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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第76話 亡国の王子、調べられる。

「紅茶でいい?」


「はい、ありがとうございます」


 第二皇女宮の一室。


 やたらと調度品が高そうな部屋に通され、向かいのソファにはカミラ殿下。


 リズとタイプの違う美人メイドさんがお茶を注いで、静かに下がっていく。


 行かないで!


 残ってくれてもいいんですよ!?


 パタン。


 目の前には美味しそうな紅茶とお茶菓子があり、人払いも済んでいる。


 ……逃げ場ねぇなぁ。


「そんなに緊張しなくてもいいのよ?」


 カミラ殿下がくすくす笑いながら、優雅に脚を組む。


 大きく開いた胸元と深いスリット。


 さっきまで父親のことで頭を抱えていたとは思えないくらい、余裕に満ちた姿だった。


 目のやり場に困る。


 というか、俺が困るの分かっててやってますよね?


「皇帝陛下と密室で話した直後に、第二皇女殿下と密室で話す下級官吏の気持ち考えたことあります?」


「ないわね」


「ですよね」


 あるわけない。


「それに、さっき約束したでしょう?」


 カミラ殿下が楽しそうに笑う。


「手“は”出さないわよ」


「不穏な部分だけ強調しないでください」


 別にそこを心配してるわけじゃないんですよ!


 いや、ちょっとだけ心配してますけど!?


「それで」


 カミラ殿下が、カップを置いた。


 全く音がしないのさすがですね。


「お父様と話したことは、さっきの報告で全部?」


「はい、全部です」


 嘘です。


 シャーウッドの残り火とか言われた部分は絶対に言えない。


「ふぅん」


 カミラ殿下が、じっと俺を見る。


 見ないでください。


「なんですか?」


「エルには報告しづらいことがあるなら、私が聞いてあげるわよ?」


「お心遣いありがとうございます」


 紅茶が入ったカップを持つ手が震えないように意識する。


 それくらいの訓練は受けている。


「あなた、本当に面白いわね」


「普通の秘書官です」


「普通の秘書官は、お父様と二人きりにされないのよ?」


「それは大賛成です」


 好きで残ったわけじゃねぇ!


 むしろエレオノーレ殿下について出ていきたかったよ!


「本気でエルから奪いたくなってきたわ」


「やめてください」


「給料倍にするわよ」


「……」


「はっきり言って出世にもなるわ」


 あ、それはどうでもいいです。


「エレオノーレ殿下に怒られますので」


「うふふ、エル、怒ると怖いものね」


「怒らせたことあるんですか?」


「あるわよ」


「でしょうね」


「今、失礼なこと考えた?」


「考えてません」


 考えました。


 この姉妹、幼少期から絶対いろいろやってる。


「普通の下級官吏はこの誘い断らないのよ」


「え?」


 そうなの!?


「ロビンくん」


「はい」


 カミラ殿下の笑みが、消える。


「あなた、本当に何者なの?」


 ……これが本題か。


「ただの下級官吏ですよ。お調べになったのでは?」


 調べられてないと思えるほど、ぬるくはない。


「ええ。五年前、シャーウッド王国辺境の教会に助けられ、最近帝都へ。下級官吏試験を受けて首席だったことを評価され、第七皇女宮秘書官」


「はい」


 全部書いてあることだ。


「経歴としては筋が通っているわ」


「ありがとうございます」


「でも、それだけじゃないでしょ?」


「……」


 嫌なことを言う。


 それだけでありたいんだよ。


「なぜジルベルトが貴方のことを気に入ってるのか。なぜグスタフが貴方をあんなに褒めているのか。なぜお父様は貴方と二人きりで話したのか」


「……身に余る光栄です」


 こういう腹の探り合い嫌いなんだけどなぁ。


 昔は日常だったけど。


 今はケーキと酒場と教会だけで生きていたい。


「……そして、エルがあなたを信じている」


「秘書官として重用していただいております」


「だから、今はこれ以上聞かないわ」


「ありがとうございます」


 今は!?


 またやるの!?


「でも」


 カミラ殿下から感じる圧が跳ね上がる。


 あ、俺これ死ぬ?


「もし、エルを傷つけてごらんなさい」


 カミラ殿下が刺すような視線で見てくる。


「私が許さない」


 ……怖いです。


 グスタフ殿下の副官に同じようなこと言われたときとは方向性が違う怖さだ。


「……微力ながら、少なくとも私の意思で積極的に傷つけないことはお約束します」


 これ以上は約束できん。


 正体バレたら確実にエレオノーレ殿下に迷惑かかるし。


「約束よ?」


「はい、俺も、あの人が傷つくのは嫌なので」


 これは嘘ではない。


 本音で口にできる言葉である。


「……」


 カミラ殿下が、ぱちりと瞬きをした。


 あれ。


 なんで黙った?


「ふぅん」


 あ。


 やばい。


 なんか、目が変わった。


「エルのこと好きなの?」


「ハイッ!?」


 何言ってんのこの人!?


「え、な、何の話ですか!?」


「エルの話」


「いや、あの、そういう話ではなく!」


「エルは可愛いもんねぇ」


「それはそうですけど!?」


 何これ!?


 なんで急に尋問の方向性が変わってるの!?


「可愛いのは認めるのね」


「そりゃそうでしょ!?」


 少なくともそれを認められない奴は視力検査を受けた方がいいと思う。


「エルは昔から可愛いのよ。無表情で澄ましている時も可愛いし、眠そうにしている時も可愛いし、甘いものを前にして目が輝くところなんて最高に可愛いわ」


「分かりますけど!」


 実際、エレオノーレ殿下は可愛い。


 長椅子でクッションを抱えてる時とか。


 ケーキを前にして目を輝かせている時とか。


 完璧な皇女の顔から一瞬でだらけた生き物に戻る時とか。


 あと、こっそり優しいところとか。


 ……昔一度だけ会った時の笑顔とか。


「ロビンくん?」


「はい!?」


「今、ずいぶん色々考えてそうな間があったわね」


「気のせいです」


 違う!


 これは違う!


「そもそも皇族の方に対して、好きとか嫌いとかないです!」


「なんで?」


 なんで!?


「身分が違いすぎるでしょう!?」


「身分差の恋。うーん、劇の定番じゃない」


 カミラ殿下が、うっとりした顔で頬に手を当てる。


「劇と現実を混同しないでもらえます!?」


「あら、現実でも三代前に、庭師と駆け落ちした公女がいたのよ」


「実例出さないでください!」


 いたのかよ!


 というか、どうなったんだよ、その人!


「安心なさい。幸せに暮らしたそうよ」


「その情報いらないです!」


「あら、参考になるでしょう?」


「なりません!」


 なんで俺が駆け落ちする前提なんですか!


 この人、絶対楽しんでる。


「はぁ……」


 俺は深くため息を吐いた。


「もう帰っていいですか?」


「まだ一時間四十五分残ってるわよ?」


「二時間フルで使う気だったんですか!?」


「パティシエに作らせた試作品があるの。せっかくだし、あと少しお茶していきなさい」


「いただきます」


「切り替え早いわね」


 仕方ないだろ。


 俺はもう売られた身である。


 役得でもないとやってられん。

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― 新着の感想 ―
ニヨニヨしちゃった⭐︎ そっかー、15年前の表情覚えてるんだー。 純情でかわよ♡
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