第90話裏 ???、また机を叩く。
皇城の一角。
一部の貴族たちがこぞって訪れたがり、一部の官吏からは避けられてる部屋。
華美な装飾が施され、部屋の主の地位の高さが窺える。
その部屋にいるのは、二人。
上座に腰掛ける男。
そして、ものすごく報告したくなさそうな顔をした男。
なぜなら、報告の内容が――
「オ、オスカーがカミラに拘束されただと!?」
ガタン、と椅子が鳴った。
立ち上がるのが早い。
「はい」
「なぜだ!?」
「…………皇帝陛下への暗殺未遂、とのことです」
報告役の男は、すっごく言い辛そうな声で答える。
当たり前だ。
誰でもこんなこと報告したくはない。
「暗殺……!?ち、父上は!?父上はご無事なのか!?」
「はい。昨日、カミラ殿下とエレオノーレ殿下が直接ご報告に上がられたそうで、その際もお変わりなかったと」
「そ、そうか……」
上座の男が、どさりと椅子に座り直す。
最初に父親の安否を聞くあたり、悪い人ではないのだ。
「いや、待て。オスカーがそんなことをするはずがない!」
また立ち上がった。
忙しい。
「あいつは父上を誰より尊敬していた!父上の主治医だって、あいつが本当に一生懸命探したのだ!角が立たぬよう、わざわざ私の名で推薦する形にしてまでな!」
「……はい」
「そのオスカーが暗殺など……ま、まさか、カミラの罠か!?」
「そこまでは不明です。ただ……」
「なんだ!」
バン。
机に手のひらが叩き付けられる。
「第七皇女宮も関与しているようです」
「エルが?」
上座の男が眉をひそめ、それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、カミラの奴に巻き込まれたのだろう。あの子は昔から、私たち兄姉の後ろをついて回っていたからな」
何年前の話だろうか。
「はい。それと、第二皇女宮の配下が、第五皇女宮や第六皇子宮ともやり取りをしていたという情報もあります」
「カミラめ……」
上座の男が、苦々しげに顎を撫でる。
「こちらの味方と見て、冤罪でオスカーを拘束したのだな!その上で、他の弟妹全員の意見を揃えて来られると、少し面倒だな……」
「その心配は薄いかと」
「なに?」
報告役の男が、懐から一枚の紙を取り出した。
「一昨日、例のものから確認した機密情報がこちらです」
例のもの。
「おお!何かわかったのだな!?」
上座の男の顔が、ぱっと明るくなった。
感情が顔に出やすい人である。
「はい。ただ、残念ながら、昨日の朝から何故か使用不可になっておりまして。昨日の分は情報がないのですが」
「む」
上座の男の眉が寄る。
「……まあ、そこから私には繋がらないようにしているのだろう?」
「はい。そこは徹底しておりますので」
「なら良い」
良いらしい。
「それで?どのような情報があったのだ!?」
「はい。皇帝陛下がご妹弟の皆様をお呼びになった際――」
報告役の男が、紙に目を落とす。
「カミラ殿下は、『皇位継承戦への参加意思を示さなかった』ようです」
「なんだと!?」
上座の男が身を乗り出す。
そして、ゆっくりと。
その口元が緩んでいく。
「ふ、ふふふ……なんだかんだ言っても、カミラも長兄が継ぐべきだと考えていたということか」
違う。
本人は「つまんないじゃない」と言っていたが、それを知る者はこの部屋にいない。
「可愛いところもあるではないか、カミラも」
本人が聞いたら、たぶん笑い転げる。
「あいつも素直ではないからな!昔から私の言うことには逆らってばかりだったが、肝心なところは分かっているのだ!」
上座の男は、実に嬉しそうだった。
「それと、他のご弟妹様の中で、参加意思を示されたのはエレオノーレ第七皇女殿下のみのようです」
「……は?」
上座の男が、固まった。
「エルが、参加意思を示しただと!?」
バン。
机、本日二回目。
机は何も悪くないのに。
「なぜだ!?」
「理由まではさすがに」
「あの大人しいエルが!?夜会でもろくに喋らず、普段もほとんど仕事をしていないであろうエルが!?」
たぶん、ジルベルト殿下やグスタフ殿下よりは仕事してると思いますよ。
「あのエルが……いや」
上座の男が、はっと顔を上げた。
「まさか、カミラのやつ……エルを表に立たせて、自らは裏から操るつもりか!?なんと卑劣な!」
違う。
「やはり、カミラは油断ならん!」
それは合ってる。
「エルが不憫でならん……あの子は昔から、断れない子なのだ」
それは……どうだろう。
「……その第七皇女殿下に関しまして」
報告役の男が、遠慮がちに口を開いた。
「昨日、オスカー殿下が第二皇女宮へ向かわれる前に、ご報告した事がございます」
「オスカーに?」
「はい。その際に、殿下にもお伝えするよう、オスカー殿下から承った案件がございます」
「ふむ。なんの件だ?」
「先日の、ローラントの案内人の件です」
「ああ、オスカーが調べさせていたな」
上座の男が、記憶を辿るように顎に手を当てた。
「わからないのは気持ち悪いとかなんとか言っていたやつだろう」
その本人は今、第二皇女宮で、のんびりと差し入れの本を読んでいるらしいけど。
「それがエルに何か関係あるのか?」
「その案内人が、第七皇女宮の秘書官でした」
「……そういえば、たしかにグスタフに殴られて第七皇女宮の秘書官が空を飛んだと噂になっていたな」
上座の男は、ふむ、とほんの少しだけ考え込む。
「だが、それがどうした。どうせ、鍛錬でグスタフに気に入られて使い走りでもさせられたのだろう」
だいたい合ってる。
「いえ、それだけでは」
報告役の男は、一度、言葉を切った。
そして、本日一番報告したくなさそうな顔で。
「実は――」




