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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第四章 皇帝レオンハルト

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第67話 亡国の王子、正式な方が怖い。

「失礼いたします。エレオノーレ殿下。第二皇女宮より、至急の文書です」


 俺が書類に勝ち、リズが書類を増やし、エレオノーレ殿下が猫被りをしていた、いつも通りの午後。


 文書係の声が、第七皇女宮執務室に響いた。


 リズが受け取り、確認してからエレオノーレ殿下へ渡す。


「確かに」


 殿下が完璧な皇女の顔で受け取り、文書係が一礼して退室する。


 扉が閉まる。


 その音を確認して。


「「「はぁ……」」」


 三人分のため息が、綺麗に重なった。


「絶対ろくでもない用件ですよね?」


「ロビンもわかってきたじゃない」


 なぜかリズが「うんうん」と頷いている。


「わかりたくなかったよ」


 だって第二皇女宮から「至急」だぞ?


 この時点で、平和な用件である可能性が限りなく低い。


 少なくとも「美味しいお菓子を手に入れたので一緒に食べましょう」ではない。


 もしそうなら俺はカミラ殿下を好きになる。


「リズ」


「はいはい」


 リズが慣れた手つきで封を切り、中身を開く。


 そして。


「……あら」


 リズの顔が、明らかに驚いた顔になった。


「リズ?」


「……驚いたわ」


「そんなに?」


「すごいわよ、これ」


 やめて。


 そんな反応するの、本当にやめて。


「すっごいガチガチに正式なアポイントメントよ」


「……は?」


 馬鹿な……。


 そんなことは、エレオノーレ殿下が呆然とした声をもらすぐらいあり得ない。


「カミラ殿下が、正式なアポイントメント……だと?」


 扉を蹴破る勢いで入ってきて、長椅子に勝手に座って、菓子を奪っていく、あの人が?


 ――偽造文書の可能性がある。


「見せて」


「はい」


 リズから文書を受け取った殿下が、じっと目を通す。


「……」


 少しずつ眉間に皺が寄る。


「……ホントだ」


 リズの冗談であってほしかった。


「俺も見てもいいですか?」


「はい」


 えーと。


 第二皇女宮から第七皇女宮へ。


 急ぎ協議したい案件がある。日時及び場所については第七皇女宮の都合を最優先で構わない。


 ただし、エレオノーレ第七皇女殿下及びメイド長リーゼロッテ、秘書官ロビンの参加を求める。


「……ホントだ」


 様式も文体も恐ろしいほど正式である。


 何ひとつおかしくないのに、こんなにおかしい文書を俺は初めて見た。


「場所も時間も全てこちらに合わせる。けれど、できる限り急ぎで面会をお願いしたい、ね」


 殿下が考え込むようにつぶやく。


「すっごい嫌な予感するわね?」


「しますね」


 カミラ殿下がこっちの予定に合わせるという時点で異常事態である。


「……これ、本当にカミラ殿下が出したんですよね?」


「封蝋は本物ね」


「筆跡は?」


「カミラ姉様の字ね」


「乗っ取られてません?」


「第二皇女宮を?」


「可能性として」


「それが本当なら面会どころの話じゃないわ」


「ですよね」


 じゃあ本人なのかぁ。


 それはそれで怖いなぁ。


「というか、なんでこれ、俺とリズまで参加って書いてあるんです?」


 見間違いであってほしい。


 できれば「秘書官ロビン」ではなく「秘書官っぽい誰か」くらいであってほしい。


「知らないわよ」


「殿下のお姉様でしょう」


「姉の考えてること全部わかったら苦労しないわ」


「それはそう」


 兄弟姉妹というものは、だいたいそんなものである。


 兄上が何を考えていたかなんて、俺も全部わかったことはない。


「でも、妙ね」


 リズが文書をもう一度確認しながら言う。


「カミラ殿下なら、突撃してくるのが当たり前だもの」


「そうね」


 エレオノーレ殿下も同意するが、それはそれでどうかと思う。


「それをしないってことは、第二皇女として筋を通す必要がある話か、あるいは第七皇女宮をどうにかして巻き込みたいほどの厄介な話」


「つまり?」


「最大級の厄介ごとね」


「「「はぁ……」」」


 また全員のため息が重なった。


 カミラ殿下のおかげで、第七皇女宮のチームワークが向上している気がする。


 嬉しくない。


「……これは、こちらも明日なら可能です、くらいで返した方がいいわね」


「うわぁ」


 早い。


 さすが最大級の厄介ごと。


 先延ばしにすると余計に面倒になる類のやつだ。


「あ、だったら」


 殿下が、何かを思いついたように顔を上げた。


「そうね、ロビン」


 リズまで頷いている。


「?」


 なんですか、その二人揃った感じ。


「こないだのお店で、ケーキ買ってきて」


「はい?」


「チーズケーキがいいわ」


 殿下が、真剣な顔で指を立てる。


「あと、カミラ姉様はガトーショコラが好きよ」


「思ったより呑気な話ですね!?」


 今、最大級の厄介ごとって話してなかった!?


 国家的な何かが動いてる可能性あるよね!?


「呑気じゃないわよ」


 エレオノーレ殿下が真面目な顔で言う。


「美味しいお菓子は重要よ」


「重要ですけど!」


「せめて美味しいケーキがないと、やってられない話の可能性があるってことよ」


「なるほど!」


 したくなかったけど、納得してしまった。


 嫌な話を聞くには甘味がいる。


 これは第七皇女宮の基本方針なのかもしれない。


「紅茶も少しいいやつ出しましょうか」


「そうね。どの茶葉にする?」


「カミラ姉様用に買っておいた高級なのがあるでしょ」


 なんだその普通にお茶会をやる仲良し姉妹が来るみたいなやり取り。


 いや、ある意味ではそれも間違っちゃいないんだろうけど。


「もしかして、この皇城は甘味で回ってるのでは?」


 巨大な帝国。


 百万を超える民と広大な領土、そして高度な魔導技術。


 ――それらを運営する皇城を支えるケーキ。


「失礼ね」


 エレオノーレ殿下が頬を膨らませる。


「第七皇女宮だけよ」


「それはそれで問題かと!」


 胸を張らないでください!


 帝国の一皇女宮が、菓子で運営されている。


 由々しき事態である。


「エル、私はショートケーキも欲しいわ」


 リズがさっそく返信案の下書きを用意しながら主張してくる。


「いいわね、私もショートケーキも欲しいわ」


「だったら、私もチーズケーキも欲しいわね」


「二個ずつ買ってきてもらいましょうか」


「これ、俺が発言しないとどんどん増える感じです?」


「多い方が心強いでしょう?」


「心強さの基準がおかしい!」


「ちゃんとあなたの分も買ってきていいから」


「あ、じゃあ行きます」


 俺の分も二個買おう。


「切り替え早いわね」


 俺だって甘いものは好きなんです。


 自腹じゃないならなおさら。


「あ、ロビン」


 リズがちょっと焦ったように顔を上げる。


「なに?」


「例の二位の店、最近は行列すごいらしくて、夕方には売り切れるらしいわよ」


「マジかよ……」


 あの本で紹介されたせいだろうな。


「でも、カミラ殿下も食べてない可能性あるからチャンスよ」


「そうね、姉様の機嫌が少し良くなるかも」


「ダッシュで行って、並んできます」


 最重要任務かもしれない。

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