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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第77話 亡国の王子、無敵になる。

「アンナちゃーん、一番高いワインちょーだーい」


「わ~、ロビンさん太っ腹ですね~」


 アンナちゃんが、いつもの柔らかい笑顔でぱちぱちと拍手してくれる。


 ありがとう。


 今日の俺は、皇帝陛下とカミラ殿下の前から生きて帰り、酒場に辿り着いた下級官吏である。


 癒やされる資格がある。


「ちょっと、ロビン。少しくらい遠慮しなさいよ」


 隣のリズが、呆れたように俺を見る。


「ヤダ」


 約束どおり麦穂亭でリズに奢ってもらうんだ!


「なんだなんだ、ロビン。今日はずいぶん景気いいじゃねえか」


 奥で酒を飲んでいたケイが、面白そうに笑う。


「臨時収入でもあったのか?」


「今日の俺はリズの奢りなんだ」


「へえ、珍しいこともあるもんだな」


「まあ、色々あってね」


 リズが諦めたように肩をすくめる。


「色々?」


「色々よ」


「詳しく聞いていい?」


「駄目」


「じゃあいいや」


 切り替えが早い。


 ケイ、お前のそういうところ好きだぞ。


「はは。それなら」


 隣で優雅に飲んでいたギルさんが、楽しそうに笑った。


「今日のリズちゃんの分は俺が奢ってあげよう」


「本当?」


「もちろん」


 ギルさんが爽やかに笑い、リズもにっこり笑う。


 あー、ギルさん。それは迂闊すぎます。


「アンナちゃーん、一番高いステーキちょーだーい」


「容赦ないね!?」


 ほら、リズは強い。


 俺よりよっぽど遠慮がない。


「わ~、リズさんも太っ腹ですね~」


「太っ腹なのはギルさんよ」


「たしかに~」


「アンナちゃん、納得しないでくれるかな?」


 だが、ギルさんの笑顔がまったく崩れていないあたり、まだ余裕はありそうだ。


 さすが皇子の財布。


「いやぁ、いいぞリズ!もっといけ!」


 ケイが腹を抱えて笑っている。


「煽らないでくれる、ケイ?」


「俺の財布じゃないしな!」


 ギルさんが苦笑しながら肩をすくめる。


「まあ、言ったのは俺だからね。いいとも、リズちゃん。好きなものをどうぞ」


「じゃあ、付け合わせも一番いいやつで」


「いいとも」


「デザートも」


「いいとも」


「二番目に高いワインも頼もうかしら」


「……いいとも」


 ギルさんの声が少しずつ細くなっていくが、引かない。


 さすがである。


「ギルさん、格好いいですね」


 こういうところ見てると、あちこちの酒場で人気なのもよくわかる。


「だろう?」


「はい、財布だけは格好いいです」


「ロビンくん、たまに容赦ないよね」


「今日は無敵なので」


「リズちゃんの奢りで?」


「はい」


「俺も何度も奢っているんだけどなぁ」


 ギルさんが笑うが、いつも感謝はしていますよ?


 でも、今日の俺はリズに奢られているので。


「お待たせしました~。まずはワインです~」


「わーい!」


 アンナちゃんが瓶を持って戻ってきた。


 ……あ、昔見たことあるラベルだからマジで高いな、これ。


「アンナちゃん、これ相当高いやつでは?」


「はい~。麦穂亭にある中では一番いいやつですよ~」


「最高」


「ロビン」


「なんだよ」


「味わって飲みなさいよ」


 失礼な。


 俺だって高いワインと安いワインの味の違いくらい――。


 ……。


 分かるかな?


 最近エールばっかり飲んでるから自信ないな。


「まあ、リズも飲めよ」


 アンナちゃんにリズの分も杯を出してもらう。


「誰のお金だと思ってるの?」


「リズ」


「分かってるじゃない」


 ドヤ顔をするリズの分も注ぐ。


 代わりに後でリズが頼んだワインも一口貰おう。


「あれ、そういえば今日マーリンは?」


 いつもなら、だらしなく座って酒を飲んでいるはずのおっさんがいない。


 いたら絶対このワイン飲みたがるだろうに。


「昼はいたんだけど、部下が呼びに来て連行されてったぞ」


 ケイがエールを飲みながら答える。


 なるほど、連行されたなら納得。


「でも、珍しいな」


「すっげーブツブツ言ってた」


「想像できるわね」


 リズが頷きながら笑う。


 俺にも想像できる。


「呼びに来た人、マーリンさんの襟首掴んで持って帰ってましたよ~」


 料理を運んでたアンナちゃんが、にこにこと情報を追加していく。


「強い」


「魔導局の人材は優秀ね」


「そういう優秀さなのか?」


 魔導局開発班長を物理的に回収できる人材。


 有能なのは間違いない。


「ま、あいつのことはどうでもいいからワイン飲んじまうか……あ、美味しい」


「でしょ~?お待たせしました~。リズさんのステーキです~」


 アンナちゃんが嬉しそうに大皿を持ってくる。


 あ、美味しそう。


「これこれ!頼んでみたかったのよねー」


 リズが素直に目を輝かせて早速ナイフを入れていく。


「あ、美味しい」


 一口食べたリズの表情が明らかに緩む。


 いいなー、俺も頼もうかなー。


「ロビン、一口いる?」


「いる!」


「じゃあ、ワインもう一杯」


「交渉成立」


 肉と酒が行き交う。


 平和だ。


「俺も一口」


「ケイは自分で頼みなさい」


「厳しい!」


「私の奢りじゃないもの」


「じゃあギル」


「ケイ、男が男に肉をねだるのは少し色気がないかな」


「奢る気ないなら普通にそう言えよ!」


 周りの連中にも笑いが広がる。


 人の金で食う飯は美味い。


 人の金で飲む酒も美味い。


 人類はもっとこの真理を大切にするべきだと思う。


 俺もリズにもらった肉を口に運ぶ。


 うまい。


 皇帝陛下の前から生きて帰って、本当によかった。


「ロビンさん、幸せそうですね~」


「アンナちゃん、俺は今、平和の大切さを噛みしめている」


「よかったです~」


「その平和、肉の味してそうだな」


 ケイの言葉に、俺は深く頷いた。


「平和は美味い」


「いいこと言ったみたいな顔しないで」


 リズも楽しそうにワインを傾けながらツッコミを入れてくる。


「美味い飯と酒があれば、人は争わなくて済むんだよ」


「それは少し分かるわ」


 今日は本当にしんどかった。


 でも、ワインも肉も美味いし、アンナちゃんは天使だし、リズはちゃんと奢ってくれる。


「リズ」


「なに?」


「ありがとな」


「……ま、今日の奢り分は私とエルで割り勘って約束だからいいわよ」


「そうなの?」


 エレオノーレ殿下が?


「ロビンが行った後、『さすがにパティシエとトレードは怒ってないかしら?』って心配してたから」


「気にしなくていいのに」


 俺もアップルパイ食べたかったし。


 あの状況で、カミラ殿下のお願いを完全に突っぱねると角が立つのもわかるしね。


「ま、明日お礼言ってあげな」


「そうする。てことはリズだけの奢りじゃないならもっと頼んでもいいな」


「おい」


「アンナちゃーん!ソーセージ盛り合わせもちょうだーい」


「は~い」


「ちょっとは遠慮しなさいよ!」


 知らん。


 今日の俺は頑張った!そしてリズとエレオノーレ殿下の奢り!!


 故に無敵!!


「ロビンさん、ご飯追加ならワインも~、もう一本いきますか~?」


「リズ」


「駄目」


「今日の俺はリズの奢りだから無敵なんじゃなかったのか!?」


「無敵にも限度があるのよ」


「そんな……」


 知らなかった。


 無敵には限度がある。


 また一つ、帝都で賢くなってしまった。

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