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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
最終章 あなたはだあれ?

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第94話 亡国の王子、夜会前夜。

「ロビン!リストの最終確認!!」


 夜会前夜。


 第七皇女宮の執務室は、今日も元気に戦場だった。


「終わってる!それより第一皇子派閥の出席者の最終確認は!?」


「今やってる!」


 俺とリズの手元で、書類が恐ろしい速度でめくられていく。


 ……今なら兄上と同じくらいの速度で仕事が出来ている気がする。


 人間、追い詰められると成長するらしい。


 嬉しくない。


「ドタバタねぇ」


 執務机でずっと何かを書き続けている殿下が、ペンを止めずに呟いた。


「もう、ホントにこれ終わったら人増やしてくださいね!?」


 本気で。


 切実に。


 これ、どう考えても三人で回していい仕事量ではない。


「まあ、上手くいけば予算も増えるし大丈夫でしょ」


「本当ですか!?」


「上手くいけばね」


「上手くいってください!」


 俺の睡眠時間のために。


 この勤務実態見られたら、またドロテア殿下に怒られますよ?


 他の宮も今ごろドタバタなのかなぁ。


「そうなれば、昼行燈やってる意味もなくなるしね」


 リズも書類を抱えたまま、さらりと返す。


 ……そうか。


 明日が上手くいけば、エレオノーレ殿下は昼行燈をやめるんだ。


 無口で、無表情で、無害な第七皇女。


 そういう戦略で、この人はずっと生き残ってきたが、もうその意味もなくなる。


 というか、そんなことやってる場合じゃなくなる。


「……本当に皇帝になるんですか?」


 今さらだとは思うけど聞いてみる。


「正確には」


 エレオノーレ殿下が、少しだけ視線を上げる。


「次代の皇帝として指名を受ける、ってだけね」


「……そうですよね」


「まだお父様もご存命だし……まだまだ生きてもらわないと困るから」


 それは、まあ、そう。


 皇帝陛下本人がどう思ってるかは知らないけど。


 いや、たぶん「死ぬ時は死ぬ」とか言いそう。


 周りが困るんだよね。


 ――俺にとっては嫌いな国の、嫌いなおっさんだけど。


「実感ないわねぇ」


 リズが、椅子の背もたれに身体を預けながらポツリと言う。


「わかる」


 明日。


 帝国の次の皇帝が決まる。


 その候補の一人が、目の前で菓子を一個つまんで食べている。


 ……。


「何?」


 視線に気付いた殿下がこちらを見る。


「次代の皇帝候補様が、普通にお菓子食べてるなって」


「食べるでしょ」


「まあ、食べますよね」


「皇帝になったらお菓子食べちゃいけないの?」


「そんな国なら俺は亡命を勧めます」


「どこに?」


「……どこがいいでしょうね」


「考えてから言いなさいよ」


 ごもっとも。


「まあ」


 殿下が、もう一つ菓子を取る。


「正直、明日どんな形で進むか何もわかってないからね」


「だから、準備が忙しいんですけどね!?」


 わからないことに備えるのが、一番面倒なんだよ!


「せめて何が起きるかわかってれば、もう少しやりようもあるんだけどねぇ」


 リズが、積み上げた書類を揃えながらため息をつく。


 そうなんだよ。


 分からない相手への準備は、だいたい無駄になるか、足りないかのどっちかだ。


 皇帝陛下は、『夜会で後継者を決める』としか言ってない。


 どう決めるのか。


 誰に何を聞くのか。


 何を基準にするのか。


 さっぱり分からない。


 そのせいで俺たちは、『何が起きてもある程度対応できる準備』とかいう、ものすごく面倒なことをしている。


「明日突然、『今から兄弟全員で決闘してください』とか」


「グスタフ殿下の圧勝では」


「会場内でのナンパ対決とか?」


「カミラ殿下とジルベルト殿下の熱戦が見れそうですね」


 どっちも見てる分には楽しそうだけど、うちの勝ち目がなくなりそうだ。


「まあ」


 殿下が、何か思いついたように笑う。


「何もかも上手くいったら、皇城で一番高いワインを三人で飲みましょうか」


「……」


「……」


 俺とリズが顔を見合わせる。


「あら、素敵」


「それは楽しみですね」


 なんだ。


 明日が、少しだけ楽しみになるじゃないか。


「私も入れない酒蔵があるのよ」


「そんなところあるんですね」


「あるのよ。専属の管理人がいる皇帝専用の特別な酒蔵が」


 皇女ですら入れない酒蔵。


 何が眠ってるんだ、そこ。


「それ、本当に飲んでいいやつですか?」


「次代皇帝になったらいいんじゃない?」


「権力の使い方が雑!」


 いや、でも。


 ちょっと飲んでみたい。


「どんなのがあるんでしょうね」


 リズが楽しそうに笑う。


「皇帝専用の酒蔵にあるやつって、全部すごいんじゃないか?」


「値段もすごいでしょうね」


 言われてみれば、シャーウッド王城にあったワインセラーにもすごいのあったしな。


 ……燃える前に飲んでおけばよかったな。


「落としたらとんでもないことになりそうだな」


 ぱりん。


 ……。


 怖っ!


「ロビンの給料一年分くらい吹き飛ぶんじゃない?」


 リズが、すごく悪い顔で見てくる。


 こいつなら、ワインを持ってる俺を後ろから驚かすくらいしてきそうだ。


「嫌な推測やめて!?」


「たぶん一年分じゃ足りないわよ」


 殿下も楽しそうに追い打ちをかけてくる。


「もっと怖い!」


 俺は取りにいかない!


 リズに取ってきてもらう!


「ま」


 殿下が、ぱん、と手を叩く。


「そんな未来のためにも、あと少しだけ準備頑張りましょうか」


「「はーい」」


 俺とリズの声が、綺麗に重なった。


 よし、あと少し。


 第七皇女宮に配属された頃。


 俺は、ただの下級官吏になったはずだった。


 皇族の秘書官なんて嫌だったし、できればすぐにでも普通の部署へ異動したかった。


 何度も思った。


 帰りたい。


 普通の仕事がしたい。


 ――平穏に生きたい。


 でも。


 明日の夜会を越えた先で、この三人で高いワインを飲めるなら。


 それは。


 たぶん、すごく美味しい。

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