第二話 いやバレるだろ。速さで言ったら惹かれるけど、ドラゴンが飛んでたら騒ぎになるだろ
「けど輸送が問題なんだよなあ。アイヲンモール異世界店から港町まで、馬車で二週間。『アイテムポーチ』に氷を入れれば腐りにくくなるんだっけ? それにしても生は無理だろうし」
「な、なな、なまだとッ!?」
「生魚な。生魚っていう意味な。反応が早すぎるぞクロエ」
スーパー部門を充実させて売り伸ばすため、魚介類を仕入れたい。
けど、流通網が発展してないこの異世界で、ネックになるのは移動手段だ。
アイヲンモール異世界店前の道は、王都と港町を結ぶ街道なんだという。
最寄りの街は、その中間地点にある「交通の要衝」として栄えているそうで。
「仕入れ先も輸送ルートも輸送方法も、調査のために現地に行きたい。けど往復したら一ヶ月、俺が行くのは無理だよなあ」
10日に一回開催する予定のドラゴンセールもあるし、業務日報や発注もあるし難しいだろう。
となると誰かを派遣するしかないんだけど……。
「港町! つまり海があるのだな! エルフの里の湖より大きな水場だと聞いたことあるぞ! しかもしょっぱいんだとか! しょっぱい大きな湖! くふふっ、楽しみだなナオヤ!」
「海はひさしぶりです。最後に行ったのは100年ほど前だったで——いえ、私は21歳です。何を言ってるんでしょうか私、うふふ」
行くつもりではしゃぎだした元店長は不安だし、アンナさんはアンデッドだ。一人で行かせるわけにはいかない。
コレットとファンシーヌさんはまだアイヲンモール異世界店で働き出したばっかりで、二人を派遣するわけにはいかないだろう。そもそもファンシーヌさんは病み上がりなんだし。
行商人さん、はテナント扱いなわけで。本気で契約と雇用を見直そうかなあ。
バルベラはぼーっとしてる。あ、何か言いたいことがあるっぽい。
「どうしたバルベラ?」
「……乗る」
「ん? そうだな、誰が港町に行くにしても、馬車に乗っていくことになるだろうな。さすがに歩けないだろ」
「……違う」
ふるふると首を振るバルベラ。
なんて言ったら伝わるのかと、眉を寄せて考え込んでる。
いや口数が少なくてわかりにくいだけなんで、そのまま話してくれればいいんだけど。
「ああ、そういうこと! そうねバルベラちゃん、それがいいかも」
「アンナさん?」
「ふふ、簡単なことですよ、ナオヤさん。港町まで馬車だから二週間かかるんです。ね、バルベラちゃん?」
アンナさんは、バルベラが何を言いたいかわかったらしい。
問いかけられたバルベラはコクっと頷いた。
「……飛ぶ」
「飛ぶ? ああそっか、バルベラはドラゴンだから」
「そうですナオヤさん。土の道を馬車で二週間なら、バルベラちゃんの翼ならひとっ飛びですよ!」
「おおっ、その手があったか! すごいではないかバルベラ! くふっ、ドラゴンの背に乗って飛ぶのか、まるで伝説の龍騎士のような、くふふふふ、ふはははははは!」
アンナさんとクロエはノリノリで、バルベラもやる気なのか、尻尾の先の火がボッと勢いを増した。
ただ。
「いやバレるだろ。速さで言ったら惹かれるけど、ドラゴンが飛んでたら騒ぎになるだろ」
手放しでその案に乗るわけにはいかない。
アイヲンモール異世界店にドラゴンが出るって噂になったら、さらに客足が減るだろうし。
道中でも、地上から目撃されたら騒ぎになるだろう。
ドラゴンはウロコも血も肉も貴重で、狙われてもおかしくない。
バルベラパパとバルベラママが飛んできた時は、見られてないのにモンスターが慌てふためいて騒ぎになったし。
「心配いりませんよナオヤさん。『幻惑』の魔法で、ドラゴンではなく巨大な鳥の姿を見せてごまかしますから」
「なるほどそれなら……それも大丈夫なのか? ドラゴンサイズの鳥はOKなのか?」
「うん? ファイヤーバードやロック鳥、巨大な鳥型モンスターはたくさんいるぞ? この辺ではワイバーンを見かけることもあるな!」
「へえじゃあ大丈夫だね、ってそれはそれでヤバいな異世界!」
ドラゴンでなければ、飛んでる姿を見られてもいいらしい。
つまり大型の鳥型モンスターは珍しくないってことだ。そういえば俺が店長になった初日の朝に、極彩色のデカい鳥とワイバーンを見かけたっけ。異世界怖い。
でもとにかく、短期間でアイヲンモール異世界店と港町を往復する手段は見つかった。
バルベラがドラゴンの姿になって、アンナさんが『幻惑』の魔法をかけてドラゴンの正体をごまかして——
「待って。『幻惑』の魔法? アンナさんって見た目はアンデッドっぽくないなーと思ってましたけどまさか」
「港町に行く人員は、バルベラちゃんと私が確定ですね。あとはナオヤさんと」
「とうぜん私だ! 元店長でエルフで聖騎士のこの私が! 龍に乗らないなど考えられない!」
アンナさんは俺の質問をごまかすように指折り数えてる。
じっと見つめてると、俺の視線を遮ってクロエが猛アピールしてきた。
「できればクロエには留守番を任せたいんだけど」
「ななななんだと! 龍騎士だぞ! しょっぱい大きな湖だぞ!」
「行きたい気持ちはわかるけど、そうすると営業がなあ」
「あの、店長さん! わたし、がんばります! 薬師さまが教えてくださって、レジも打てるようになったんですよ!」
「この身が長旅に耐えられないのは重々承知しております。ましてや空の旅など……わがままを言って申し訳ありませんが、できましたら私も店舗にて力を尽くしたく」
「頭を上げてくださいファンシーヌさん、留守番を買って出てくれるのはありがたいですから。じゃあ二人は残るとして、あとは」
「御者をしていない時は私たちもレジに立ちましょう。いいな、おまえ?」
「もちろんですよ、あなた」
「ありがとうございます。けど四人も抜けるわけで、いまの客数じゃ手が足りなくなるかもしれない。そうすると残るは……」
わかってる。
バルベラとアンナさんは外せなくて、クロエを連れていくとして、コレットとファンシーヌさんに留守番を任せるとしたら、もう従業員はいない。
人間の従業員はいない。異世界人とドラゴンとアンデッドとエルフと獣人と人間って、そもそも人間が少なすぎるけどそれはいいとして。
残るは、俺の視界の端でアピールしてる彼ら? 彼女たち? しかいない。
「お惣菜の調理は問題ない。最近じゃ俺はチェックしかしてないし」
整列して胸の前で手を重ね合わせてたエプロン付きスケルトンたちが、わっと喜んだ。
もとい、胸骨を隠すエプロンの前で手の骨を組んでたスケルトンたちが、かちゃかちゃ音を立てた。
任されて嬉しいらしい。
「大丈夫ですよナオヤさん。『ドラゴンセール』で人前に出て、最近も手伝ってくれています。なんともありませんでしたもの」
「ですよねえ。ちょっと不安ですけど……まあ、頼む」
戦隊モノの決めポーズを取ってた着ぐるみゴーストたちが飛び跳ねた。
頼られて張り切ってるらしい。
ところでそんなポーズどこで覚えた、ってアイヲンモールの本屋は本がありましたね。勉強熱心なようで何よりです。
俺とクロエとアンナさんとバルベラ、四人の従業員が抜けたアイヲンモール異世界店の営業は、アンデッドが支えてくれるらしい。いつもありがとうございます。お疲れさまでーす。
「って、生鮮食品を拡充したいだけなのに難易度高すぎィ! 港町に行くメンバーも留守番組も不安しかないんですけど! よろしくお願いしますねコレットとファンシーヌさん行商人さん!」
小躍りするアンデッドたちの輪の中で、コレットはぴんと尻尾を立てて、決意に満ちた目で拳を握った。隣のファンシーヌさんの目も決意に満ちてるけどなんか悲壮感ある。
大丈夫です、多少失敗しても怒らないんで。やり遂げるか死か、みたいな目をしなくていいですから。
行商人さんも一家で手と手を握り合って頷かないでください。「命を助けてもらった恩を」ってほんとそこまで思い詰めなくていいですから。
俺が店長になってから24日目の営業を終えたアイヲンモール異世界店。
異世界の出張は、簡単にはいかなさそうです。
ところでアンデッドが営業を手伝ってくれるわけで、夜中の建設作業は大丈夫でしょうか。
いやまあ、建設作業のメインはスケルトン部隊なんだし大丈夫なんだろうけど。
アパートの完成が多少遅れたところで問題ないし。