第81話 亡国の王子、気持ち悪い。
「……俺の机がない」
ヘレナさんに状況を伝えた翌朝。
出勤すると、俺の机がなくなっていた。
いや、正確にはあるはずなんだけど、書類で見えなくなっている。
「おはよう、ロビン」
リズが、実にいい笑顔で振り返る。
「約束どおり、埋めておいたわ」
「その約束、守らなくてよかったんだけど」
「私、約束は守る女なの」
そういうところで誠実さを発揮しないでほしい。
これは麦穂亭のワイン代の仕返しを含んでるのではなかろうか!?
「おはよう」
長椅子から、エレオノーレ殿下の声がする。
見ると、殿下も書類の束を膝に乗せ、クッションを背もたれにして読んでいた。
だらけた姿勢なのに、ちゃんと仕事をしている。
「殿下、朝から仕事されてるんですね」
「昨日の夜からよ」
「え」
「リズもね」
振り返って、リズを見ると目の下にうっすら隈があった。
……うわ。
「俺だけ昨日帰ってたの、なんかすみません」
「教会への連絡は必要だったわ。教会の方はなんて言ってたの?」
「そうですね。『待つのは問題ないけど、わかる範囲で病状とか先に教えてくれると助かる』って言ってました」
「ある意味当然ね。カミラ姉様に確認は必要だけど、話せる範囲で話しておいていいでしょうね」
「はい」
そう言ってくれてよかった。
「リズ、カミラ姉様から届いた資料の山にその辺のこと書いたのなかったかしら」
「ありましたね。ロビンの机の上です」
問題は俺が病状を知ることになるということだ。
よくなかった。
「……机の上のどこ?」
「頑張って探して」
……あるんだろうなぁ。
この中のどこかに。
一番上の資料を手に取ると、そこには――
「『グスタフ第三皇子の肉消費量推移』って本当に調べる必要があるものですか?」
「グスタフ殿下の配下人数とかわかるんじゃない?」
リズが、どうでも良さそうに応えてくれる。
「あー……」
たしかに旧シャーウッド王国民が走らされ、飯を食わされている可能性がある。
肉の消費量は意外と重要なのかもしれない。
いや、そんなことある?
「ま、本当に時間ないから喋ってないでやりましょ」
「だな」
仕方ない。
諦めて書類読み込むか。
第二皇女宮や皇帝陛下私室に呼ばれるよりはマシだろう。
◇
えーと、これはジルベルト殿下の交友関係⑧で、こっちはドロテア殿下の意見箱の運用状況調査……
さすが第二皇女宮。
マジで調査範囲が広い。
あ、あった。
しばらく書類を片付けた山の中から出てきた『レオンハルト皇帝陛下診察関係資料』はさすがに分厚かった。
分厚いし、すっごい大きくマル秘と書いてあるので、本音としては読みたくない。
……へえ、主治医ってオスカー第四皇子殿下の推薦なんだ。
さすが魔導局長って人脈が広いのな。
あの人、優しそうだったし、きっと一生懸命探したんだろうな。
でも、この医者の記録に『魔導具や教会が嫌いな頑固者』って書いてあるのは魔導局長的にありなんだろうか。
いや、その横に『なお、患者からの評判は非常に良い』って書いてあるし、皇帝も頑固者同士で意外と相性が――
「ねえ、ロビン」
「ん?」
顔を上げるとリズが何かの資料を手でひらひらさせていた。
「ロビンの調査資料あった」
「うわぁ」
あるとは思ったけど、本当にあるとなんか嫌だな!?
「……ちなみになんて書いてあるの?」
「…………聞かない方がいいと思う」
「怖いよ!?」
マジで何書いてあるの!?
「だって、日頃の応答から想定される女性経験の有無についてとか書いてあるわよ?」
「聞きたくなかった!」
本当に聞かない方が良かった!
「リズ」
「ん?」
「それ、後で私が読むわ」
「殿下!?」
そんなものに興味を示さないで!
「秘書官の個人情報を管理するのは上司として当然の義務よ」
「必要な情報は直接聞いてください!」
「本当?」
「…………答えられる事なら」
正体に繋がらないなら、女性経験くらいなら教えてもいいけど、それ仕事に必要ないですよね!?
「よし。そうと決まればさっさと書類の山片付けましょ」
「はい」
何が決まったのかはわからないが、この話題は続けたくないので、俺も書類に目を戻す。
えーと、あ、皇帝の症状ね。
倦怠感、食欲不振、手足の痺れ……
うん、わからん!
俺に医療の知識があれば、何かわかるんだろうけどな。
「……ん?」
これ、なんか……やだな。
「なに?私の調査資料でもあった?」
思わず声を出すと、なぜか、ワクワクしたような顔でリズが覗き込んできた。
「いや、違うけど」
「なーんだ。他のとこがどれくらい私の事調べてるのかちょっと興味あったのに」
「変な楽しみ方しないで!?」
普通は調査されたくないんだよ!
「で?」
「ん、ああ。皇帝陛下の主治医の娘さんがしばらく家に帰ってないらしくて」
「……なんか理由とか書いてある?」
「いや、それが『不明』って書いてあるのがちょっと気持ち悪くて」
その横に『要追加調査』って走り書きされてるから、たぶん第二皇女宮の調査担当者も気持ち悪かったんだと思う。
「……ロビン」
ふと顔を上げると、リズの顔色があからさまに悪い。
「どした?」
「主治医の娘さんの勤務先、裏方の資料にあるわよ」
「そうなの?」
なんで裏方の資料に?
「ええ、これ見て」
「えーと……」
リズから渡された資料に目を通す。
花屋で『娘が魔導局に就職したんだよ』って嬉しそうに花を買っていった客がいた記録。
そして、辿った客の名前と娘……これって。
「……皇帝主治医の娘さんが魔導局勤務で、しかもしばらく家に帰ってない?」
「そうなるわね」
気持ち悪さが一段増した。
「俺、さっき見た資料に主治医はオスカー殿下の推薦って書いてあったの見たんだけど」
「それ、本当?」
エレオノーレ殿下が、だらけた姿勢を止め、鋭い視線で俺を見ていた。
「おそらく。カミラ殿下の資料にはそのように」
「……私は少なくとも、ハインリヒ兄様の推薦だった、と聞いているわ」
「……」
「……」
「……」
一つ、皇帝陛下の主治医はオスカー殿下の推薦らしい。
一つ、主治医の娘さんはオスカー殿下が局長を務める魔導局の局員である。
一つ、娘さんはしばらく家に帰ってないらしい。
……それぞれは、全部なんでもない話だ。
「主治医をオスカー殿下が推薦すること自体は不思議じゃないですよね?」
「ないわね。むしろ真っ当な手続きとも言えるわね」
「ハインリヒ兄様推薦という扱いにしたのも、兄様同士で何か約束があっただけの可能性もある」
魔導局は帝国の技術の中枢だし、医療に関わる人脈があっても不思議はない。
第一皇子が推薦したことにしたのも、単純に微笑ましい理由で「恥ずかしかっただけ」とかの可能性もある。
「娘さんが魔導局員なこと自体も不思議はないし、カミラ殿下がそれを突き止められなかったのも不思議ではないですよね?」
「ええ、局員名簿自体が最高機密よ」
「そこを調べようと思ったら、お父様に怒られるか、本気でオスカー兄様と対立するかのどちらかになるわね」
優秀な医者の娘が、優秀な職場に就職しても不思議はない。
魔導局の局員名簿が秘密にされてるのも、帝国の最先端技術を開発する人間たちが誘拐でもされたら大変だからだと理解できる。
「……魔導局なら、しばらく泊り込みとかはあっても不思議ではないですよね?」
「私も知らないけど、不思議ではないでしょうね」
「オスカー兄様もいつも忙しそうだからね」
マーリンを見てるとわからなくなるが、魔導局が暇なわけがないから不思議ではない。
「全部、偶然でも説明がつきます」
「そうね」
夜会で、『エルのことを、よろしく頼むよ』と穏やかに笑っていたオスカー殿下の顔を思い出す。
あの人を疑うのは嫌だし、むしろ下手に騒げばこちらが危ない。
皇位継承争いの最中に、第四皇子を根拠なく疑ったとなれば、こちらの首が飛ぶ。
「でも……気持ち悪いです」
俺は皇帝陛下のことが嫌いだ。
けれど。
カミラ殿下は、父親を助けたいと頭を下げた。
エレオノーレ殿下も、本心では心配しているのがわかる。
ドロシーさんは、家族は面倒でも元気でいてほしいと言っていた。
だったら。
この資料の並びは、見過ごしていいものじゃない。
「……リズ、この件について今追加で確認できる資料は?」
殿下が冷たい声でリズに確認する。
「ごめん、それ以上はない」
「そう……なら、動きましょう」
その冷たい声のまま、こちらを見る。
その目の色は怒っているような、哀しんでいるような、複雑な色をしているように見えた。
「至急、カミラ姉様を呼んできて」
文書にできるような内容でもなければ、遠回しに呼ぶ暇もない。
内容を知っている人間が、直接行くしかない。
「……すぐ行ってきます」
執務室を飛び出し、さすがに走るわけにはいかないので早歩きで第二皇女宮へ向かう。
――もし、全部ただの偶然だったら。
疑ってごめんなさい、オスカー殿下。
いっぱいケーキ買って第四皇子宮に遊びにいきますね。




