ。
かさばるから日本に追加発注できないし、いやできるけどカゴ台車におさまらないか、できても数点だろうし……。
悩ましい。