第86話 亡国の王子、偶然知ってた。
「『毒』とは、ずいぶん強い言葉を使うね」
オスカー殿下は、少しだけ困ったような表情になった。
少なくとも、妹に『あなたは父親に毒を盛ってますね』と言われた人の表情には見えない。
「エルは、どうしてそう思ったのかな?」
口調は変わらないが、責める声ではなかった。
本当に、妹の話を聞こうとしている兄の声のように聞こえる。
――兄上の声と一瞬被り、すごく嫌になった。
「……最初は、小さなことでした」
エレオノーレ殿下が一枚の紙を机に乗せる。
「オスカー兄様、こちらをご存知ですか?」
「えっと……ああ、『薬草の乾燥状態基準の改正に関する通達』だね。もちろん知ってるよ」
そっかぁ。
知らないって言ってほしかったなぁ。
「……間違いないですか?」
「この改正案に一番早く目を通した人間の一人だよ。むしろ第七皇女宮の仕事には関係ないだろうに、よく知ってたね?」
「うちの秘書官が優秀でして」
「へえ」
オスカー殿下が笑顔でこちらを見る。
エレオノーレ殿下、嘘つかないでください。
偶然です。
偶然、夜会で子爵に『最近、検品部門から戻される量が増えていて困ってる』と言われて詳しい資料見てただけです。
「秘書官くん――たしか、ロビンくんでよかったかな?」
「はい。ご無沙汰しております」
「元気そうで何よりだよ」
ただの秘書官の事まで覚えてるなんて、優しい人ですね。
ああ、そういえば。
オスカー殿下に初めてお会いしたのも、その夜会の時でしたね。
「問題は、その先です」
エレオノーレ殿下が、感情を乗せない声で続ける。
「この通達によると、乾燥が不十分な薬草でも、短期間の服用であれば、大きな問題はありませんが」
一度、息を吸う。
「長期的に服用すると倦怠感、食欲不振、手足の痺れ等の症状が続き……場合によっては死に至るそうです」
――皇帝陛下の症状に、かなり近い。
視界の端で、カミラ殿下のカップを持つ指が白くなっていた。
「そのとおりだね」
だが、オスカー殿下は声も表情も変わらない。
変わらないことが……怖い。
「そして、今朝方、カミラ姉様から主治医の方に確認を取って頂いたところ、この薬草はお父様の治療にも使用されています」
「うん、投薬記録にも記載されていたね」
「主治医の方は、『処方した薬草は、当然に新しい基準を満たしたものだ』と認識していたそうです」
「あの医者は優秀な人だからね。適切な投薬を行うだろうね」
そういえば、推薦者はこの人だったか。
医者の投薬傾向まで把握して推薦した、とは考え過ぎだろうか。
「……そこで、薬草の検品記録を確認しました」
エレオノーレ殿下が新しい紙を一枚置く。
これを手に入れるために、リズが朝一で検品部門の担当者を叩き起こしに行った。
すみません、担当者さん。
「……ああ、なるほど。これか。ということは、そういうことか」
それを見たオスカー殿下がどこか納得いったような顔になる。
「お父様の治療に使用された薬草は、一度検品部門で不合格になっています」
「うん、父上の口に入るものだからね、特に厳しく検品されていたよ」
「ですが――皇族権限で、再承認されています」
「担当部署も、皇族が正式な手続きを取れば、必要以上には確認しないものだからね」
「……承認欄の名前は、オスカー兄様です」
俺が、リズの持ち帰った資料から見つけてしまったのはこれの写しだった。
承認者である都合上、控えを手元に置いていたのだろう。
本当に、偶然知っていた乾燥基準と通達。
知らなかったら、なんのことはない特例承認の一つとして何も気に留めなかったであろう一枚の書類の写し。
それを偶然、マーリンとリズが持ち出した。
「そうだね」
否定、されないのですね。
まだ否定できる道筋がいくつもあることに、気付いていないはずもないのに。
何か――理由が、きっとあるんですよね?
「……通達をご存知だと仰いましたよね?」
「もちろん」
「乾燥が不十分な薬草を長期間服用した場合に、どのような症状が出るのかも?」
「たぶん、エルより詳しいよ」
「お父様が、その薬草を継続的に服用していることも?」
「当初、病に伏せられた時から使用されてるね」
「……オスカー兄様」
「なんだい?」
「……どうして、ですか」
その声はさっきまでより、ずっと弱かった。
エレオノーレ殿下は、たぶん、否定してほしかったんだと思う。
どこかに間違いがあって。
兄が「違うよ」と笑ってくれることを、まだどこかで願っていた。
……皇帝を目指すうえでは政敵なのに。
でも。
オスカー殿下は、少しだけ考えるように視線を上へ向けた。
「一言で言うなら」
そして、今日この部屋に来た時から変わらないままの。
穏やかな声と柔らかい笑顔で答えた。
「家族愛だよ」




