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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第78話 亡国の王子、道を教える。

「あ、ロビンくん。いいところに」


 皇城の廊下。


 普通に書類を担当部署へ提出し、第七皇女宮へ戻ろうとしていたところで声をかけられた。


 振り返ると、夜会で見覚えのある伯爵が立っていた。


「これは閣下。ご機嫌麗しく」


「うむ」


「何か御用ですか?」


 世間話かな?


 天気の話とかなら大歓迎ですよ。


「君に聞きたいことがあってね……」


 伯爵は大仰に頷くと、なぜか周囲をきょろきょろと見回した。


 ……。


 やめて。


 その確認の仕方、絶対ろくでもない話するやつじゃん。


「皇帝陛下にお会いしたんだって?」


「……ソウデスネ」


 天気の話じゃなかった!


 まあ、皇女たちが秘書官連れて皇帝に呼ばれたなんて、どう考えても噂になるよな。


 皇帝陛下の口ぶりからすると、兄弟姉妹全員呼ばれたっぽいけど。


「それで、陛下はお元気そうだったかい?」


 やっぱりそれ聞くよね!


 みんな知りたいよね!


 俺だって第三者なら知りたいもん!


「申し訳ありません。私の口からは何も申し上げられません」


 でも、即答。


 言えるわけがない。


「そんなこと言わずに」


「申し訳ありません」


「……ロビンくん」


「はい」


「君も第七皇女宮で働くなら、もう少し貴族社会というものを覚えた方がいい」


「ご指導ありがとうございます」


「そうか。ならば教えてあげよう」


 伯爵がニヤリと笑みを深めた。


「こういう時に上手く情報を出せる者こそ、重宝されるのだよ」


「なるほど」


「分かってくれたかい?」


「私の口からは何も申し上げられません」


「分かってないね!?」


 むしろ分かってるから言わないんですよ。


 情報を出せる者は重宝される。


 なら、出してはいけない情報を出した者はどうなる?


「……そんな態度でいいのか、私は伯爵だぞ?」


「……」


 あーあ、言われちゃったー。


 どーしよっかなー。


 伯爵だぞ、と言われても俺の上司は皇女なんだよなー。


 しかも最近、第六皇子とは酒飲んでるし、第五皇女っぽい人とは本の貸し借りしてるし、第三皇子には殴られたし、第二皇女にも目を付けられてるし。


 ……なんか改めて考えると俺の人間関係おかしくない?


 いや、気のせいだ。


 誰でもいいから気のせいだと言ってほしい。


「おお、何かあったのかね?」


 その時。


 廊下の向こうから、穏やかな声が聞こえた。


 振り返ると、白髪混じりの上品な紳士が、ゆったりとこちらへ歩いてくるところだった。


 あ、この方も夜会でお話したことあるな。


「エクター侯爵閣下!いえ、何もございません!」


 そうそう、エクター侯爵。


 伯爵の顔が、目に見えて引きつったけど、貴族ってホント大変だなぁ。


「そうなのかね?」


 エクター侯爵がこちらをにこやかに見る。


 目だけ笑わないのは貴族の標準装備ですね、怖いです。


「はい。少し道をお伝えしていたところです」


 嘘ではない。


 人生の道に迷っている人に、機密情報は聞いてはいけませんよという道を伝えていた。


「ええ!そのとおりです!」


 伯爵がものすごい勢いで頷く。


「では、私はこれで失礼いたします!」


 伯爵は見事な一礼をすると、ものすごい速度で廊下の向こうへ消えていった。


 速い。


 この城で生き残る貴族は、逃げ足も一流らしい。


「ははは」


 侯爵が、その背中を見ながら楽しそうに笑う。


 あなた、大体どんな会話してたかわかってますね?


「相変わらずロビンくんは、色々な者に人気のようだね」


「少しでも皆様のお役に立てればと思っております」


 営業スマイル。


 嘘です。


 基本的には目立ちたくありません。


「うむうむ。感心感心」


 侯爵が満足そうに頷く。


「ところで、一つ相談があるのだがね?」


 ……。


 助けてくれた直後なので断りづらい!


「はい、何でしょう?」


「ロビンくんは、劇には詳しいかね?」


「劇、ですか」


 予想外の方向から来た。


 皇帝陛下でもなく、皇位継承でもなく、劇。


 うん、平和!


「最新のものはあまり。少し古いものであれば、ある程度は」


 劇についての知識か……散々詰め込まれた時期があったなぁ。


 当時は「これ何の役に立つんだろう」と思っていたけど、下級官吏になってから結構役立っている。


 父上。


 王族教育、意外と万能かもしれません。


「おお、それならちょうどいい!」


 侯爵がぱっと顔を明るくした。


「実は今度、うちの子と一緒に観劇へ行く予定でね」


「はい」


「横で少し解説してくれないか?」


「……私がですか?」


「そうそう。ちょうどロビンくんと同世代なんだが、なかなか劇に興味を持ってくれなくてなぁ」


「ああ……」


「親が解説するよりは、少しは変わるかと思ってな」


 なるほど。


 子どもと観劇に行く。


 だが、子どもが劇に興味を持ってくれない。


 そこで同世代で、ある程度劇の話ができる便利な下級官吏を放り込んで、少しでも取っつきやすくしたいと。


 まあ、たしかに。


 親父さんに「ここが名場面だぞ」と言われるより、同世代の他人が「ここ面白いですよ」と言った方が響くかもしれない。


 ……ふむ。


「もちろん、無理にとは言わんよ。第七皇女殿下のお許しも必要だろうしね」


「そうですね……」


 面倒といえば面倒だけど……今この人に助けられたしな。


 たしか俺の記憶では、侯爵には俺と同年代の息子さんがいたはずだ。


 配慮もしてくれてるし、人脈作りとも言えるから第七皇女宮的にも損はない。


 貴族令息となら仲良くなっても良いって言ってたし、エレオノーレ殿下にも怒られないだろう。


 ……怒られないよね?


「正式な回答はエレオノーレ殿下に確認してからになりますが、私でよろしければ」


「おお!」


 侯爵の顔が明るくなる。


「助かるよ。あとで使いの者に第七皇女宮へチケットを届けさせておく」


「はい。届けて頂いた方へお返事できるようにしておきます」


「うむ。よろしく頼むよ」


「こちらこそ、お声がけありがとうございます」


 俺が頭を下げると、侯爵は満足そうに去っていった。


 ……。


 よかったよかった。


 たまには、こういう平和な頼まれごともある。


 書類でもなく、監査でもなく、皇族でもない。


 ただの観劇。


 平和だ。


◇


「戻りました」


「遅い」


 第七皇女宮へ戻ると、エレオノーレ殿下が開口一番にそう言った。


 長椅子の上でクッションを抱えている。


 うん、通常営業だ。


「すみません、ちょっと道を聞かれたりなんだりしておりまして」


「道?」


 リズが書類をめくりながら顔を上げる。


「また皇族エンカウントでもしてたの?」


「しないよ!?」


 そんな日常的に皇族と遭遇してたまるか。


「じゃあ、何があったの?」


 殿下が、じとっとこちらを見ている。


「廊下で伯爵閣下に皇帝陛下の体調を聞かれたので、黙秘しました」


「偉い。その後は?」


「通りすがりの侯爵が助けてくださって、今度ご子息と観劇に行く時、少し劇の説明をしてほしいと頼まれました」


「……」


 殿下の目が細くなった。


「ご子息?」


「えっと……たぶんですけど。私に頼むということは、そういうことでは?」


 どこの馬の骨とも知れない下級官吏を、娘の隣に座らせる侯爵はいないでしょ。


「どこの侯爵?」


「エクター侯爵です。あとで使いの方がチケット持ってきてくれるそうです」


 特に隠す理由もない。


 殿下は少し考え込んだ後、リズを見る。


「リズ」


「……そうね。エクター侯爵のところのご子息はたしか先日から、南方商会都市に長期留学行ったところなはず」


「え」


 あれ!?


 俺の記憶にない情報!


「家に残っている同世代なら、御令嬢が一人いたはずよ。最近、社交界に出始めたけど、人見知りって噂だったはず」


「……」


 あ!


 思い出した!


 先日の夜会でちょっとだけ挨拶したわ!


「つまり、貴族令嬢とデートする約束を取り付けて来たわけね」


「違います!」


 どうしてそうなるんですか!?


 殿下の機嫌が目に見えて悪くなった!なぜ!?


「そろそろ、どこかに縛り付けておくべきかしら」


「やめてください!?」


 発想が物騒!


「でも、エル」


 リズがとても楽しそうに口を挟んでくれる。


「ロビンがあちこちに顔を繋いでくるから、裏方の仕事もしやすくなってるのも事実よ」


「そうなの?」


「ええ。第七皇女宮は元々、意図的に他所との繋がりを薄くしてたから」


「……悩ましいわね」


「悩まないでください!?」


 そこは即座に「縛らない」でいいでしょう!?


 俺を放し飼いにするか室内飼育するかみたいな相談やめて!


 何も悪いことしてないですよね!?


 ――コンコン。


「失礼します、エレオノーレ殿下。皇帝陛下より、夜会開催日のお知らせが届いております」

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