第88話 亡国の王子、また来ちゃった。
「――というわけで、お父様のご判断を仰ぎたく思います」
エレオノーレ殿下とカミラ殿下が皇帝陛下に報告しに行くということで。
皇帝陛下の私室に、俺はまた来てしまっていた。
……。
なんで俺まで連れてこられたんだろう。
前回この部屋を出た時、「たぶん、二度とこの部屋に来ることはないだろう」とか格好つけてた俺どこ行った。
あいつの見通し、甘すぎない?
「なんだ」
寝台の上で身体を起こした皇帝陛下は、どこかつまらなそうに鼻を鳴らした。
「オスカーの奴、負けおったのか」
――え。
「お父様、ご存知だったのですか!?」
カミラ殿下が珍しく声を荒らげる。
「何をだ?」
「何をって……」
「皇帝の体調が悪く、医者が手配されて治療を受けている」
皇帝陛下は、当然のことのように言った。
「だったら、『そこに何か仕込む余地はある』ということくらい、考えて当然だろう」
「……」
「……」
皇女二人が黙った。
いや。
当然なんですか。
俺たち、昨日から寝ずに書類ひっくり返したんですけど。
……でも。
『仕込む余地がある』とは考えたけど、『仕込まれてる』とは思わなかったんですね。
そんな命知らずなこと口にしないけどね!
「……なら」
エレオノーレ殿下が、ゆっくり口を開く。
「なぜ、何もなさらなかったのですか?」
「何をする?」
「主治医を調べるなり、治療内容や投薬内容を誰かに確認させるなり……」
「ふん」
皇帝陛下が鼻で笑った。
「息子に殺されて死ぬなら、儂もその程度だったということだ」
「……」
「……」
いや。
そういう問題じゃなくない?
「オスカーは昔から、頭が良すぎる」
皇帝陛下が、どこか懐かしむように目を細めた。
「あれは自分の理屈の中で、答えまで綺麗に繋げすぎる」
「……」
「帝国そのものを次の段階へ進めるために邪魔な皇帝を殺す、か。発想としては嫌いではない」
うーわ、この人マジで最悪だな。
オスカー殿下も大概だったけど、原因ここでは?
「だが、仕掛けを見抜かれ、自分の意図まで知られ、それを殺そうとした儂に知られた」
皇帝陛下が、ふん、と鼻を鳴らす。
「その時点で、あやつの負けだ」
あ。
そういう結論なんですね。
「お父様」
エレオノーレ殿下の声が、少しだけ震えた。
「その言い方は、あんまりです」
皇帝陛下はエレオノーレ殿下を見る目を愉快そうに細める。
「ならば、覚えておけ」
「……何をですか」
「玉座に座る者は、あんまりなことを言わねばならん時がある」
「……」
エレオノーレ殿下は答えなかった。
……いや、言いたいことはわからなくもないけどさ。
でも、あんまりだと俺も思いますよ。
「まあ、いい」
皇帝陛下が、話を切るように片手を振る。
「オスカーの身柄についてだったな」
「はい」
エレオノーレ殿下が姿勢を正す。
「現状、カミラ姉様の配下が一時的に拘束しています。今後について、お父様のご判断を」
「なら、それも次の皇位継承者が決めろ」
「……はい?」
「ああ、さすがにオスカーは候補から脱落だな。それは致し方あるまい」
「まさか」
エレオノーレ殿下が、信じられないものを見るように皇帝陛下を見る。
「予定どおり、夜会を?」
「当然だ」
皇帝陛下は、少しも迷わず言った。
「何の問題もない」
問題しかないと思います。
皇帝陛下が毒を盛られていました。
犯人は第四皇子でした。
皇位継承者候補から脱落しました。
よし、予定通り夜会やるぞ。
そんなわけあるか。
「あと、医者もクビだな。娘の自慢話をする以外は悪い男ではなかったのだがな」
「そういう問題では――」
「どうせ、今さら薬草を止めたところで、削れた命が戻るわけでもない」
「でしたら、なおさら教会の――」
「エレオノーレ」
皇帝陛下が、その名を呼んだ。
それだけで、エレオノーレ殿下の言葉が止まる。
「それも次の皇位継承者が決めろ。そこの突っ立ってる秘書官に伝えさせたはずだ」
ひでぇや。
俺に伝言させる意味なんてなかったくせに。
「オスカーの身柄は夜会が終わるまではカミラのところで飼っておけ。その先は次代が決めろ」
「……はい」
エレオノーレ殿下が静かに頭を下げる。
「なら、下がれ」
皇帝陛下は、もう興味を失ったように目を閉じる。
「……はい」
「かしこまりました」
姉妹が揃って頭を下げる。
「どうぞ」
老侍従さんが静かに扉を開けてくれる。
カミラ殿下とエレオノーレ殿下に続いて、俺も退室しようとした時。
――すれ違いざま、老侍従さんが、俺にだけ聞こえる声でぽつりと。
「お早いお戻りでしたね」
……なんですか!
俺が悪いって言うんですか!?
この人も意外とお茶目だな!
◇
「おかえりー。お疲れー」
第七皇女宮の執務室に戻ると、リズが紅茶を淹れながら手を振ってきた。
「ほんっと疲れたわ……」
エレオノーレ殿下が、ふらふらと長椅子に向かい、そのまま顔から倒れ込む。
ぼふっ。
完璧な第七皇女、本日の営業終了。
でも、今日は誰も文句言わないと思う。
「……リズの匂いがする」
「さっきまで寝てたもの」
「私の長椅子なのにぃ……」
「エルが寝ていいって言ったんじゃない」
「言ったけどぉ……」
殿下がクッションに顔を埋めたまま、もごもご抗議している。
可愛い。
「俺も正直、今日はもう無理です」
「私はある程度寝て、回復したわ」
リズがなぜかドヤ顔で胸を張っている。
「ちょっと羨ましい!」
ずるい!
俺だって寝たかった!
徹夜で第四皇子告発に立ち会って、そのまま皇帝私室行ってきたんだぞ!
「あら、じゃあ次の潜入はロビンが代わりにやる?」
リズが楽しそうに笑う。
「普通の職場はそんなに潜入とか無いんだよ!?」
なんだ次の潜入って!
もう潜入する前提で話すな!
「まだ、普通の職場とか言ってるの?」
「俺の普通はどこ?」
「そろそろ捜索願を出した方がいいんじゃない?」
「誰だったら探してくれるかな!?」
見つけてくれた人には一杯奢ります。
どこかで迷子になってるなら、切実に帰ってきてほしい。
「……ちょっと早いけど」
長椅子のクッションの中から、くぐもった声がした。
「今日はもう、解散にしましょう……」
「ホントですか?」
「ええ」
やった!
帰れる!
まだ日が高い!
「リズゥ」
エレオノーレ殿下が、起き上がらないまま片手をひらひら振る。
「はいはい」
「着替えとお菓子ー」
「はいはい」
「私もう無理」
「はいはい」
殿下の電池は完全に切れてるな。
「じゃあ、ロビン出てって」
リズに、しっしっと手を振られる。
「言われなくても」
女性の着替えを見る趣味はありません。
扉へ向かい、手をかけたところで一度だけ振り返る。
「……エレオノーレ殿下」
「ん?」
クッションの隙間から、綺麗な瞳が片方だけこっちを見る。
「本当に、お疲れさまでした」
「……ん」
短い返事だった。
でも、少しだけ力が抜けたように見えたので充分だ。
「じゃ、お先です」
「お疲れー」
「お疲れさま」
「あ、リズ」
「ん?」
お菓子の箱を抱えたリズが振り返る。
「俺、このあと麦穂亭行くけど」
「元気ねぇ」
「酒飲んで飯食わないとやってられないんだよ!」
このまま帰っても寝れる気しないんだよ!
「マーリンとケイがいたら、何か伝言ある?」
「んー……」
リズが少し考える。
「特に?」
「おっけー」
じゃ。
背後から、エレオノーレ殿下の「リズ、お菓子多め」という声が聞こえたが、気にせず扉を閉める。
廊下は静かで、窓の外はまだ明るかった。
……あ、お菓子食べ過ぎるとドロテア殿下に怒られますよってエレオノーレ殿下に伝えてないや。
ま、いいか。
さ、飯食って酒飲んで寝よ。




