第十二話 異世界のイグアナは喋れるんだなあ、っていまさらか。アイヲンモール異世界店にも喋るイグアナが来店して……あれ? 同じイグアナ? 同じ人?
「…………パパ」
「アナタ? これはどういうことかしら?」
バルベラママさんに問われて用心棒がフリーズした。
用心棒はバルベラパパさんだったらしい。
ひさしぶりだし挨拶した方がいいかなーと思いつつ止まる。
トトトッと無邪気に駆け寄るバルベラはいいとして、ジリジリ近づくバルベラママさんの迫力がヤバすぎる。ドラゴン怖い。
「え? どうしたんですか先生!」
「ほ、ほらやっちゃってくださいよ! 『最強の我に任せるといい!』って言ってたじゃないですか!」
「余所モンを排除したらちゃんと珍しいお酒を献上しますから! さあ! さあ!」
「……へえ。アナタそんなこと言ってたの。お酒目当てに。へえ」
「ちっ、違うんだおまえ! これはその、ねぐらの近くが荒れてたら落ち着かぬゆえな! 我が街の平和を保とうとだな!」
「それで、いままでもらったお酒は美味しかったかしら?」
「バルベラへのお土産に確保したものなのだ、我は飲んでおらん!」
「あらそう。お土産。なるほどねえ。お土産を口実に、愛する娘に会いに行こうと」
「うむ、その通りッ! 会いたかったぞバルベラ!」
「……パパ」
バルベラパパさんが手を広げると、バルベラが飛び込んだ。
受け止めたパパさんが抱きしめる。
が、バルベラは抱き返さないでじっと父親の顔を見つめる。
「……肉がいい」
「ああうん、そうだよなあ。バルベラは酒に興味なかったし見た目10歳だもんなあ」
「な、なんと……では我の努力は……」
「けどお酒はお土産、アイヲンモール異世界店に行く口実なだけで。差し入れのお肉は別途用意すればいいような」
「アナタ? 娘を愛するからこそ、娘の自立を見守るはずだったのでは? 『しばらく行かない』という私との約束は——」
「すっ、すまぬ!」
バルベラママさんが、尻尾でビターンと地面を叩く。
魔法で固めたはずの石がピシッとひび割れる。
しゃがんでいたバルベラパパさんは、ヒザをついてさっと頭を下げた。
土下座だ。
異世界にも土下座ってあるんですね。
「レ、レッドドラゴン系統の最上位、伝説の紅古龍が……幼い頃から長老に聞かされてきた存在が……土下座……こ、これは夢に違いない! そうか私は白昼夢というヤツを見ているのだな!」
「落ち着けクロエ、現実だ。落ち着いて静かにしておくか、ひっそりといつもの妄想をしてるといい」
「『火王龍と水妃龍』。吟遊詩人の詠いでは王の方が強かったのですが……」
「アンナさんも落ち着いてください。夫婦のことはわかりませんからね、強くてコワモテでも案外尻に敷かれてることだってあるんです。知らないけど」
幻想種であるドラゴンの上位種は、この異世界では驚異的な強さらしい。
本人、いや、本ドラゴンが時々自慢する通り、バルベラパパさんは「最強」と言っても過言ではないんだとか。
そのドラゴンがビシッと土下座してる。
クロエやアンナさんが慄くのもわかる。
「アナタはすぐにフラフラして。私たちのねぐらを守る気はないのかしら? いくつになっても未成龍のようで、いったい何千歳になったら落ち着くんでしょう?」
「す、すまぬ、ついつい……その、あと百年もすればだな」
「言い訳は聞いてません」
バルベラママさんがピシャリと言い放つ。尻尾もピシャリと地面を打つ。
怒ってる奥さまに何を言っても逆効果なのは、世界が変わっても同じらしい。
用心棒のバルベラパパを連れてきた「若い衆」とやらも、なぜか背後で土下座している。怒れる母親が怖いのも世界共通らしい。
「あの、バルベラママさん、その辺にしてあげてください。その、俺たちは何もされてませんし。そんでスパンが長い。ドラゴンの寿命って何歳なんだろ」
「ドラゴンの間に割って入るだと!? ナオヤは勇者かッ!?」
「違いますクロエさん、これは勇者の所業ではありません。言うならば調停者、そう『世界の調停者』とでも称すべき行動で」
「大げさすぎるだろ二人とも。バルベラのパパさんもママさんも話は通じるわけで。話せばわかるはずで。なあバルベラ?」
「……平気。パパもママも仲良し」
バルベラが母親の手を取って、トコトコ父親に近づく。
二人の手を引っ張って握手させる。
「バルベラ……」
「バルベラちゃん……」
娘の健気な行動に両親の目が潤む。
あーその辺も世界共通なのか、よくわからない騒動もこれで落ち着きそうだ、と思ったところで。
「待て待て待てお前ら早まるんじゃねえ! その人らが誰だと思ってんだぁぁぁあああ!」
海の方から叫び声が聞こえてきた。
防波堤の内側、穏やかな湾内から何かが近づいてくる。
シュタシュタと二本の後足を高速回転させて、くねくねと上体を揺らして、海面を走って。
「……は? エリマキトカゲだっけ、少しなら走れるって聞いたことあるけども」
「おおっ、水面走りか! アレは風魔法でやってるんだぞナオヤ! 懐かしいなあ、ヴェルトゥの里の子供たちはああして湖を渡ったものだ」
「へえ魔法。なんでもアリだな魔法。あー、まあたしかに、足の裏あたりから風を出せばイケる、のか? んじゃクロエもできる?」
「私はその……精霊魔法を使えないから……はっ、まさかナオヤは! 私をびしょびしょに濡らして『乾かさないとな、ほら脱げ』などと言ってはだ裸にしようと! その手には乗らんぞ!」
「言わないから。けど『殺せ』じゃなくて踏みとどまっただけマシになったか?」
クロエと他愛ない会話をしてる間にも、海を走る何者かは近づいてくる。
何者か、というかイグアナだ。
小さなハットをかぶって小ぶりのリュックを背負ったイグアナだ。
海面を走って、最後にぴょんっと飛び上がって俺たちがいる岸壁に上陸した。この世界のイグアナはずいぶん身軽なんですね。
「申し訳ねえ姐さん! お嬢! どうかコイツらを許してやってくだせえ! それに、先生にお願いしたのは俺なんです! 責任は俺が取りやすンで! この腹かっさばきますンで!」
ズザサササッと滑り込んで、若い衆とバルベラパパさんの間に伏せるイグアナ。
手とヒザを地面についてへこへこ頭を下げる。
土下座だ。
土下座か? イグアナの基本姿勢じゃないのか?
「『腹かっさばく』って土下座どころか切腹まであるのか」
「腹がっさばいて内臓抜いたあとは煮るなり焼くなり好きにしてくだせえ!」
「切腹というか解体だった。調理のための下準備だった」
「ウチらの種族はウマイらしいですからどうか、どうかこの身一つで収めてくだせえ!」
「そもそも異世界のイグアナは喋れるんだなあ、っていまさらか。アイヲンモール異世界店にも喋るイグアナが来店して……あれ? 同じイグアナ? 同じ人?」
「おう、数日ぶりだな店長さん、ってそれどころじゃねえ! 姐さん、お嬢、どうか許してくだせえ! 店長さんも頼ンます!」
喋るイグアナは、アイヲンモール異世界店に来たイグアナと同一人物らしい。同一イグアナらしい。
へこへこと頭を下げる。
うんそれ土下座なんだろうか。申し訳ない気持ちは伝わってくるけども。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目。
漁港の視察は、シーサーペントが脱走して襲ってきて見た目10歳のバルベラがあっさり撃退して、最強のドラゴンと港の若い衆とイグアナが土下座するってカオスな展開になりました。
……異世界の出張は、一筋縄ではいかないみたいです。





