第79話 亡国の王子、また書類。
「……夜会、来週末だって」
「「うわぁ……」」
エレオノーレ殿下の言葉に、俺とリズの声が綺麗に重なった。
つい先ほど皇帝陛下から届いた封書が、机の上に置かれている。
――来週末、皇城にて夜会を開催するから皇族は全員出席しろ。貴族も来れる者は全員来い。
だいたいそんな感じ。
早いなーと思いつつ、でもこれ以上体調悪くなったらマジで動けないんだろうなーとも思うわけで。
仕方ないのかもしれない。
「どうするんです、殿下?」
「…………」
殿下は手紙を机に置いて、たっぷり五秒くらい天井を見つめてから。
「やれることをやるしかないわね」
すごく普通のことを、すごく重々しく言った。
「つまり?」
「まずは」
殿下の視線が、部屋の隅へ向く。
俺とリズも、つられてそちらを見る。
そこには木箱が数箱積み上がっている。
中身を俺は知りたくなかったけど、知っている。
――超大量の資料である。
「さすが第二皇女宮ね。調査の範囲がうちより広いわ」
リズが早くも箱を開けながら、感心したように言う。
「感心してる場合かなぁ!?」
見ろよ、この量!
この量の書類の山見たのは、就職した時と監査の時くらいだよ!
……結構頻繁だな。
「仕方ないでしょう。カミラ殿下は皇位継承権第二位よ。持っている人脈も情報網も、うちとは規模が違うもの」
「じゃあ、第二皇女宮で処理してもらわない?」
「あっちはあっちで大変でしょうね」
「だろうな」
知ってた。
あっちはあっちで地獄なんだろうな……第二皇女宮の秘書官さん、元気かな。
「とりあえず今日は、整理整頓だけでもしておきましょう」
「だよね」
俺も一番近くの山から束を一つ抜く。
「うわ、マジで色々ある……」
しかも全部、一枚目から「取扱注意」の印が押してある。
見るのやだなぁ。
……ん?
「殿下」
「なに?」
さすがにごろごろしてられなくなった殿下も資料を手に取りながら返事してくれるが……
「この資料、アーデン連邦のことが書いてあるんですが」
「ああ、数年前に帝国領になった」
「はい、そこの元公爵夫人が帝都にいたそうでして」
「へえ?」
「最近、ジルベルト殿下の隠れ家に住んでるって書いてあります」
「……」
「……」
エレオノーレ殿下とリズが手を止め、深いため息を吐いた。
気持ちはわかるけど、見たら言わずにいられなかったのだ。
「……反省期間終わったのね」
「たぶん」
「とりあえず、今回はそれ関係なさそうだから、無関係の箱作って入れといて」
「はい」
ギルさん、妹さん怒ってますよ。
俺は庇いませんからね。
「というか、今さらですが、俺も見ていいんですか?」
だって、今新しく手に取ったこれとか表紙に『皇帝陛下主治医の動向』とか書いてあるよ?本当に大丈夫?
「私とリズ二人で見きれる量じゃないもの」
エレオノーレ殿下が、当然のように言う。
「今さらでしょ」
「そうですけど!」
そうだけどさぁ!
皇帝陛下の健康情報を、人手不足を理由に俺へ開示する皇女宮があっていいのだろうか。
「安心しなさい」
リズが、資料の山を木箱から出しながら爽やかに笑う。
「死なばもろともよ、ロビン」
「資料見るのに死を覚悟したくねぇんだけど!?」
何その機密管理。
見たら退職できなくなるやつじゃない!?
「あ、ついでにロビンはこれも見てね」
リズが余計なことを思い出した声で、どこからともなく資料の山を追加してきた。
……どこから出したの、それ。
「それは?」
「私、というか、うちの裏方が調べた資料で、まだロビンが見てないもの」
「……」
「特に第四皇子と第一皇子関係の資料が多いはず。いやあ、もうロビンに見せられないとか言ってらんないもんね」
「言ってていいよ!」
見たくないもん!
普通の下級官吏だって何回言えばわかってもらえるの!?
知らない方が幸せなことって、世の中にいっぱいあると思う。
「あの、まさか来週までに、これ全部見るんですか?」
「そんなわけないじゃない」
殿下が資料から目も上げず、当たり前のような声で言う。
「ですよね」
よかった。
さすがに無茶だと分かってくれてた。
殿下も人の子だった。
「資料見て、考えて、必要に応じて動くんだから、もっと急ぎよ」
「期限が短くなった!?」
人の子じゃなかった。
皇族だった。
なら仕方ないのかもしれない。
「あ。でも、ロビンは教会に『もうしばらくお待たせします』って言ってきたら?」
リズが俺の机に資料を積み上げながら言う。
積むんじゃないよ。
「そうね」
殿下も頷いた。
「もうすぐ定時だし、少し早いけど行ってきていいわよ」
「え、本当ですか?」
資料の山を前にして、定時前に帰っていいと言われる日が来るとは。
「ええ。教会の方には、ご協力を願う立場なんだし」
「たしかに」
夜会まではどうあっても動けないというのに、頼んだ側が何の連絡もしないのは失礼だ。
仕事の優先順位としても正しい。
ヘレナさんからすれば、「相談に来た子が、その後音沙汰なし」なわけだし。
……また怒られるかもしれない。
いや、怒るというか微笑まれるというか。
「じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼しますね」
よし!
ダッシュで逃げよう!
これ以上書類の山見てたら魂が抜けてしまう!
「ロビン」
扉に手をかけたところで、背後からリズの声がした。
……振り返りたくない。
「……なに?」
「明日までに、ロビンの机を書類山脈に埋めておくね」
振り返らなくてよかった。
振り返ってたら、たぶんリズのすごくいい笑顔が見えてた。
「聞かなかったことにして教会行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
「……たぶん、夜会前に定時で帰れる最後の日でしょうね……」
背後から殿下のしみじみとした声が聞こえた。
「人増やしましょうって!」
さすがに耐えきれず振り向いてしまった。
振り向いてはいけないタイプの神話とかだったら俺は終わっていたかもしれない。
「今この資料見ていい人間なんて、そうそう増やせるわけないでしょ」
リズが呆れたように言う。
「それはそう!」
機密だらけだもんな!
誰でもいいから雇えば解決、とはいかないよね!
平和ってどこ?
昨日、肉の味がするとか言ったから食べてなくなった?




