第69話 亡国の王子、相談する。
「ヘレナさん、ちょっと相談があるんですけど」
第七皇女宮を追い出されたと俺は、その足でヘレナさんのところまで来ていた。
「なあに?」
ヘレナさんが、いつもの柔らかい笑顔で首を傾げる。
「その、ちょっと……」
言い淀む。
いや、だってここには先客がいる。
いつも通り、定位置で本を読んでいる黒髪眼鏡。
「……何よ」
視線に気付いたドロシーさんが、本から顔を上げてこちらを見た。
「いえ、その」
「私がいると話せない話?」
「はい」
「……そう」
あ、なんかちょっと不機嫌そう。
だって、この話の一番核心にいるの、あなたのお父様ですからね!?
「いや、別にドロシーさんを信用してないとかじゃなくてですね」
別にドロシーさんを信用してないわけではない。
むしろ、この人は一度秘密だと判断すれば、死ぬまで口を割らないタイプだと思っている。
「言い訳しなくていいわよ」
「本当に違いますからね!?」
「はいはい」
絶対信じてない!
「じゃあ、応接室の方に行きましょうか」
ヘレナさんが手を叩いて、あっさりと立ち上がる。
「すみません」
「いいのよ。相談も教会の仕事だし、ロビンくんの相談だもの」
助かる。
ヘレナさんに続いて、応接室に移動するために立ち上がる。
「ロビン」
既に視線を本に戻してるドロシーさんが声をかけてくる。
「はい?」
「ヘレナさんに襲い掛かったりしないようにね」
「しませんよ!?」
何を心配してるんですか!?
「どうかしら。男は狼だって本に書いてあったわ」
「どんな本読んでるんですか!」
「恋愛小説よ」
「知識の出所が偏りすぎです!」
というか皇女がそんな偏った知識で大丈夫ですか!?
「あら、ロビンくんも狼なの?」
「ヘレナさんも乗らないでください!」
ヘレナさん!?
二人きりなんて今まで何度もあった話じゃないですか!
「しないなら、いいから早く行きなさいよ」
「くそぅ……」
くすくす笑っているヘレナさんと一緒に図書室を出る。
なんで相談する前から疲れてるんだ、俺。
◇
「それで?」
応接室に移動すると、ヘレナさんがお茶を置いて、向かいに座った。
「実は」
どこから話すか悩むなぁ……
とは言っても最終的な目的考えたら全部話さなきゃだよなぁ。
「診てほしい人がいるんです」
「あら」
「ただ、色々と面倒な事情がありまして」
すごくいっぱい。
我ながら、皇帝の治療依頼を持ち込むとか意味わからんよねーとは思ってる。
ごめんなさい、ヘレナさん。
「うん、とりあえずロビンくん側の事情を言ってみて?」
「はい。まず、絶対に「誰にどんな治療したか」を他所で口にしない、信頼できる方にお願いしたいんです」
「あらあら」
「それと……本人が、教会を嫌っていまして」
「まあまあ」
「なので、できれば教会の人間だということを隠した上で訪問し、診ていただけないかと」
「なるほどねぇ」
ヘレナさんが、ゆっくり頷いた。
我ながら、ひどい相談だと思う。
「あの……」
「うふふ、そんな顔しないで」
「どんな顔してます?」
「捨てられた子犬みたいな顔よ?」
「してませんよ!」
たぶん。
「そうねぇ」
ヘレナさんが少し考える。
「まず、身分や素性を隠して教会を訪問し、診察を受けたいという相談は受けることはできるわ」
「え、いいんですか?」
「ええ。そういう相談自体は珍しいことではないもの」
「あー……」
言われてみれば、そりゃそうか。
病気というのは、本人の弱みになることもある。
貴族社会なんて、健康状態ひとつで婚姻だの相続だの商談だのが動くわけで。
特にこの国では、教会との関係を表に出しづらい人もいるのも想像に難くない。
「逆に、こちらから出向いて診察することも、不可能ではないわ」
「そうなんですか?」
「治療が必要な方が、みんな歩いて教会まで来られるわけじゃないでしょう?」
「それはそうですね」
「だから、事情次第では訪問もするわ」
「なるほど」
よかった。
思ってたより話が早い。
「あと、秘密については安心して」
ヘレナさんの声音が、少しだけ真面目になる。
「誰を診たとしても、その方の病や事情を外へ漏らすことはしないわ」
「……絶対に?」
「絶対に」
迷いがない。
「それは、私だけではなく教会の者なら誰でも同じよ。約束するわ」
よかった。
やっぱりヘレナさんに相談して正解だった。
「それでも、どうしても信頼できる人にお願いしたいというなら」
ヘレナさんが優しく微笑む。
「ロビンくんが信じてくれるなら、私が診てもいいわ」
「え」
「もちろん、病状次第ではその分野が得意な人に引き継ぐ可能性もあるけど」
「え、でも、その……」
「あら、頼りない?」
「いえ、そんなことは!」
むしろ逆だ。
俺がカミラ殿下に「信頼できる人です」と胸を張って言える相手なんて、教会関係者だとヘレナさんしかいない。
でも、ヘレナさんをこんなことに巻き込みたくないという微妙に複雑な気持ちもあるんだけど……
「お忙しいのでは」
「うふふ、本を読む時間くらいはあるもの」
「それ、暇って意味じゃないですよね?」
「さあ、どうかしらねぇ」
ヘレナさんが楽しそうに笑う。
この人には本当に敵わない。
「ただし」
その一言、嫌いです。
「条件があるわ」
「ですよね」
「治療を受ける本人には、私が教会の人間だということを伝えるわ」
「なる……ほど」
そこかー。
「服を変えるのはいい。人目を避けるために別の入口を使うのも必要なら応じる。周囲の方に身分を伏せることも、事情次第では構わない」
「はい」
「でも、診察する相手本人には隠せない」
「絶対ですか?」
「絶対よ」
あ、これどんな言い訳しても許してくれない時のヘレナさんの顔だ。
「嫌だと言われたら?」
「帰るわ」
「……即答ですね」
皇帝陛下。
金髪美女のヘレナさんが帰っちゃいますよ。
「病の人を助けたい気持ちはあるわ。でも、相手が意識不明であったりするならともかく、相手の意思を踏みにじってまで助けることは、私たちのすることではないの」
「……そう、ですよね」
たぶん、カミラ殿下たちもそこは分かっている。
皇帝陛下が教会嫌いなら、本人に「教会の人間が診ます」と言った瞬間に終わる可能性がある。
だが、隠して診ることはできない。
うん、面倒だな!
知ってた!
神に縋るくらいなら自分で立て、だっけ。
病人は寝ていてください。
「ごめんなさいね。これだけは、どうしても」
謝るのはこっちだ。
むしろ、こんな失礼な頼みを真剣に考えてくれただけでありがたい。
「いえ、話だけでも聞いてくれてありがとうございます」
これは持ち帰るしかない。
皇帝陛下に「教会の人が来ますけど、嫌がらずに診察受けてください」って交渉する権限は俺にはない。
あってたまるか。
「それ以外の部分なら、できる限り協力するからね」
「ありがとうございます」
「ロビンくんのお願いだもの」
「……」
罪悪感がすごい。
「すみません」
「あら、どうして謝るの?」
「なんとなくです」
「変な子ねぇ」
ヘレナさんがくすくす笑うが、俺は変ではない。
……最近自信なくなってきたけど。
「ちなみに」
「はい」
「とても偉い方?」
「……」
「ロビンくん?」
「言えません」
「そう」
ヘレナさんが、にこりと笑った。
「とても偉い方なのね」
「なんでそうなるんですか!?」
「ロビンくんは違うなら違うと言うでしょう?」
「ぐっ……」
すごく優しい笑顔で頭を撫でられる。
拒否できない俺の心が弱いのかもしれない。
「でも、分かったわ。ひとまず、今日のところは条件を持ち帰ってみて」
「はい」
「それでも必要だと言うなら、もう一度来てちょうだい」
「……ありがとうございます」
「いいのよ」
ヘレナさんは、俺の頭から手を離し、柔らかく微笑んだ。
「ロビンくんが困っている時に相談してくれたのは、嬉しいもの」
「……」
「こないだみたいに怪我してから隠されるより、ずっといいわ」
「本当にすみませんでした」
しばらく言われそうだ。
◇
「終わった?」
図書室へ戻ると、ドロシーさんが本から顔も上げずに聞いてきた。
「はい」
「そう」
……。
え?
それだけ?
「……聞かないんですね」
我慢できずに聞いてしまった。
「聞いてほしかったの?」
「いえ」
「なら聞かないわ」
「ですよね」
何なんだ、この会話。
「面倒な話?」
「ものすごく」
「そう」
ドロシーさんが一度だけ頷く。
「頑張りなさい」
「雑!」
もうちょっとあるでしょ!?
「何よ」
「もう少し、こう、ないんですか!?」
「ないわね」
「即答!」
「だって内容を知らないもの」
「それはそう!」
ぐうの音も出ない。
知らない話に的確な励ましなんて出せるわけがない。
「じゃあ、こうしましょうか」
「はい?」
ドロシーさんが、ようやく本を閉じた。
「その面倒な話が終わったら、感想を聞かせなさい」
「本のですか?」
「面倒な話の」
「守秘義務がありますが!?」
「話せる範囲でいいわよ」
「……範囲、ほぼゼロですけど」
「なら『終わりました』だけでいいわ」
「それ、感想じゃなくて報告では」
「うるさいわね」
ドロシーさんが眼鏡を直して、また本を開く。
……。
あ。
もしかして心配してくれてる?
「ドロシーさん」
「何よ」
「ありがとうございます」
「……何が?」
「いえ、なんでも」
「気持ち悪い」
「ひどい!?」
お礼を言っただけなのに!
「ロビンくん、お茶飲む?」
ヘレナさんもお茶とお茶菓子を持って図書室に戻ってきた。
「あ、お願いします」
「お菓子もあるわよ」
「食べます」
「切り替え早いわね」
ドロシーさんが呆れたように言う。
仕方ないだろ。
面倒な話をした後には甘いものが必要なのだ。
これは第七皇女宮で学んだことである。




