第二十四話 帰ってきたかバルベラ! どうしたのだ? パパが恋しくなったか? また島で一緒に暮らすか?
「……来た」
「あー、うん。今度こそバルベラパパさんとママさん?」
「……そう」
ぼそりと言って遠くを見るバルベラにつられて視線を移す。
大量のイグアナの襲来と歓談で時間が経ったいま、夜は明けている。
朝の光を受けた透明な海の中に巨大な影が見える。背びれ? 背中のツノ? も見える。
ザバッと海を割って、深青のドラゴンが砂浜に飛び出した。
「お帰りなさい、バルベラちゃん」
「……ただいま、ママ」
とととっと駆け寄ったバルベラが青いドラゴンの首元にくっつく。
二日ぶりの親子の再会をよそに、俺は山の方に顔を向けた。
「グオオオンッ!」って重低音の咆哮が聞こえたもので。
山の頂上、火口から一つの影が飛び出した。
陽光を吸い込むような黒みがかった紅い鱗。
バルベラに似た形だけど、バルベラよりも頭部の角が立派だ。
紅いドラゴンがばさりと翼をはためかせると、巨体がグングン近づいてくる。
すぐに、ズザッと音を立てて砂浜に着陸した。
「帰ってきたかバルベラ! どうしたのだ? パパが恋しくなったか? また島で一緒に暮らすか?」
「……住まない」
紅いドラゴンがのけぞる。
あっさり断られて驚いてるらしい。
けど、バルベラはまたとととっと走って、今度は紅いドラゴンの前腕? 前脚? にくっついた。
ドラゴンがグルルルッと喉を鳴らす。
「それ喜んでるんですよね? あいかわらず心配になる絵面だ」
「お、おう、店長さんすげえな。ドラゴン姿の先生と姐さんを見ても変わらねえのな」
「……人化する」
「む? なるほど、ニンゲンがいるのか。よかろう、このままでは喋りづらいだろうからな。我の強大さゆえに!」
「もう、アナタったら。ナオヤ、なぜ来たのか話を聞かせなさいね」
バルベラのリクエストに応えて二頭のドラゴンが光る。
光がおさまると、そこには二人の人間がいた。
バルベラパパさんとママさんだ。服は着てる。
「よかった、さっきから砂が飛んできてて。一昨日ぶりです、お二人とも」
頭を下げる。
ニコニコしてるけど二人はドラゴンだから、じゃなくて、アイヲンモール異世界店で働いてる従業員のご両親だからだ。
いつもお世話になっております。
「なんで島に来たのかは俺も聞きたいんですが……」
バルベラを見る。
いつもと同じ無表情だけど、尻尾が揺れてるし火もチカチカしてるし、なんだか嬉しそうだ。
けど、バルベラが里帰りしたかったから双龍島に連れてきたってわけじゃないっぽい。
チラッとイグアナを見る。
ハットをかぶったイグアナはのそのそと前に出た。
「先生、姐さん、一つお願いしてえことがあるんです」
「ほう?」
「あら、何かしら? 小さなトカゲ」
「バルベラパパママは竜人族を『トカゲ』って呼んでもいいんですね。まあ絶対強者ですもんね」
「あっしに足を貸してくだせえ!」
「ダジャレかよ。さっきまで『俺』って言ってたじゃん。いやそのダジャレが成り立つのかどうなってんの翻訳指輪。万能か」
「足、アレか。ふん、そんなことを言うからには我に利するところがあるのだろうな?」
バルベラパパがギロッとイグアナを睨む。
話せるし頼みごとを言えるほどの関係性はあるけど、やっぱりイグアナの方が立場は下らしい。
イグアナが震える声で話を続けた。
「も、もちろんです先生。店長さん、アレは持ってきてくれたよな?」
「はあ、まあ。一部は材料だけですけど」
「ここで調理して、先生と姐さんに食べさせてほしいんだ」
「ほう? ニンゲンの料理だと? 我は世界で一番美味しい『すてーき』を食べたことがあるのだ、そうそう満足せぬぞ?」
今度は俺がギロッと睨まれた。
空気が張り詰める。
いやこんな感じになるんなら事前に言っておいてほしかったんですけどイグアナさぁん……。
「まあまあ、アナタ。やらせてみればいいじゃないですか」
「……ナオヤの料理はおいしい!」
「ありがとうバルベラ。よし。まだよくわからないけど……魚介類を仕入れるためらしいし、料理しますか!」
いまいち納得しきれない自分に言い聞かせる。
期待した目で俺を見つめてくるのはバルベラとハットをかぶったイグアナだけだ。
ほかのイグアナ、もとい、竜人族は、格の差があるバルベラパパママに遠慮したのか森と浜辺に散っていった。
一部は樹上に、一部は浜辺でぼーっとひなたぼっこしている。
葉っぱや木の実を食ってる竜人族や、海藻目当てに海に潜っていった竜人族もいる。その辺はイグアナっぽいんですね。へえ。
「調理スペースどうしよ。屋内、は家がないから無理と。まあ販売するわけじゃないし、砂が入りそうな浜辺以外なら野外でいいかなあ」
「……こっち」
「ん? オススメの場所でもあるのか?」
俺の独り言を聞いてたバルベラがトコトコと歩き出した。
振り返って「ついてこないの?」とばかりにこてんと首をかしげる。
「ぬっ? よそ者をあの場所に招くなど、よいのかバルベラ?」
「あらあら。バルベラちゃんはナオヤがお気に入りなのねえ」
なんだか驚いてるご両親をよそに、バルベラについていく。
森に入ってしばらく歩くと、ぽっかりと開けた空間に出た。
そこだけ木がなくて日当たりもいい。
芝生みたいな草が生えてるから、料理に砂が入るのもある程度は防げるだろう。
「……ここでやる」
「お嬢、いいんですかい? ここは俺たちも立ち入り禁止の、お嬢のお昼寝場所じゃ」
「……いい。イスもある」
「イス。まあ腰掛けるにはちょうどいい倒木だけど。……まあ、やりますか」
腰につけた魔道具・〈アイテムポーチ〉に手を掛ける。
俺が今回持ってきたのは大容量の〈アイテムポーチ〉だ。
出張の準備をしてた時にイグアナから「食べさしてもらったあの料理を作れるようにしといてくれ」って言われて、アンナさんに頼んで貸してもらった。
「こっちじゃなきゃ入らない量だったからなあ」
「……ナオヤ、魚がない」
「あーそうだ。試作でほとんど使っちゃったし、港町に行くからいいかなあって準備しなかったんだった」
「マジか、俺も手持ちはねえぞ。ちっ、しゃあねえ、ひとっ走り海を渡ってくっか」
「……ママ、お願い。ツノの細長いおっきいヤツがいい」
「あらあらあら。バルベラちゃんに食材を頼まれるなんて! ふふ、ママがんばっちゃうわね!」
「バルベラ、パパは! パパには何を獲ってきてほしい!? フェンリルか? フェニックスか? やはり一番美味しい我の尻尾を」
張り切るバルベラパパさんに迫られて、バルベラは俺に困ったような視線を送ってくる。
そこで振られても困るんですけどぉ……。
魚料理で魚はママさんが獲ってくるらしいし、ほかに必要な食材はぜんぶ持ってきた。
「あー、うん、そうだ。パパさんには『焼き』をお願いしたらどうだ?」
「……それ!」
「焼き、だと? 食材ではなく? それは必要なのか? 生で食べればいいのではないか?」
「生じゃない『ドラゴンステーキ』を美味しいって言ってくれたじゃないですか。今回は温度管理と時間、つまり『焼き』が何より大事な料理なんですよ」
「……そう、だいじ」
「くふっ、くははははは! そうか! ゆえに我の手伝いが必要なのだな! よかろうニンゲン、我が最高の『焼き』を見せてやろう!」
バルベラパパさん——伝説に謳われる最強のドラゴン、紅古龍——は人の姿でのけぞって大笑している。
愛娘に頼みごとされて嬉しいらしい。
その前にバルベラに頼まれたママさんは、上機嫌で尻尾を振りながら浜辺に戻っていった。
離れた場所から「クオオオオンッ」って高音の咆哮が聞こえる。
漁はドラゴンに戻ってやるらしい。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから27日目。
異世界二度目の出張は、なぜか野外クッキングすることになりました。





