第84話 亡国の王子、安心した。
「シロでした」
無事に第七皇女宮へ帰ってきたリズは、開口一番そう言った。
「魔導局内の人事記録を確認したところ、主治医の娘さんは、正規の研究業務で東方諸侯連合へ長期出張中です。定期的な安全確認報告も問題なく届いていました」
「……」
「……」
「……」
「……」
エレオノーレ殿下。
カミラ殿下。
俺。
そして、報告した本人であるリズまで。
「「「「はぁぁぁぁぁぁ……」」」」
四人揃って、深く息を吐いた。
「娘さんもだけど、リズが無事で本当によかったわ」
エレオノーレ殿下が安心したように、深く椅子に座り直す。
「そうね」
隣に座っていたカミラ殿下も、疲れたように深く頷く。
「何もなかったなら、それが一番よ。オスカーを疑っちゃって悪かったわね」
いや、本当によかった。
娘さんはどこかに監禁されてるわけでも、秘密裏に消されてたわけでもなく、普通に仕事してただけだった。
皇帝陛下の体調は悪いままだけど、それはそれとして最低最悪の話ではなかった。
オスカー殿下、疑ってごめんなさい。
今度、ケーキ持ってって心の中で謝ります。
直接謝ると、何を疑っていたのか説明しないといけなくなるので、心の中で許してください。
「……ところで」
安心したので。
俺は先ほどから、なるべく見ないようにしていたものへ視線を向けた。
「リズ」
「なに?」
「その大量の書類は何?」
リズの足元に置かれた袋に乱雑に詰め込まれている書類。
明らかにろくなものじゃないオーラが出ている。
「あ、そうそう。ちょうどいいからロビン、はい」
「いや、『はい』じゃなくて!?」
なにこれ!?
「いやぁ」
リズが視線を逸らした。
「実は魔導局内で、マーリンに協力してもらうことになっちゃって」
「マーリン!?」
なんで!?
「途中でアイツに見つかっちゃったのよ」
「マーリン出勤してたの!?」
「そこ?」
「そこでしょ!」
「まあ、それもそうか」
リズと俺の間で無事合意が成立した。
視界の端でカミラ殿下が「それでいいの?」って顔をしているが、いいんです。
だって、マーリンなので。
「見つかったときは、殺されかけたんだけどね」
「サラッと言わないで?」
嫌だよ、俺?
飲み仲間に、職場の同僚が殺されるの。
「まあ、結果としてマーリンのおかげで無事一番奥まで行けてね」
「さすがマーリン」
「で、目的の人事記録も確認して、帰ろうかってなったの」
「うん」
じゃあ、この書類は何?
「マーリンが『どうせ誰かが侵入したこと自体はバレるから、全部持ってこーぜ!』って」
「本当に何してんの、あいつ!?」
なんで!?
なんでそこで被害を拡大するの!?
「『一枚盗んでも百枚盗んでも侵入は侵入だから同じだろ!』って」
「同じじゃないよ!?」
馬鹿なの!?
いや、天才なのは知ってるけど!
別方向で馬鹿なの!?
「その成果がこちらです」
リズが、書類の山を誇らしげに指し示す。
そんな「ドヤァ」みたいな顔する場面じゃないよ、ここ!
「成果って言っていいのかなぁ!?」
「あ、安心して」
「何を!?」
「二人でできる限り証拠隠滅はしたから」
「安心できる要素が一個もない!」
「『誰が』資料を持ち出したかまでは分からないはず」
「そういう問題かなぁ!?」
帝国最高峰の研究機関から機密書類が大量消失してるんだけど!?
犯人分からなかったら余計怖くない!?
「マーリン曰く、『少しだけ盗ると狙いがバレるから、いっぱい持ってった方が逆に安全』だって」
「それっぽい理屈で犯罪を正当化しないで!」
頭いい奴が悪いことすると、本当に質が悪い!
「まあ、もう持ってきちゃったものは仕方ないわね」
カミラ殿下が、書類を一つ眺めながら優雅に紅茶を飲む。
さっきまで、徹夜で一緒に心配して待っていた人の姿ですか、それ?
「カミラ殿下。それで、いいんですか?」
「じゃあ、ロビンくんが戻しに行ってくる?」
「無理です」
「じゃあ仕方ないじゃない」
仕方ないのかぁ。
そっかぁ。
「ちなみに、そのマーリンは?」
エレオノーレ殿下がどことなく面白そうにリズへ聞く。
「出る時は一緒だったんだけど、ケイと合流した段階で『ケイもいたのか。じゃ、あとよろしく。夜食食べかけだったんだわ』ってこの書類押し付けて魔導局内に戻ってったわよ」
「……」
あいつ、肝太すぎんだろ。
「ケイがブチギレてたわ」
あわれ、ケイ。
今回の件で一番貧乏くじ引いてるのケイかもしれない。
「……それで」
エレオノーレ殿下が、紙の山を見やる。
「その書類の山には、何か見るべきところはあるのかしら」
「さすがに全部見る時間はなかったから、関係ありそうな雰囲気のものだけ急いで抜粋したつもり」
「抜粋してこれ?」
「抜粋してこれ」
抜粋という言葉の意味を、今一度確認したい。
「そう」
エレオノーレ殿下が、リズを見て、柔らかく笑った。
「まずは、リズ。お疲れ様。ゆっくり休んで」
「ん。でも、書類を確認しないと」
「あなたが倒れたら困るもの」
「……はーい」
リズが少しだけ嬉しそうに返事する。
「あら」
カミラ殿下も微笑む。
「それなら第二皇女宮で休む?最高級のベッドを用意してあげるわよ」
「ありがたい申し出ですが、今日は自室でゆっくり休みます……」
「遠慮しなくていいのに」
「ちなみに、お受けした場合、カミラ殿下はどちらでお休みに?」
「あら、折角だからリズちゃんと一緒に寝るに決まってるじゃない」
「カミラ姉様、リズを引き抜こうとしないでください」
「あら、バレた?」
女性陣三人がくすくす笑う。
うん、冗談を言い合えるぐらいに、みんな安心する結果になって本当によかったね。
……冗談ですよね、カミラ殿下?
「じゃ、私は寝ます」
「お疲れ」
「おやすみ、リズ」
「おやすみなさい」
リズが、本当に眠そうに欠伸をしながら扉へ向かう。
……さて。
俺もとりあえず、この書類をどう整理するか考えないとな。
……多いなぁ。
マーリン。
今度会ったら本当に一杯奢るけど、その前に一発くらい殴ってもいい?
無理だろうなぁ。
俺が殴りかかっても避けられそうだし。
……ん?
はみ出してるこの書類、見覚えが――
……。
…………。
「……リズ」
俺の声に、扉に手をかけていたリズが、ものすごく嫌そうに振り返る。
「……私、これから部屋帰って寝たいんだけど。何?」
疲れ切った声。
ごめん。
本当に悪いとは思ってるんだけど。
「この書類、おかしい」




