第93話 亡国の王子、質問される。
「やあ、ロビンくん」
第二皇女宮の客間。
卓の上には紅茶とお菓子。
それから、積み上げられた本の向こうで、オスカー殿下が椅子に腰かけていた。
服装は整っているし、顔色も悪くない。
意外と快適そうですね?
「……お呼びいただき、光栄です」
下級官吏として、皇族に対する礼は必要だ。
相手が皇帝暗殺未遂で軟禁されている第四皇子だとしても。
……俺、なんでこの人と一対一で話すことになってるの?
「固くならないでくれ」
オスカー殿下が、苦笑するように肩をすくめた。
「次代の判断次第では、僕は皇族ですらなくなるかもしれない立場だからね」
「お戯れを」
「ふふ。戯れで済めばいいね」
笑って言うことじゃないです。
こっちはまったく笑えないです。
「まあ、座って」
「失礼します」
促され、机を挟んだ向かいの椅子に座る。
ちなみに、背後の壁際にはケイが立ってくれている。
たぶん、ケイがいる限り身の安全は……信じてるぞ。
「読書にも少し飽きてね」
オスカー殿下が、机に積んであった本を一冊、指先でとんとんと叩く。
「君に聞きたいことがあって、呼んだんだよ」
「おすすめの本とかでしょうか」
「ああ、それはそれでとても聞きたいね」
聞きたいんだ。
ドロテア殿下に聞いてみたらどうです?
たぶん、嫌な顔されますよ。
「でも、本題は別でね」
やっぱり違うよね。
知ってた。
「あの時」
声のトーンが、少しだけ変わる。
「僕がエルとカミラ姉さんに説明している時、君はなぜ怒ったんだい?」
「え?」
思わず、間の抜けた声が出た。
今、それを聞く?
「いや、何度考えてもわからなくてね」
オスカー殿下が、穏やかに笑いかけてくる。
「わからないのは気持ち悪いから、良ければ教えてもらえないかな?」
「……」
不敬だと咎められるかと思っていた。
ケイに止めてもらったとはいえ、「官吏ごときが皇族に怒りを見せるなど許されざる」と言われる可能性はあると思っていた。
でも。
こんなこと聞かれるとは思ってなかった。
「父上を傷つけられたと感じて、カミラ姉さんとエルが怒ったのは理解できる」
理解できるのに、やったんですね。
「でも、君にとっては君の家族の話じゃないだろう?」
それは、そう。
皇帝陛下は、俺の父親ではない。
むしろ、好きか嫌いかで言えば普通に嫌いだ。
「だから、なぜ怒ったのか教えてもらえないだろうか?」
……。
なぜ、だろう。
あの時は、そこまで深く考えてたわけじゃないんだけど。
「……オスカー殿下ほど、うまく言葉にはできないかもしれませんが」
「うんうん、構わないよ」
楽しそうに頷いて、少し前のめりになる。
たぶん――聞き上手な兄だったんだろうな。
「一つは、自分が父親にもう会えないからだと思います」
「なるほど」
オスカー殿下が、考えを整理するように頷く。
「自らは望んでも手に入らないものを僕が大切にしていないと感じて、怒りを覚えた。うん、わかる」
違う、わけではない。
けど、たぶん上手くは伝わってない。
難しいな。
「もう一つは……オスカー殿下の発言が、エレオノーレ殿下とカミラ殿下を傷つけた、と感じたからだと思います」
「ああ、なるほど」
オスカー殿下が、少しだけ目を見開いた。
「僕は、二人が僕の考えに反対して怒っているとは考えたけど、二人自身が傷ついた可能性は考えなかったな」
また一つ理解した、とでも言いたげな顔。
「それで、エルが傷ついたことにより君が怒る。うん、これならわかる」
……気持ち悪い。
間違ってはいないことが、とても気持ち悪い。
「ちょっとすっきりした。ありがとう」
「いえ、お役に立てたなら」
今日は、怒りがわかない。
でも、少しだけ寂しい。
「何かお礼をしたいところだけど、見てのとおり、この立場じゃ難しくてね」
オスカー殿下が両手を広げる。
拘束中の身で、できることは限られているんだろう。
「代わりに、何か僕に聞きたいこととかあれば答えるよ?」
「聞きたいこと、ですか?」
「『魔導局に侵入した真犯人は誰の配下か?』とかでもいいよ」
「それは結構です」
そんな笑顔で言わないでください。
やっぱり、この人もそこはもう気付いてるんだな。
「……では」
折角なら聞いてみたいことはあった。
本当は、もっと夜会の役に立つ情報――第四皇子派閥の貴族の話とかを聞くべきなのかもしれないけど。
「あの時、一瞬私をご覧になった気がしたのですが、何か理由がおありでしたか?」
ただの自意識過剰だったらどうしよう!
「あー、あるんだけど……どうしようかな」
あるんですね。
無いと言ってほしかったような、気のせいではなくて安心したような。
「教えていただくのが難しいことでしたら、別の――」
「じゃあ、ヒントをあげよう。君なら、少し考えれば分かると思うよ」
「?」
なんだろう。
褒められているんだろうか?
「僕は、魔導局長だ」
「はい」
それは知ってる。
「つまり、僕の元には魔導局で発明された様々な装置が集まる」
「はい」
うん、それも知ってる。
「以上、ヒント終わり」
「え゛」
それだけ!?
魔導局長の元に魔導具が集まるって、それ当たり前の話では!?
「ふふ、ミステリーは好きかい?」
「あ、好きです」
いや、好きですけど。
知ってるかわかりませんが、あなたの妹さんも結構ミステリー好きですよ?
あと、ミステリーでヒントがこれだけだったら怒られますよ?
「それは良かった」
オスカー殿下が、本当に嬉しそうに笑う。
「おすすめの本を、監視の騎士か、第二皇女宮の誰かに渡しておいてくれると嬉しいな」
「……わかりました」
この状況で、本当におすすめの本を要求するんだ。
すげえな、この人。
……気になる終わり方する作品選んでやる。
「うん。それじゃあ夜会の結果、楽しみにしてるよ」
オスカー殿下は既に話は終わったと言わんばかりに座り直して、本を手に取ってる。
……。
ちょっとくらい言ってもいいよね?
「オスカー殿下」
「ん?」
「皇帝陛下にそっくりですね」
オスカー殿下は驚いたように目を丸くして――
「ははっ、ありがとう」
照れたように笑った。




