第82話 亡国の王子、提案させられる。
「……やっぱり、主治医の娘は魔導局だったのね」
第七皇女宮でカミラ殿下が、資料を見ながら小さく息を吐いた。
カミラ殿下に面会した俺は、「至急なのね?」と言った彼女に引っ張られて第七皇女宮に帰って来ていた。
なお、カミラ殿下が皇女宮を出る時、「今日の分の仕事やっといて!」と全部秘書官さんに投げていた。
秘書官さん、ごめんなさい。
でも、俺は悪くないです。
「予想はされていたのですね」
エレオノーレ殿下が「やはり」というような表情で確認する。
「当然よ。主治医の家族くらいは洗ったもの」
カミラ殿下が机の上の資料を指先で軽く叩く。
「洗ったのに、主治医の娘の勤務先や家に帰ってない事情が出てこない。これで何もないと思うほど、私も可愛くはないわ」
可愛いかどうかで言えば、十分可愛いと思います。
そんな不敬な事言えないけど。
「魔導局も当然、候補ではあったけど根拠も無しに踏み込むのはリスクの方が高かったわ」
「それはそのとおりですね」
そりゃそうだ。
皇帝陛下の主治医の家族を嗅ぎ回ってるなんて知られたら、第二皇女といえど無事じゃ済まない可能性がある。
めんどくさい話だなぁ。
「こちらも半ば偶然の産物ですので」
リズが一礼する。
ちょっとだけ嬉しそうな雰囲気が隠せてないけど、まあ第二皇女宮が調べ損ねた情報を拾ったわけだしね。
「花屋で『娘が魔導局に就職した』と話した人物の記録が残っていました。それを辿っただけです」
「よっぽど娘の就職が嬉しかったんでしょうねぇ」
「でしょうね」
カミラ殿下が微笑みを浮かべながら呟き、エレオノーレ殿下も小さく頷く。
うん。
まあ、気持ちはわかる。
娘が帝国最高峰の研究機関に就職したら、そりゃ自慢したくもなるだろう。
情報漏洩って、意外とそういうところから起きるのかもしれない。
俺も、もし子どもが良い就職先に決まったら、自慢するかもしれない。
いや、子ども以前に相手がいないけど。
……余計な事考えるのやめよう。
悲しくなってきた。
「で」
エレオノーレ殿下が、机の上で指を組む。
「どうしましょうか」
「そうねぇ……」
カミラ殿下が、少しだけ考えるそぶりを見せてから。
なぜか、こっちを見た。
「ロビンくんの意見を聞いてみたいわね」
「俺ですか!?」
なんで!?
俺いらないでしょ!?
「……カミラ姉様」
エレオノーレ殿下!助けてください!
「うちの秘書官を試さないでください」
「あら、エルはロビンくんがどんな意見を言うか、自信がないの?」
「……あります」
「じゃあいいじゃない」
「……そうですね」
殿下!?
完全に言いくるめられてますよ!?
「で、ロビンくん」
カミラ殿下が、にこりと笑う。
お可愛いですね。
「この気持ち悪さを解消するには、どうしたらいいと思う?」
「……」
答えたくないなぁ。
でも、エレオノーレ殿下もリズもこっち見てるしなぁ。
「娘さんの現況を把握することかと」
今、どこにいて何をしているから帰ってこないのか。
それが分かれば、気持ち悪さの大半は消える。
「やっぱりそこよね」
「はい。普通に働いてるなら、それでかなり安心できますし」
――逆に。
どこにいるのか分からないままだと、ずっと気持ち悪い。
「それを確認するには」
カミラ殿下が、間髪入れずに畳みかけてくる。
「皇帝直轄の人事局を調べるか、魔導局内部資料を盗み見るかの二択しかないけど、どっち?」
どっちも嫌ですけど?
……でも、どちらかと言われれば。
「魔導局の内部資料でしょうね」
「理由は?」
「人事局に探りを入れたと知られたら、皇帝陛下への背信と取られる可能性が生まれます」
上手くやれば「陛下の人事に口を出そうとした」と主張できてしまう。
だって、俺が見つけたら絶対叩くもん。
きっと違う理由だろうなーと思っても、とりあえず叩いてみるもん。
「でも、魔導局なら、最悪見つかっても『オスカー殿下の動きを探っていた』と主張する余地は残ります」
一方、魔導局は第四皇子の管轄だ。
頑張れば、皇位継承争いの一手と主張できなくもない。
嫌な世界だな、本当に。
「……ふうん」
カミラ殿下がすごく楽しそうな顔になる。
どうせこれくらいの理屈、この部屋の全員思いついてるでしょ!
「つまり、魔導局への潜入調査ね」
「……そう、なりますかねぇ」
なりますね。
俺の口からそういう結論が出ましたね。
そんなこと提案させるんじゃねぇよ!
「エル」
「はい」
カミラ殿下がエレオノーレ殿下に向き直る。
エレオノーレ殿下?
なんかちょっとドヤ顔してません?
「あなたの秘書官、やっぱり普通じゃないわよ」
「存じております」
「欲しいわ」
「駄目です」
即答ありがとうございます。
でも「普通じゃない」の部分は否定してほしかったです。
「んー、でも」
カミラ殿下が、指先で顎に触れる。
「流石に今から潜入の準備となると、うちでも時間がかかるわね」
「……カミラ姉様」
エレオノーレ殿下が、ゆっくりと口を開いた。
「なに?」
「魔導局への潜入準備がほぼできている、と言ったらご協力願えますか」
待って。
なにそれ聞いてない。
初耳ですけど!?
「……どれくらい?」
カミラ殿下の目つきが変わる。
「リズ」
「はい」
殿下に呼ばれたリズが、当然のような顔で一歩前へ出る。
「私一人でよければ、第二皇女宮の協力が得られるなら今夜にでも」
今夜!?
夕飯のメニューを答えるくらいの調子で言わないでほしい。
「さすがね、リズちゃん」
カミラ殿下は心底感心したように頷いた。
「何が必要?」
「周囲の安全確認と、非常時の出入り口の確保ですね」
え。
話進むの早くない?
俺が驚いてる間に、なんか潜入捜査が確定事項になってません?
「他には?」
「できれば、騒ぎになった時に時間を稼げるくらい腕の立つ人間を一人」
「ならケイを呼ぶわ」
「……まあ」
リズが、微妙な顔で頷いた。
「不満?」
「腕については何も」
「じゃあ問題ないじゃない」
「本人がちょっとうるさいので」
「まあ、それはたしかに」
カミラ殿下にも笑われてるぞ、ケイ。
まあ、俺もすごくわかる。
でも、いま議論すべきはそこじゃなくない?
「決まりね。安全確認が必要な地点の地図をちょうだい」
「こちらに。あと、第二皇女宮の把握している潜入に使えそうな情報が他にあれば」
「そういうことなら――」
カミラ殿下とリズが、ものすごい速度で潜入の段取りを詰めていく。
……。
…………。
うわぁ。
ごめん、マーリン。
お前の職場に潜入するって話になってるけど、俺には止められない。
俺のせいではないはずだけど、今度一杯奢るわ。




