第二十五話 ニンゲン、如何程で焼けばいいのだ? 肉を焦がすほどか? 骨が焼け落ちるほどか? 鉄を溶かすほどか?
「でっかいボウルは持ってきてよかったけど……しんどいなこれ」
倒木に腰掛けて、抱え込んだ木のボウルの中身をシャカシャカかき混ぜる。
そんなに泡立てる必要はないけど、大量の卵白を解きほぐすのは大変だ。
「アイヲンモール異世界店では疲れ知らずのスケルトンに手伝ってもらったもんなあ」
「……手伝う?」
「おおっ! まだ幼子にもかかわらず手伝いを申し出るとは! なんと賢く優しいのか! パパは感動したぞ!」
「ありがとうバルベラ。じゃあざっくり混ぜてもらっていいかな? 軽く泡立つぐらいでいいから」
「……ん。わかった」
じっと作業を覗き込んでいたバルベラに巨大ボウルを渡す。
バルベラがリクエストした「イッカク」を包むにはこれぐらい必要だろう。
おかげでアンナさんから大容量の〈マジックポーチ〉を借りることになったわけだけど。
ところで、あいかわらずドラゴンの時間感覚がおかしい。
見た目はともかく実年齢140歳で幼子扱いって。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから27日目。
イグアナが言う「足」を確保するために、バルベラパパママに料理を食べてもらう必要があるらしい。
……足とやらがご本龍たちじゃないことを祈ります。
俺が作るのは、アイヲンモール異世界店の試食会で評判がよかった塩釜焼きだ。
「おおおおおっ! なんと繊細な腕づかいなのか! すごいぞバルベラ、さすが我らの娘!」
小さな体で巨大なボウルを抱えてシャカシャカかきまわすバルベラ。
バルベラパパさんはかぶりつきでその様子を見つめて大騒ぎしてる。
「んじゃあっちはいいとして。農家のおばちゃんから買い取ったハーブはないし、詰めるのは昆布っぽいものでいいか」
港町の市場で買った干し海藻を水につける。
ちなみに水は、バルベラのお昼寝スペース脇を流れる小川から汲んだものだ。煮沸したから大丈夫なはずだ。大丈夫だといいなあ。
「店長さん、俺が手伝えることはあるか? 姐さんとお嬢が手伝ってンのに俺がぼーっと見てるわけにもなあ」
「あー、じゃあお皿がわりの大きい葉っぱを集めてきてもらっていいですか? アジフライ……じゃなくて、アジっぽいものフライは調理済みのを持ってきたんで」
「おおっ、アレか! あれはうまかったもんなあ! うっし、任しとけ店長さん!」
仕事を頼まれて嬉しいのか、それともお気に入りの料理もあると聞いて嬉しいのか、小さなハットをかぶったイグアナは上機嫌で体を揺らして森に入っていった。
ほかのイグアナは森の中でぼーっとしてるだけだけどいいんだろうか。
「温め直すのは手が空いたらバルベラにお願いするとして。あとは魚待ちかなあ」
木々の隙間から見える浜辺に目をやる。
と、ザバッと海が割れる。
「クオオオオオンッ!」
澄んだ高音の咆哮をあげて、青いドラゴンが姿を現した。
口元にイッカクをくわえたままノシノシと浜辺を進む。
森の手前で止まる。
光って人化する。
「ほらバルベラちゃん、大きいのが獲れたわよ! あんまり美味しそうだから少しかじっちゃったわ!」
「テンションが高い。イッカクがデカい」
鱗と同じ深い青色の髪を揺らして、バルベラママさんが高々とイッカクを掲げる。
ひらひらした布をまとってるだけの肢体が眩しい。
ぽとぽとと血を漏らすイッカクの死体が哀しい。
「かじっちゃったって。まあちょっとだけだし問題ない。問題ないって信じてる。捌く手間が省け、てないなあ。傷口をキレイにしないとだもんなあ」
「……できた」
「ぬおおおおおッ! まだ幼龍なのに一人でやりきるとは! えらいぞバルベラ! すごいぞ我が愛し子!」
ああうん、ドラゴン一家が楽しそうで何よりです。
従業員の満足度もご家族の理解も大事だからね。店長としてはね。
水龍系のバルベラママさんに水を出してもらいながら、イッカクと格闘することしばし。
バルベラパパさんは「出番はまだか」とソワソワして、そのたびにバルベラママさんとバルベラになだめられていた。
アイヲンモール異世界店の調理場が恋しい。無言で手伝ってくれるスケルトンも恋しい。
「よし。あとは『焼き』だけだな。森じゃまずいから浜辺で、って重い。そういえばアイヲンモールではスケルトンたちにワゴンに乗せてもらったっけ」
「……運ぶ」
「ありがとうバルベラ。小さくてもさすがドラゴン」
見た目10歳のバルベラが、イッカクを乗せた天板ごとひょいっと持ち上げる。
天板を頭上に掲げて歩くバルベラについていく。
出番が近いことを察したんだろう、バルベラパパさんの口から炎が漏れる。尻尾の炎は業火となって森を焼き尽くしそうだ。
「いや大丈夫なんですかねそれ。あ、バルベラママさんが消してるんですね」
「おう店長さん、来たか! こんな感じでどうだ?」
双龍島の浜辺にはイグアナたちが集まっていた。
何匹? 何体? かは前脚に石を抱えている。
皿代わりの大きな葉っぱを集めてもらったイグアナに、俺が次に頼んだのは「かまど」だ。
いくら塩釜焼きで、焼き上げたあとのまわりは捨てるとはいえ、浜辺に直置きはちょっとと思って。
「いいと思います。かまどって言ってもコレで焼くんじゃなくて単なる土台ですしね。バルベラ、そっと下ろしてもらえるか?」
「……わかった。そっと、そーっと」
「くうっ、幼子なりに賢明で! 我が娘はなんと可愛いのか!」
「落ち着きなさいアナタ。ほら、ようやくアナタの出番ですよ」
「うむっ! ニンゲンよ、我がブレスで焼き尽くしてくれよう!」
「それ俺が焼かれそうなんですけど。あと焼き尽くさないでくださいね、それじゃせっかくの料理を食べられなくなっちゃいますから」
「注文の多いニンゲンめ!」
「……パパ。美味しい料理食べたい」
「うむうむ、パパに任せなさいバルベラ。ニンゲン、如何程で焼けばいいのだ? 肉を焦がすほどか? 骨が焼け落ちるほどか? 鉄を溶かすほどか?」
「火力高っ! いかほど……中まで火を通したいんだけどどれぐらいって言えばいいのか。200℃? オーブンじゃないからもっと高く?」
「……任せて」
温度調整がうまくいく気がしない。
悩む俺をよそに、バルベラがパパさんに近づいた。
嬉しそうにかがむバルベラパパさんにひそひそ耳打ちする。ふんふん聞いていたパパさんがさっと立ち上がった。
「ほう、そんなことでよいのか。よかろうニンゲン、愛しの我が子のために、我が最高の焼き加減を見せてくれよう!」
ノリノリで息を吸い込む。
人の姿のまま、口から火を吹く。
前に見た熱線と違って、今日のは火炎放射器みたいな炎だ。
石の台と天板ごと、イッカクの塩釜が炙られる。
「おーすごい。バルベラ、ちなみになんて言ってわかってもらったんだ?」
「……美味しく焼いてって」
「想像以上に単純な答えだった。そっかあドラゴンのブレスは『望んだ結果をもたらす』んだもんねえ、温度とか時間とか細かいこと気にしなくていいのかあ」
「……そう。パパは最強だから」
「なるほどなるほど、そんなドラゴンの中でも最強の『紅古龍』のブレスだから、望めばなんとでもなると」
張り切ってブレスを吐く最強のドラゴンをぼんやり眺める。
塩釜の外側に焼き目がついてきた。
いい感じに火が入ってるっぽい。
「ああああああ! 異世界なんなの! オーブンの温度に四苦八苦したあの時間なんなの! 幻想種が理不尽すぎるんですけどおおおおおおお!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから27日目。
切り立った崖に囲まれた双龍島の浜辺に、俺の叫びが響き渡った。
あ、驚かせてすみません。そんな一斉にビクッと見ないでくださいちょっと怖いですイグアナのみなさん。





