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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第90話 第二皇女、妹で遊ぶ。

「ロビンくんは?」


 第二皇女宮の応接室で、私は何気なくそう聞いた。


 昨日は色々ありすぎたので、「ゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう」とエルとリズちゃんを呼んだのだ。


 別に深い意味はない。


 珍しく、本当にただのお茶会のつもりだ。


「昨日、早上がりしたので、その分も書類片付けてます」


 エルが、いつもの完璧な皇女の顔で答える。


 少しくらい崩してくれてもいいのに。


「あら、かわいそうに」


「カミラ姉様のところも、通常業務が滞っているのでは?」


「残念でした。うちは人数もいっぱいいるもの」


 あ、エルが黙っちゃった。


 第七皇女宮の秘書官は一人。


 うちの秘書官は――今朝、三人ほど書類の山に埋めてきたから、残りは何人だったかしら。


 まあ、いっぱいいる。


「欲しい?」


「何がですか?」


「人」


「欲しいです」


 即答。


 相当切実らしい。


 エルの後ろに立つリズちゃんも遠い目をしている。


 第七皇女宮の人員不足について、色々と思うところがあるのだろう。


「エルも皇帝になるんだったら、ちゃんと信頼できる人を増やさないと駄目よ?」


「……分かっています」


 分かっている顔ではない。


 この子は昔から、信じられる人間が少ない。


 少ないから、その少ない人間を絶対に手放さない。


 良いところであり、危ないところでもある。


「オスカー兄様は、どうされてます?」


「軟禁状態だけど、のんびりしてるわよ」


「何か……言ってましたか?」


「うーん、『夜会が終わるまで大人しくしてて』って言ったら『暇なので本をください』って言ってたから大量に差し入れてあげたくらいよ」


 なんなら、仕事から解放されて気楽そうだ。


 ……あれだけのんびりしてるオスカーを見るのは、いつぶりだっただろうか。


「皇位継承候補から脱落とお父様が言ってたことについては?」


「ああ、『まあ、そもそも自分でなくてもいいと思ってたので』ってサラッと言ってたわよ」


 たぶん、それも本当だろう。


 オスカーは余計なところで嘘を言う子ではない。


「……カミラ姉様は」


 エルが言い辛そうにこちらを見る。


「ん?」


「本当に、皇帝になるつもりがないんですか?」


「ないわよ」


 紅茶を一口。


「どっちがオスカーと話すか相談したときに、そう言ったでしょ?」


 お父様がどう評価するかは別にしても、皇帝暗殺未遂を食い止めたというのは貴族たちに対して分かりやすい功績の一つにできる。


 だから、エルが「頑張る」と言ったので譲ったのだ。


 偉かったわね、エル。


「どうしてですか?」


「んー」


 どう言おうかしら。


 本当のことを言うか。


 もう少し格好つけるか。


 ……まあ、エルには本当のことでいいか。


「大変そうだからやりたくないし?」


 嘘ではない。


 それに。


 皇帝なんかになったら、好きな男の子も好きな女の子も自由に口説けなくなるじゃない。


「でも」


 エルが少しだけ首を傾げる。


「今までは、やる気を見せてませんでしたか?」


「まあねぇ」


 皇位継承順位第二位として、それなりに政治にも口を出したし、人も集めた。


 他の兄弟の動向だって調べていた。


 皇位を本気で争う準備をしていた、と言われれば否定はできない。


「ハインリヒ兄さんに任せるくらいなら、自分でやろうかなって思ってたのよ」


「……ハインリヒ兄様も、悪い人ではないと思いますが」


「そうね」


 それは否定しない。


 兄さんは、悪人ではない。


 長男らしくあろうと頑張っていて、家族思いで、ついでにちょっと思い込みが激しい。


 若干、貴族たちの意見に流されがちだが、第一皇子としての責任と重圧から逃げずによく頑張ってると思う。


 ただ。


「でも、つまんないじゃない」


 これも、本当。


 たぶん、ハインリヒ兄さんが皇帝になったらすごくつまんないと思う。


「……カミラ姉様もやっぱりお父様の娘ですね」


 エルが、呆れたように、でもどこか納得したように言う。


「あら、ありがと」


 褒め言葉として受け取っておく。


 実際、褒め言葉のつもりで言ったでしょう、エル。


「だから、皇位争いではエルに協力まではしないけど、ハインリヒ兄さんの側にも付かないであげる」


「十分です」


 欲張らないところも、エルらしい。


 それでいい。


 私が全部手伝って皇帝になったところで、意味がない。


「でしょう?」


 私が明確にどちらかへ付けば、それだけで動く貴族は多い。


 逆に言えば、動かなければ動かないで、それなりの意味があるんだけど。


「自分で頑張りなさい」


「はい」


 うん、いい顔。


 エルも成長したわねぇ。


「まあ、もしも、エレオノーレ皇帝陛下になっちゃったら、ちゃんと協力してあげる」


「今まで散々やられた仕返しが出来そうですね」


 あら、なんのことかしら。


 可愛い妹をいじめるのは、姉に許された数少ない特権なのに。


「怖いこと言うようになったわねぇ」


「まず、第二皇女宮の予算を削ります」


「ずいぶん具体的ね」


「人員も少し第七……いえ、新皇帝府へ回してもらいましょうか」


「ちょっと待ちなさい」


「ナイツ・オブ・ラウンズとか丸っともらえないですか?」


「ダメに決まってるでしょ」


 手塩にかけて育てた騎士団なのに。


「信頼できる人を増やせと、カミラ姉様が言いましたので」


 言ったけど、私のところから盗れとは言ってない。


「あまりヒドイことされたら、帝国出てっちゃうからいいわよ」


「それは……ちょっと困ります」


 顔を見合わせて二人で、少しだけ笑った。


 この子とこんなふうに笑うの、いつぶりかしら。


 小さい頃は私の後ろをよちよち付いてきて、お菓子を取られるたびに泣いていたのに。


 いつからか、あまり表情を表に出さなくなったのよねぇ。


「あ」


 そこで、ふと思いつく。


「でも、そうなったらエルの旦那さん探しも大変ね」


「え?」


 あら、その反応、想定してなかったのかしら。


「皇帝になったら夫を探さないわけにはいかないでしょ」


「それは……まあ」


 目が泳いでいる。


 ああ、可愛い。


 この子、自分が皇帝になる覚悟は決めつつあるのに、夫のことは考えていなかったのね。


「大丈夫よ。お姉ちゃんが手伝ってあげる」


 この子の婚約話は、最悪の形で潰れちゃってるしね。


「その言い方、すごく不安です」


「あ、そうだ。そうなったら、ロビンくんもらっていい?」


「駄目です」


 はい、即答。


 しかも今日一番速かった。


 夫の話から秘書官の話に飛んだことには、一切突っ込まないのね。


「……」


「……」


「……何ですか?」


「いやぁ?」


「何ですか」


「別にぃ?」


「カミラ姉様」


 楽しい。


 これで隠せてると思ってるあたりが、とても可愛い。


「まー、さすがに皇族と身元不明の下級官吏じゃねぇ」


 私はわざとらしく肩をすくめながら、何気なく視線を横へ流した。


「あ、リズちゃんとならちょうどいいんじゃない?」


 今まで完全に見物人だったリズちゃんが、表情を変えないままこちらを見る。


「私を巻き込まないで頂けるとありがたいのですが」


 メイドとして表情を変えないのは偉いけど、今は遊んでもいいのよ?


「あら。でも、リズちゃんなら立場的に身分は関係ないじゃない?」


「まあ、それはそうですね」


 リズちゃんが顎に指を当てる。


「そう言われてみると、たしかにありかもしれません」


 かちゃり。


 エルのカップが、ソーサーの上で小さく鳴った。


 面白い。


 今日呼んでよかった。


 リズちゃんもエルをからかうの好きなのね。


「……リズ」


「なに?」


「あなた、それでいいの?」


「言っていいんですか?」


「ごめん、やっぱりちょっと待って」


 あら、エルったら。


 自分で聞いたのに、待ってほしいだなんて。


「まあ、ロビンと結婚したら、仕事的にも楽そうですよね」


「リズ」


「書類は片付きますし、貴族対応もある程度できますし、皇族にも妙に顔が利きますし」


「ちょっと」


「狙ってみてもいいです?」


「待ってって言ったのに!」


 エルが、ついに皇女の顔を投げ捨てた。


 椅子から半分腰を浮かせて、リズちゃんを振り返っている。


「アハハハハ!」


 ああ、面白い。


 本当に面白い。


 お父様。


 やっぱり私は皇帝に向いていないです。


 だって、玉座を狙うよりも、こうして妹をからかっている方がずっと楽しい。


「ロビンくん、大人気ね」


「カミラ姉様のせいです」


「あら、私は提案しただけよ」


「提案の仕方が悪質です」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 エルが、恨めしそうにこちらを睨む。


 その顔は、皇帝を目指す計算高い皇族の顔でも、昼行燈を装っていた第七皇女の顔でもなく、ただの可愛らしい妹の顔だった。


 自慢のパティシエ製のタルトを一切れ、エルの皿に乗せてあげる。


 機嫌を直すには、これが一番早い。


 ――ほら、目が輝いた。

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