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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第68話 亡国の王子、頼まれる。

「急な申し入れに応じてくれてありがとう、エル」


 部屋に入ってきて椅子に座ったカミラ殿下は、いつもの華やかな笑みを浮かべていなかった。


「こちらこそ、ようこそお越しくださいました、カミラ姉様」


 エレオノーレ殿下が丁寧に頭を下げる。


「堅苦しい挨拶はいいわ。今日は、私がお願いに来たのだから」


「カミラ姉様」


「なあに?」


「……本当にカミラ姉様ですよね?」


「何言ってるの?」


「昨日から疑ってます」


「失礼ね」


 カミラ殿下が呆れたように笑う。


 よかった。本物のカミラ殿下だ。


 いや、良かったのか?


「紅茶をどうぞ」


「ありがとう、リズちゃん」


 リズがお茶とケーキを出す。


 だが、カミラ殿下はガトーショコラと紅茶を一瞥したのに、手を伸ばさなかった。


 ……これは本当にやばい案件なのでは?


「それで、姉様。お話というのは?」


「ええ」


 カミラ殿下が、ゆっくりと息を吐いた。


 そして。


「お願いがあるの」


 深く、頭を下げた。


 ――え。


「姉様!?」


 エレオノーレ殿下が思わず腰を浮かせる。


 俺とリズも殿下の後ろで固まった。


 カミラ殿下が。


 あの、カミラ殿下が頭を下げている。


 何だこの状況。


「頭を上げてください」


「聞いてくれる?」


「聞きますから、上げてください」


 カミラ殿下が、ようやく顔を上げた。


 その表情は、いつもの余裕のある笑みではなかった。


「第二皇女宮として、ではなく私個人としてエルと第七皇女宮にお願いがあるの」


「……内容によります」


「もちろんよ」


 カミラ殿下が目線をエレオノーレ殿下から俺に移す。


 俺!?


 同席しろって言われた時点で嫌な予感はしてましたけど!


「ロビンくん」


「はい」


「教会との繋がりは、ある程度深いという認識でいいかしら?」


 教会?


「はい」


 隠す意味もない。


 採用時の書類にも書いてある話だし、何なら今も通っていること自体は隠してない。


「五年前、シャーウッド王国の辺境にあった教会に助けられました。その後、身元保証を受けて帝国へ来ています」


「今も付き合いは?」


「あります。当時世話になったシスターが、今は帝都の教会にいますので」


「信頼できる?」


「はい」


 そこは迷う意味がない。


 ヘレナさんを疑うなんて考えられない。


「割と頻繁に通ってるのかしら?」


「はい。本の貸し借りをする程度ですが」


 嘘は言っていない。


 謎の黒髪黒目のお嬢様とも貸し借りしてるけど。


 そして、これは何の尋問ですか?


 エレオノーレ殿下とリズも微妙に不審気な顔してますよ?


「カミラ姉様?」


 あ、もしかして!?


 これ、エレオノーレ殿下の政治的な傷になる!?


 よし、秘書官辞めようかな!


「ああ、ごめんね。責める話のつもりじゃなかったの」


「あ、はい」


 違うんですね。


「では、内密の話で申し訳ないのだけれど」


 カミラ殿下が、そこで少し顔を伏せた。


「信頼できる方を通じて、お父様を診てもらうようにお願いできないかしら」


 ――は?


 今度こそ、部屋の空気が固まった。


「……カミラ姉様」


 エレオノーレ殿下の声も硬い。


「お父様のご体調は、そこまで?」


「よくないわ」


 カミラ殿下も即答する。


「表向きには疲労と持病ということになっているけれど、日に日に悪くなっている」


 ……うーわ、聞きたくなかったぁ。


 皇帝の体調なんて、俺みたいな下級官吏が正確に知っていい話ではない。


「……たしか教会とは関係のないお医者様を探して、診ていただいているという話だったと記憶していますが?」


 エレオノーレ殿下が探るように問い返す。


「そのとおりよ。でも、治癒魔術については教会が最も進んでいる。それは誰でも知っていることよ」


「……」


「ただ、エルも知っているとおり、お父様は教会を嫌っている」


「……よく『神に縋るくらいなら自分で立て』と仰ってましたものね」


「あら、エルは言われた回数少ない方よ」


 何かを思い出すように、カミラ殿下の表情が緩んだ。


 ……。


「だから、診に来てもらえるとなっても、教会の人間だと分からないようにしてもらう必要がある。服装も、名乗りも、立ち居振る舞いも」


 なるほどね。


 教会の人に「聖職者じゃないふりをして皇帝を診てください」と頼みたいのか。


 それは余計に正式ルートじゃ頼めないわ。


「第二皇女宮の人間を使うことも考えたけど、私の周りは良くも悪くも目立つし、貴族や兄弟たちの視線を避けることはできない」


「カミラ姉様がそのように振舞ってきたからでしょう」


「手厳しいわね。ちゃんと意味はあるのよ?」


「それはわかりますけど」


「だから、教会にお願いができるほど個人的に繋がりがあって、なおかつ宮廷内へ自然に出入りできる人間となると、思った以上に少ないのよ」


 なるほどねー。


 教会は身元を詮索しない。


 でも、それは同時に、教会と繋がる者を探すことも難しいということでもある。


 特に帝国では、皇帝の教会嫌いを受けて貴族の皆さんも隠すわけで……


 あー、それで俺かー。


「第七皇女宮は目立たない。いえ、正確に言えば、目立たないように振る舞っている」


「買いかぶりでは?」


「そうね。そういうことにしておいてあげる」


 カミラ殿下が改めて正面からエレオノーレを見つめる。


「第七皇女宮に借りを作ることになるのは、重々承知しているわ」


 その表情に、いつもの余裕に満ちた笑みはなかった。


「それでも、力を貸してちょうだい」


「……」


 エレオノーレ殿下は、しばらく黙り、それからこちらを見た。


「……私個人としては、借りの有無は抜きにしてもお父様の事ですので、お受けしたいとは思いますが、実際に頼みに行く本人の意思次第です」


 え、決定権こっちに振るんです!?


「それも当然ね」


 カミラ殿下も改めて俺に向き直る。


「ロビンくん」


「はい」


「無理は言わないわ。断られたら、それはそれで仕方がない。ただ、聞いてみてもらえないかしら」


「……」


 皇帝陛下。


 シャーウッドを滅ぼすことを決めた男。


 その人を、教会に診てもらうようお願いをする。


 ……複雑な気分ではある。


 でも、目の前にいるのは第二皇女ではなく、父を心配する娘に見えた。


 見えてしまった。


 ずるいなぁ。


 皇族だって、家族を失いたくない。


 当たり前のことだよなぁ。


「エレオノーレ殿下がお受けになるのであれば、私としては一度お聞きすることまではお約束します」


「ありがとう」


「ただ、それ以上は約束できませんし、断ったことを理由にその方や教会に害が及ぶようなことは……」


「それは絶対にしないと約束する。カミラ・フォン・ライヘンバッハの名に誓うわ」


 重い!


 重いけど、それくらい誓ってもらわないと俺は万が一にでもヘレナさんに害が及ぶ話なら絶対に持ってかないし、仕方ないか。


「……カミラ姉様」


「エル」


 カミラ殿下が、改めてエレオノーレ殿下を見る。


「返事を聞かせてもらえる?」


「そうですね……では、第七皇女宮は、この件に協力します」


「ありがとう」


 カミラ殿下がようやく少しだけ表情を緩めた。


「借りは、必ず返すわ」


 エレオノーレ殿下が、首を横に振る。


「私にとっても、他人事ではありませんから」


 二人の視線が、静かに交わる。


「それと」


 終わらなかった。


 知ってた。


 だって、同席希望されたのもう一人いるもんね。


「リズちゃん」


「はい」


 カミラ殿下が、今度はリズへ視線を向ける。


「第七皇女宮の情報網にも、協力して調べてほしいことがあるの」


「カミラ姉様」


 エレオノーレ殿下の声が、また硬くなった。


 そりゃそうだ。


 今のは「あなたのところに諜報組織があるのを知っている」という宣言である。


「分かってる。ただで、なんて言わないわ。こちらが持っている情報も渡す」


「……」


「対等とは言わない。でも、隠し合っている場合ではないと思っているの」


「……リズ?」


 エレオノーレ殿下が確認するようにリズを見る。


「正直に申し上げます」


 リズが一礼する。


「あらゆる面において、第二皇女宮の方が情報量は多いかと」


「でしょうね」


 皇位継承権第二位だもんなぁ。


 こないだお邪魔した感じ、明らかに予算違ったし。


「こちらとしても、第二皇女宮が持っている情報を共有していただけるなら利点は大きいです」


「……わかったわ」


 エレオノーレ殿下が頷く。


「その話も受けます」


「助かるわ」


 カミラ殿下が、ようやく力を抜いた笑みを浮かべる。


「ところで」


「はい?」


 カミラ殿下が俺を見る。


 やめて。


 なんでまた俺を見るんですか。


「ロビンくんがいるところで、どこまで話していいかしら?」


「全部話していただいて構いません」


 エレオノーレ殿下が即答した。


「……」


 殿下?


 俺の意思確認は?


 聞きたくないですよ、俺?


「へえ」


 カミラ殿下が、面白そうに目を細める。


「本当に、ずいぶん入れ込んでるのねぇ」


「秘書官として有能なので」


「ふうん……」


 あ、カミラ殿下の目にいつもの悪戯の色が戻ってきた。


 てことはろくなことにならない流れだな、これ?


「じゃあ、そうねぇ」


 ようやく手を付けたカップを優雅に持ち上げながら、カミラ殿下が笑う。


「先日、うちのケイとリズちゃんが一緒にいた日の話とか?」


「ロビン」


「ん?」


 リズが、とても綺麗な笑顔を向けてきた。


「教会行ってきて」


「そうね」


 エレオノーレ殿下まで頷いた。


「今から?」


「今から」


「急ぎの話だもの」


「いや、それはわかりますけど!」


 さっきまで全部聞いていいって言ってませんでした!?


「あ、追い出される流れですか!?」


 今!?


 今、一番面白そうなところだったのに!?


 俺もそのケイとリズがデートしてた話聞きたいよ!


 観劇!?もしかして観劇一緒に行ったの!?


「聞きたい?」


 エレオノーレ殿下がコテンと首を傾げた。


 いつの間にかカミラ殿下はガトーショコラを食べながら、とても楽しそうに笑っている。


 ……


 …………あ。


「……教会行ってきます!」


 俺は立ち上がり、一礼して全速力で執務室を出る。


 危なかった!


 厄介ごとなんて、知ってる量が少ない方がいいに決まってんだろ!


 背中越しに、カミラ殿下の楽しそうな笑い声が聞こえた。


 あの人、絶対わざとだ。


 俺は何も聞いてない!


 何も知らない!


 普通の下級官吏です!


 よし!


 教会行こう!

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