第71話 亡国の王子、逃亡計画を聞く。
「おいおい、ロビン。いつにも増して疲れ果てた顔してんな!」
「疲れてんだよ!」
ケーキを食べ終えた俺は、しょっぱいものを求めて、麦穂亭へ晩飯を食べに来ていた。
今日の俺はもう何も考えない。
考えることも仕事も、全部明日の俺に任せた。
よし。
「まあまあ、ロビンくん」
向かいのギルさんが、面白そうにこちらを見る。
「疲れた日には飲むのが一番だよ」
「ギルさんの奢りですか?」
「はは、まあ一杯くらい奢ってあげるとも」
「わーい」
「単純だなぁ、君は」
酒場でくらい単純でいいじゃねえか!
人の奢りで飲む酒は特に美味い。
「アンナちゃーん」
「は~い」
ギルさんが軽く手を上げると、アンナちゃんがいつもの柔らかい笑顔でやってきた。
「ロビンくんにエールを一杯。僕につけておいて」
「まいど~」
良い人だ。
女癖は悪いけど。
「ロビンさん、ご飯はどうします~?今日はアイスバインがおすすめですよ~?」
「じゃあ、とりあえずそれとザワークラウトもらえる?」
「は~い。お疲れみたいなので~、ちょっとサービスで大盛にしておきますね~」
「アンナちゃん……!」
天使はここにいた。
教会にはヘレナさんという女神がいるが、酒場には天使がいる。
「そーいやさー」
隣でだらしなく椅子に座っていたマーリンが、不意にこっちを見る。
「ん?」
「ロビンって毎回エール飲んでるけど、それ以外飲まねーの?」
「いや、特にこだわりないけどなんで?」
美味しければなんでもいい。
「んにゃ、ロビンって帝国生まれじゃないってのは聞いた気がするけど、エールが美味いとこの生まれなんか?って思っただけ」
「ああ、なるほど」
シャーウッドに住んでた頃はワインが多かったなー。
「シャーウッド王国ってとこ。知ってる?」
今さら隠すような話でもない。
俺の出身地自体は官吏として提出した経歴にも書いてある。
「……東の方にあったワインの美味しい国だったかな?」
「そ」
さすがギルさん、正解。
今は帝国領、なんて部分は別に付け加えなくても全員知ってるだろう。
「シャーウッドは俺も行ったことないなー」
「ギルさんは……まあ、ともかくケイも帝都生まれ?」
「おう、俺もワイン飲みにシャーウッド行ってみたいな」
「はは、いつか行ってみてくれ」
いい店くらいなら教えるぞ。
今でもあるかは知らん。
「あー、じゃあ今は国内かー。んー、でも旅行ならロビン持ってけば案内として使えるな」
「何いきなり物騒なこと言ってんの、マーリン!?」
連れてくですらなく、持ってくな辺り恐ろしいぞ。
「ん?というか、君そもそも気軽に旅行できる立場じゃないだろう?」
ギルさんが杯を傾けながらマーリンに聞く。
そういえばそうね。
魔導局開発班長なんて国家機密の塊みたいなもんだろう。
目の前にいるおっさんと機密の塊という単語が全く結びつかないけど。
「あー、まあそれはそうなんだけどさ?ほら、皇帝陛下の体調、マジで悪いって噂あんじゃん?」
……ノーコメント!!
「まあ、噂くらいは耳にするな」
なんで麦穂亭まで皇帝陛下の体調の話が追いかけてくるんだよ!
俺、今日もう仕事終わってるから!
「んだから、皇帝陛下が万が一お亡くなりになったら、俺がこの国にいる意味なくなるし、どっか旅でも行こうかなーって」
「え!?」
ケイが椅子から半分立ち上がった。
「マーリン、お前いなくなんの!?」
「だから、まだ決めてねーって」
「魔導局開発班長って、そんな簡単に辞められるんか?」
「知らん」
「知らん!?」
「辞表出して、そのまま国境越えればいいんじゃね?」
「それ退職じゃなくて逃亡では?」
「細かいなぁ」
「細かくない!」
俺でも分かる。
帝国の最重要研究機関の重要人物が、「皇帝死んだから外国行きまーす」で辞められるなら、だいぶ問題がある。
「まあ、無理だろうね」
ギルさんが、面白そうに笑った。
「ほら!」
「そこは何とかがんばってみるさ」
「何を頑張るんだよ!」
ケイが頭を抱える。
「不穏な逃亡計画なんて聞きたくなかった」
「それは俺も」
なんで疲れを癒やしに来た酒場で亡命予定を聞かされてるんだよ。
もし本当にマーリンがいなくなった後、誰かから、「マーリン開発班長の行方を知らない?」とか聞かれたらどうしよう。
それに、「旅に出るとか言ってました」って答えたら完全に共犯者だよな。
「その時は見送りよろしくな」
「逃亡犯を見送りたくねぇ!」
ケイの悲鳴に、マーリンがげらげら笑う。
平和だなぁ。
話してる内容は全然平和じゃないけど。
まあ、俺は今日はもう何も考えないと決めたのだ。
「お待たせしました~」
そこへアンナちゃんが、アイスバインを持ってきてくれた。
「ありがとう!」
今の俺には政治より飯だ。
「マーリンさん、駄目ですよ~?」
アンナちゃんが空いた皿を下げながら、にこにこ笑って言った。
「勝手にいなくならないでくださいね~?」
「お、アンナちゃん心配してくれるの!?」
マーリンがガバっと嬉しそうに顔を上げる。
「ツケがいっぱい溜まってますので、払ってからいなくなってください~」
「心配されてなかった!」
というかマーリン、お前給料高いんだろうからちゃんと払えよ。
「それにマーリンさんが来ないと、棚の上に置いてある瓶を取るのが大変なので~」
「俺、便利な踏み台扱い?」
「踏み台は浮かないですよ~?」
「そりゃそうだ」
マーリンが納得してるけど、それでいいのか。
まあ、好きにしてくれ。
「さて」
そこでギルさんが杯を置いた。
「今日は俺、もう帰るよ」
「え?」
ケイが目を丸くする。
「ギルがはえーの珍しいな?」
たしかに。
ギルさんは割と遅くまで飲んでることが多い。
「僕にも予定くらいあるさ」
ギルさんが上着を整えながら笑う。
「ちょっと待ってる人がいてね」
「あー」
マーリンが露骨に納得した顔になる。
「またどっかの女か」
「ハハハ、まあそんなところかな」
「相変わらずですねぇ」
この人、本当にブレないな。
ある意味一番平和に生きている気がする。
「ほどほどにしてくださいね?」
「もちろんだとも」
「最近なんかやらかしてませんよね?」
「ひどいな、ロビンくん。俺ほど誠実な男もなかなかいないよ」
すごく爽やかな笑顔で言われた。
信用していいのだろうか。
「アンナちゃん、ギルさんの発言どう思う?」
「え~?」
アンナちゃんが首を傾げる。
「ギルさんは~、口説く時はすごく誠実そうですよね~」
「ほら」
「褒められてないと思います」
ギルさんは気にした様子もなく笑って、席を立った。
「じゃあね、ロビンくん」
「はい。お疲れ様です」
「ケイとマーリンも、また」
「おう」
「はいよー」
ひらひらと手を振って、ギルさんは麦穂亭を出ていった。
扉が閉まる。
「「「……」」」
「絶対女だな」
「女だろ」
「女でしょうね」
三人の意見が一致した。
「まあ」
ギルさんの女性関係なんて、俺が考えても仕方ない。
「本人が楽しそうならいいんじゃない?」
「甘いぞ、ロビン」
「何が?」
「あいつの場合、なぜか周りが大変になる」
「やめて。聞きたくない」
実際に一度大変な思いをしたので、本当に聞きたくない。
だから。
「アンナちゃん、ワインあったらちょうだい!」
「は~い」
「お、ロビン一口くれよ」
「俺も」
「いいぞ」
今日は飲もう。
明日は第二皇女宮だ。
頑張れ、明日の俺!




