第80話 亡国の王子、友達に聞く。
「あら、ロビンくん、今日は早いのね」
教会の図書室。
本を棚に戻していたヘレナさんが、少し驚いたように振り返った。
「書類の山から逃げてきました」
「あらあら」
明日の朝、出勤したら俺の机が見えるかどうかわからないけど。
「例の件なのですが、相手方の了承が取れてないので、もうしばらくかかりそうです」
「あらあら」
了承が取れなかったどころか、「帝位を取れ」という条件が付いた。
なんだそりゃ。
「まあ、私はいつでもいいからね」
「すみません、助かります」
お待たせしている時点で申し訳ないのに、ヘレナさんは本当に気にしていないみたいな顔をしている。
本当にありがたい。
相手が皇帝陛下だって言ったら、さすがのヘレナさんも少しくらい驚くと思う。
驚くよね?
この人の本気で驚いた顔見たことないけど。
「ところで、ロビンくんはその患者さんには会ったことあるの?」
「あ、はい。先日」
できれば二度と会いたくないですけど。
病人とは思わない圧で、こっちが死ぬかと思いました。
あの人、本当に病気なんですか?
「そう」
ヘレナさんが柔らかく笑う。
「だったら、私たちに依頼するつもりに変わりがなければ、わかる範囲で病状とか先に教えてくれると助かるわね」
「ああ」
たしかに。
診る前から分かっていることがあるなら、分かっている方がいい。
けど。
「どこまで話していいか確認しておきますね」
俺の一存ではなんとも。
「うん、お願いね」
ヘレナさんが、じっと俺の顔を見る。
「なんですか?」
「ロビンくんも、無理しちゃダメよ?」
「無理はしてませんよ?」
「本当に?」
ヘレナさんが慈愛に満ちた笑顔になる。
やめてください。
その笑顔は俺に効く。
「……たぶん」
「たぶん?」
「その顔されると、俺が悪いことしてるみたいじゃないですか」
「あら、悪いことしてるの?」
「してません!」
機密情報を知りすぎていることは、悪いことに入るのだろうか。
俺が望んだわけではないので、無罪にしてほしい。
「それならいいのだけれど」
ヘレナさんは、そっと俺の頭に手を伸ばしかけて、途中で止めた。
いや、そこで止められるのもそれはそれで気まずい。
「……撫でないんですか?」
「あら、撫でてほしいの?」
「違います!」
途中で止められたから気になっただけです!
撫でられたいわけでは……いや、ヘレナさんが撫でたいなら?
俺から撫でてくださいって言うのも何か負けた気がするし、目の前のヘレナさんは頬に手を当てて微笑んでるし……
「あら、ロビン。今日は早いわね」
俺が謎の葛藤をさせられているところで、図書室の扉が開いた。
いつものドロシーさんである。
「今日は少し早上がりさせてもらいまして」
「ふうん、忙しい頃合いかと思ったけど」
ドロシーさんのところも手紙が届いたなら忙しいと思いますが?
……あれ?
「ドロシーさん」
「なに?」
「なんか疲れた顔してません?」
「……まあね」
おお、否定しない。
ということは本当に疲れてる。
いつもなら「見てわかることをわざわざ言う意味は何?」くらい言いそうなのに。
「あら。ならゆっくりしていって」
ヘレナさんが、ぱん、と手を合わせる。
「お茶入れてくるわね」
「あ、手伝います」
「いいのよ。二人とも座っていて」
ヘレナさんがにこにこと笑いながら図書室から去り、残された俺とドロシーさんは、なんとなく近くの席へ座る。
「……」
「……」
気まずいというほどではないんだけど、ドロシーさんがいつもより疲れているのは分かる。
こういう時、普通の友達なら自然に聞けるのだろうか。
友達。
…………そういえば、普通の友達っていたことなかったな。
「お仕事ですか?」
ドロシーさんが、ゆっくり顔を上げる。
「聞くのね」
「まあ、話せることで話したいことであれば」
話せないことがお互いあることなんてとっくにわかってる。
それにドロシーさんが毎日長い時間祈って気持ちを整理していることも知っている。
それでも、もしも、神様でもシスターでもない相手に話したいことがあれば、ってくらいだ。
ドロシーさんは、そんな俺の顔を少し見たかと思うと、そのまま深いため息を吐いて、ぽつりと言った。
「……家族がめんどくさいと、色々あるのよ」
「あー……」
すごく分かる。
分かりすぎて、どこまで分かっていいのか分からない。
「仲悪いんですか?」
「……男どもとは気が合わないわね」
「うわぁ」
男ども。
皇帝陛下に圧をかけられ、グスタフ殿下に殴られ、ジルベルト殿下と酒を飲んでいる身としては、何も言えない。
ああ、でもオスカー殿下は優しそうだったけどなぁ。
第一皇子殿下のことはよく知らないけど。
「勝手なことするし、人の話を聞かないし、自分が正しいと思ってるし」
そうですね。
あの人たちマジで人の話聞かないですね。
「でも、嫌いじゃないの」
「……」
「面倒だし、腹が立つし、馬鹿だと思うこともあるし、顔も見たくない時もあるけど……元気でいてほしいのよ」
ああ、そっか。
誰のことを言っているのかなんて、聞かなくてもわかる。
「……わかりますよ」
俺の家族も、まあ、面倒だった。
王族教育は面倒だったし、兄上には意地悪されたこともあるし、父上に甘やかされた記憶もあまりない。
それでも。
元気でいてほしいって気持ちは、わかる。
「……ロビン、あなたの家族は……いえ、なんでもないわ」
ドロシーさんは、それ以上聞かなかったし、俺も何も答えなかった。
代わりに。
「ご家族、みなさん元気に過ごせるといいですね」
「元気すぎて困る奴も多いんだけどね」
「まあ、それはそれとして」
「妹も元気すぎて、お菓子食べ過ぎなのよ」
「あ、はい」
「間食ばかりじゃなくて、ちゃんとご飯食べなきゃなのに」
「お菓子の食べ過ぎは良くないですよね」
エレオノーレ殿下。
次回、ドロテア殿下がいらっしゃったときは食生活も怒られるかもしれませんね。
「……ロビン」
「はい?」
「ありがとね」
「気持ち悪いですね」
「許さない」
「自分だってこないだ同じこと言ったくせに!」
理不尽!
「あらあら」
扉が開き、ティーポットとカップを持ったヘレナさんが、にこにこと笑いながら入ってくる。
「二人とも楽しそうね」
「ヘレナさん、聞いてください。ロビンが私の事『気持ち悪い』って言ったんです」
「あらまあ。ロビンくん、ダメよ、そんなこと言っちゃ」
「違うんです!」
「言ったでしょ?」
「言ったけど!」
「ロビンくん、めっ」
「……はい、ごめんなさい」
「仕方ないから許してあげる」
友人関係って難しいな。




