第70話 亡国の王子、明日にする。
「……というお返事でした」
「うー」
「あー」
第七皇女宮の執務室。
俺の報告を聞いたエレオノーレ殿下が、長椅子の上でクッションを抱きしめながら唸った。
リズも、その横で腕を組んで微妙な声を漏らしている。
「殿下、どうしましょう?」
「どうしようかしら?」
素晴らしい。
何も解決していない。
「俺が聞いてるんですけど」
「私も考えてるのよ」
考えてる人はクッションに顔を半分埋めないと思います。
「条件としては、かなり譲ってもらえたと思いますけどね」
人目を避けるのもいい。
周囲に教会の人間だと伏せるのも、事情次第では協力してくれる。
ただし、診る本人には自分が教会の人間だと名乗る。
嫌だと言われたら帰る。
最後以外は、かなりこちらの希望が通っていると言えると思うんだ。
「うー」
「殿下、駄々をこねても条件は変わらないと思います」
「わかってるわよぉ」
クッションから情けない声が返ってくる。
完璧な皇女は、本日閉店済みです。
皇帝陛下。
あなたの教会嫌いのせいで、娘たちが困っていますよ?
「……とりあえず」
リズが少し考え込んでから口を開いた。
「カミラ殿下にご相談では?」
「そうよねぇ」
殿下が、もそもそとクッションから復活する。
「でも、これ文書で送れなくない?」
「「…………」」
文書係さんに、『教会の人間であることを皇帝陛下本人にだけは隠せませんが、どうします?』なんて文書を持たせられるわけがない。
途中で誰かに見られたら終わる。
「じゃあ、直接行くしかないですね」
「そうね」
「内容を知ってる人間が、こっそり行くべきね」
殿下とリズが、同時に俺を見る。
嫌な予感がした。
何そのチームワーク?
「殿下?」
「なに?」
「なんで俺を見るんです?」
「内容を知ってるから?」
「リズも知ってますよね?」
「私はちょっと忙しくて」
「リズ!?」
露骨に逃げた!
「裏方の仕事があるのよ」
「本当か?」
「本当よ」
「目を見て言え」
「忙しいわー」
「逸らすな!」
こっち見ろ!
「じゃあ、殿下が」
「私も、カミラ姉様のところへ行くと、こっそりでは済まないわ」
「それはそうかもしれませんけど」
「第七皇女が夜に第二皇女宮へこそこそ行くのよ?」
「……」
「翌日には、皇城中で『第二皇女と第七皇女が深夜密会』よ」
ちょっとその噂が流れてる様子は面白そう。
姉妹喧嘩とか、秘密同盟とか、禁断のお茶会とか。
最後のはちょっと平和そうだな。
「俺が行くんですか?」
「お願い」
殿下が首を傾げる。
くそ、そういう顔をされると断りづらい。
「……わかりました」
「お願いね」
俺が了承した瞬間、やり切った顔で長椅子に沈みこまないでほしい!
「まあ、どっちにしても明日ね」
リズが他人事のように言う。
ズルい。
「明日でいいの?」
至急の話だったよね?
皇帝陛下の体調、結構悪いって話だったよね?
「もう夜よ?」
殿下が「何言ってるの?」みたいな顔で体を起こす。
「でも、急ぎでは?」
「夜に、若い男の第七皇女宮秘書官が、人目を避けるように、カミラ姉様のとこへ?」
「……明日にさせていただきます」
「賢明ね」
超肉食系第二皇女殿下の宮へ、夜に若い男が一人で訪問。
ダメだ!
事実が一つも間違ってないのに致命的に誤解を招く!
この帝都で暮らしてきて学んだ!
噂に必要なのは事実ではない!
面白さだ!
「しかも姉様、絶対面白がるわよ」
「なんで!?」
「『あらぁ?夜這いに来たの?』くらいは絶対言うもの」
「言う!」
容易に声まで想像できる!
「最悪、その場で誰かに見つかるように窓開けるかもね」
「やりそう!」
「カミラ殿下ならやるわね」
リズまで頷くな!
第二皇女への信頼が変な方向に厚すぎる!
「でも、明日行ったとしても噂にはなるんじゃないですか?」
「なるわね」
「じゃあ意味なくないですか?」
「昼ならまだ仕事っぽく見えるわ」
「まだ」
「まだ」
「なるほど」
完全には防げないらしい。
この国の情報管理、大丈夫?
「よし、明日の昼間、人目のある時間に正式に行きます」
「こっそり行く話はどこへ行ったの?」
「多少見られる方がマシです」
「それもそうね」
よし。
明日の俺、頑張れ。
今日の俺はもう知らない。
「決まりね」
殿下が満足そうに頷く。
「じゃあ今日は、もう終わり?」
「そうですね」
「これ以上できることもないし」
「ですね」
「なら」
殿下の目が、すっと机の端へ向いた。
「みんなで二個目のケーキ食べて解散にしましょ」
「「賛成」」
食べないともったいないもんね!
「せっかくだし、今日使ったいい紅茶も飲みましょう」
「賛成」
リズが立ち上がり、殿下も嬉しそうにクッションを放り投げた。
「ケーキあと何残ってたっけ?」
箱を開ける。
「チーズケーキ、ショートケーキ、ガトーショコラとイチゴのタルトですね」
「私はチーズケーキ」
「殿下、さっきもチーズケーキじゃありませんでした?」
「美味しかったのよ」
「……俺、ガトーショコラにするので半分こしません?」
「嫌」
「即答!」
俺もちょっとチーズケーキ食べてみたかったのに!
「ロビン」
殿下のカップに紅茶を注ぎながら、リズが振り返る。
「私はショートケーキにするから、ガトーショコラ一口と交換しない?」
「交渉成立!」
ショートケーキも一口食べたい!
「ちょっと待って」
殿下が、不満げな表情に変わる。
「私も混ぜて」
「殿下、さっき断ったじゃないですか!」
「皇女命令よ」
「権力の使い方が雑!」
皇女ってすごいな。
俺も昔は王子だったはずなんだけど、こんな雑な権力の使い方は教わった覚えはなかった。
さすが帝国。
「はいはい、じゃあみんなで一口ずつ交換しましょ」
リズも楽しそうに笑いながら、紅茶を淹れ終え、席に座る。
「俺はそれが一番嬉しい」
「私も全種類食べられるなら問題ないわ」
「タルトは三分割して分けましょうね」
ふわっと良い香りが部屋に広がっている。
目の前にはケーキ。
長椅子ではエレオノーレ殿下が嬉しそうにフォークを持っているし、隣ではリズも楽しそうにケーキを見ている。
うん、平和。
「では」
「いただきましょうか」
「はい」
三人で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
皇帝陛下の病?第二皇女宮への報告?
明日のことは明日の俺に任せよう。
頑張れ、明日の俺。
今日の俺はケーキ食べて、この後は麦穂亭に晩御飯食べに行くから。




