第92話 亡国の王子、ご指名を受ける。
「殿下。こちらの伯爵、随伴者が一名増えてます」
「理由は?」
「娘さんが婚約したので婚約者も連れてくるそうです」
「夜会三日前に婚約しないで」
「それはご本人に言ってください」
「言えるわけないじゃない」
当たり前だ。
――夜会まであと三日。
第七皇女宮は通常業務と夜会準備と皇位継承関係のアレコレで、もはや何が何だかわからない状態になっていた。
机の上には書類。
床にも書類。
なんと、長椅子の上にも書類。
そう、エレオノーレ殿下の生息地が紙に占拠されているのだ。
これはもう非常事態と言っていい。
なお、生息地を追われた殿下本人は、執務机で働いているが、時折長椅子を見つめている。
夜会が終わったら、片付けてあげますから頑張ってください。
「……あ」
崩れた山を積み直していると、一枚の紙が出てきた。
『夜会 料理一覧(皇帝陛下ご参加につき特別献立)』
……ドロシーさんの情報、本当だった。
鹿肉のロースト、香草とベリーのソース。
白身魚の包み焼き。
皇城の地下で熟成させたチーズの盛り合わせ。
焼き菓子の塔。
塔!?
お菓子が塔になってるの!?
「ロビン」
ギクリ。
リズが、書類を抱えたまま俺の手元を覗き込んでいた。
「……なに?」
「今、何読んでた?」
「……来賓の食事制限の確認」
「嘘。没収」
「ああっ」
俺の塔が!
まだ全部読んでないのに!
「代わりにコレあげる」
リズが何かの封書を差し出してくる。
「何これ」
「第三皇子宮からロビン宛てにお手紙」
嫌な予感しかしない。
『ロビン!夜会前に身体を鍛えておいた方がいいぞ!明日は空いているか!』
「空いてるわけないでしょ!?」
思わず紙に向かって叫んでしまった。
夜会三日前に、他所の秘書官を鍛錬に誘う皇子がいるか!
いたわ!
「何?」
エレオノーレ殿下が、疲れ果てた顔を上げる。
「グスタフ殿下から鍛錬のお誘いです」
「行ってくれば?」
「今!?」
「身体動かした方が頭もすっきりするんじゃない?」
「そのまま頭まで吹き飛ばされますよ!?」
三日後に皇帝陛下主催の夜会!
次代の皇帝決定!
第七皇女宮修羅場!
そんな中で何が悲しくて、殴られに行かなきゃいけないんだ!
というかグスタフ殿下は準備いらないんですか!?
……何も準備してなさそうだな。
「仕方ない。断りの返事を書きましょう」
ありがとう、殿下。
上司がまともでよかった。
「『夜会準備のため、秘書官を鍛錬で壊されると困ります』でいいかしら」
「まともじゃなかった!」
「わがままねぇ」
「俺が悪いんです!?」
内容は正しいけど言い方!
もうちょっと優しく助けてください!
「仕方ないから『夜会の準備で多忙のため、謹んでお断り申し上げます』で」
「でも、それって『じゃあ夜会の後だな!』って来るんじゃない?」
リズがすごく楽しそうに言ってくる。
「……来るな」
「まあ、夜会後なら多少腫れてもいいでしょ」
「腫れる前提やめようぜ!?」
まあ、グスタフ殿下のとこに行って骨が折れずに帰ってこれるなら無事の範疇なんだろう。
積極的に行きたくはないけどね!?
――コンコン。
「どうぞ」
ノックが鳴ったが、今日のエレオノーレ殿下は最初から執務机なので瞬間移動の必要がないのだ!
「お忙しいところ失礼いたします」
おや?
第二皇女宮の秘書官さんだ。
何度か連絡のやり取りをしているので、最近は顔馴染みになりつつある。
同志よ。
今日も目の下に隈がありますね。
「助けてくれてもいいんですよ?」
「第二皇女宮も忙しいので」
知ってた。
むしろ、カミラ殿下のところはうちより仕事量多そうだし。
でも人も多い。
ずるい。
「それで?」
エレオノーレ殿下が書類から顔を上げる。
「カミラ姉様から何か?」
「いえ、第二皇女宮としてのお声がけではあるのですが」
秘書官さんが一礼して告げる。
「オスカー殿下がお呼びです」
部屋の空気が、一瞬で冷えた。
「……なんの用かしら」
殿下の声が、さっきより一段低い。
「準備します」
リズが書類を置いて、すっと殿下の傍に寄る。
さすがに早い。
「あ、いえ、言葉が足りず申し訳ありません」
秘書官さんが、慌てたように片手を上げた。
「お呼びになられたのはエレオノーレ殿下ではなく、ロビン殿です」
「……え?」
え?
「俺ですか?」
「はい」
「エレオノーレ殿下ではなく?」
「私も確認しましたが、ロビン殿です」
「……本当に?」
「三度も確認しました」
この人も相当不思議だったらしい。
「……なぜ?」
「申し訳ありません。私も詳しい内容までは伺っておりません」
「ですよねぇ……」
わからないのに呼びに来る。
宮仕えって大変ですね。
知ってますけど。
「……殿下」
エレオノーレ殿下を見る。
正直、行きたくない。
でも、第二皇女宮から正式に呼び出しが来ている以上、無視するのも難しい。
「……カミラ姉様も許可しているのね?」
「はい。ですから、私が呼びに参りました」
つまり、カミラ殿下の管理下。
勝手な呼び出しではない。
「…………」
殿下が、珍しく長く黙る。
そりゃ、そうだ。
素直に考えれば、警戒するなという方が無理だ。
――けど、何か夜会に向けて有益な情報を得られる可能性がある機会でもある。
「…………護衛だけ、確実にお願いするようにカミラ姉様に伝えてもらえるかしら」
エレオノーレ殿下の言葉に、秘書官さんが真面目な顔で頷く。
「カミラ殿下も同様のお考えで、ナイツ・オブ・ラウンズの一人を手配済です」
よかった。
俺の命は第二皇女宮の護衛に守られるらしい。
「うちの秘書官、グスタフ殿下のところに行って顔を腫らして帰ってくるくらいには弱っちいので」
リズが真顔で補足した。
「もちろん、第二皇女宮でも広く知られております」
「俺の尊厳どこにあります?」
たかだか秘書官の顔の腫れについて知ってる人多すぎない?
みんな、そんなに噂することないの?
「次の秘書官合同飲み会、私が少し奢りますので」
秘書官が、声を落としながら申し訳なさそうに付け加えてくれる。
……しょうがない。
俺が行かないと、この人も困るわけで。
同志の頼みだ。
奢りは、友情の証である。
「……行きましょうか」
「はい」
さて。
何の用なんだろうな。
おすすめの本でも聞きたい、とかだったら平和で助かるんだけど。




