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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第65話裏 ???、報告を聞く。

 皇城の一角。


 帝国という巨大な獣の体温を、紙の上で確かめるための部屋。


 分厚い扉は閉ざされ、窓には外から室内を窺えないよう魔術が施されている。


 室内にいるのは三人。


 上座に腰掛ける男。


 その傍らで、黙々と資料を読んでいる男。


 そして。


「……旧シャーウッド王国の集まりが、武装蜂起直前まで行っていた件ですが」


 ものすごく報告したくなさそうな顔をした男だった。


「ああ」


 上座の男が軽く頷く。


「たしか、ローラントとかいう生き残りを旗頭にする方向で、かなり上手く煽れているという話だったか?」


「そのとおりです」


「なら、予定通りだろう。何をそんな顔をしている」


「それが……」


 報告役の男が、思いっきり視線を逸らした。


「ほぼ鎮静しました」


「……は?」


「なぜか、グスタフ殿下がローラントと一騎打ちをして勝利されたようです」


 なぜだろうね。


「……」


「……」


「……誰が?」


「グスタフ殿下です」


「誰と?」


「ローラントです」


「何を?」


「一騎打ちを」


「なぜだ!」


 上座の男が立ちあげり、机をすごい勢いで叩く。


 机かわいそう。


「なぜローラントとグスタフが接触している!?」


「それが、わからないのです」


「それを調べるのが仕事だろう!?」


「ロ、ローラントの尾行は非常に難しいのです!」


「たかが亡国の亡霊だろう!?」


「その亡霊が恐ろしく手練れで、普段も尾行を撒かれているのです!一騎打ちの日も、第三皇子宮の演習場に入ったという確認が精一杯でした」


「演習場の中には?」


「入れませんでした」


「は?」


「第三皇子宮の警戒が、異常なほど厳重でした」


「……第三皇子宮だぞ?」


「はい」


「あの脳筋集団がなぜそんなに防諜してるのだ!」


「そこもわかりません」


「わからないことばかりではないか!」


 机がもう一度叩かれる。


 そろそろ叩く方の手も痛いと思う。


 それまで黙って報告書へ目を通していたもう一人の男が、そこで口を開いた。


「その日、ローラントは一人で演習場へ?」


「いえ、案内人が二人いたようです」


「案内人とは誰ですか?」


「はい、第三皇子宮の副官ともう一人いたようです」


「もう一人とは誰ですか?」


「不明です」


 男が少しだけ考え込む表情を見せる。


「……調べておいてください」


「は?」


 報告役が思わず顔を上げる。


 上座の男も不思議そうな表情になる。


「何か意味があるのか?ただの案内人だろう」


「わかりません」


「なら、なぜ調べさせる?」


「わからないのは気持ち悪いので」


「……そうか」


「はい」


「ま、まあ、それはいい」


 上座の男がため息を吐きながら座り直す。


「問題は一騎打ちのその後だ!」


「はい」


 報告役がまた頭を下げ直す。


「なぜ鎮静した!」


「はい。ローラント本人が一騎打ちの敗北を認め、その事実を持ち帰りました。これは我々が集会に潜ませた者から確認したので間違いありません」


「それだけで鎮静したのか?」


「いえ。我々が特に煽っていた者たちを中心に納得しなかった者が十人ほどいました」


「そうだろうな」


「その、納得しなかった者たちが『ならば自分たちで確かめる!』とグスタフ殿下へ挑みました」


「……馬鹿なのか?」


「返答に困ります」


「で、どうなった」


「全員負けました」


「だろうな!」


 上座の男が頭を抱えた。


「なぜ王国最強が負けた相手に、自分なら勝てると思うんだ!」


「復讐心というものは、人の判断力を低下させるのかと」


「そこを利用していた我々が言うのもなんだが、もう少し冷静になれ!」


 もっともである。


「それだけなら、まだ良かったのですが」


「まだあるのか?」


「敗北した者たちは現在、全員グスタフ殿下の直轄部隊に所属しております」


「なんで!?」


「決闘前に、『負けた場合は第三皇子直轄部隊に入り、今回の件を口外しない』という条件が提示されてました」


「誰がそんな条件を考えた!」


「ローラントが集会所で説明していたので、事前に奴とグスタフ殿下の間で取り決めがなされたものと思われます」


「グスタフの奴……」


 上座の男の顔が険しくなる。


「反乱分子をあえて自らの懐へ取り込み、管理下へ置くと同時に戦力として活用するつもりか?」


「……」


「反帝国感情を持つ者を自分の部隊で飼いならし、いずれ使える駒へ変える。なるほど。あいつ、そんな政治的な――」


「……たぶん」


 報告書を眺めていたもう一人が、静かに口を開いた。


「何も考えていないと思います」


「……」


「……」


「……それもそうだな」


「おそらく、ローラントが強くて満足したので、ついでに、元気の余っている者を鍛えることにしただけかと」


「……そう思うか?」


「はい」


「私もそう思う」


 悲しいほど意見が一致した。


 報告役も頷いているので、満場一致である。


「ちなみに、そいつらは今どうなっているのだ?」


「はい、毎朝走らされ、飯を食わされ、また走らされているという状況のようです」


「……は?」


「一部からは『当初の予定と違う』『復讐とは何だったのか』『飯は美味い』などの声が出ているそうです」


「最後の感想は要らん!」


 上座の男は一度大きく息を吐き、椅子へ深く背中を預けた。


「ふぅー……まあいい。我々へ繋がる痕跡は?」


「ありません。それだけは徹底しております」


「ならばいい。旧シャーウッドは捨て置け。それ以外はどうなっている?」


「それが……」


 報告役の男は、さらに深く頭を下げた。


「どうした。良い報告も一つくらいあるだろう?」


「では……旧ナバラ王国の互助会ですが」


「うむ」


「カミラ殿下の配下が接触したようです」


「……まあ、カミラなら気付くか」


 上座の男が舌打ちする。


「だが、接触した程度ならまだどうとでもなる。それで?」


「鎮静しました」


「なぜだ!」


「シャーウッドと同様、血の気の多い者たちだけが、グスタフ殿下に吹き飛ばされた後、直轄部隊へ編入されまして」


「またグスタフか!」


「はい。おそらく、カミラ殿下が旧シャーウッドの件を見て、同じ処理をされたものかと」


「カァミィラァ……!」


 上座の男が拳を握りしめて怒っている。


 血圧が心配だ。


「結果として、総勢二十名ほどが第三皇子直轄部隊で走り込みをしているとのことです」


「なんだそれは!反乱分子を見つけ次第、グスタフに投げる流れができているではないか!?」


「はい。グスタフ殿下は喜んで受け入れているそうです」


「受け入れるんじゃない!」


 もしグスタフ殿下がこの会話を聞いていたら、意外と「褒めすぎだ、ガハハ!」と喜ぶかもしれない。


「カミラは昔からそうだ!こちらが丁寧に盤面を整えると、横から平然と駒を掻っ攫っていく!!」


「……」


「そしてグスタフは何も考えずに盤面を踏み荒らす!!」


「……」


「兄弟というものは、もう少し協調性を持つべきではないか!?」


 報告書を読む男と報告役は無言を貫いている。


 沈黙は金。


「……アーデンは?」


 上座の男が、最後の希望のように問う。


「旧アーデン連邦公爵派の集まりはどうなった。あそこはかなり意気軒昂だったはずだ」


「……その」


「今度はなんだ!」


「旗頭として担いでいた公爵が、現在、意気消沈しておりまして」


「なぜだ」


「夫人が他の男と駆け落ちして行方不明です」


 うわぁ。


「その男は誰だ!?」


「不明です」


「そこは調べろ!」


「調べてはおります!ただ、関係者の証言も『顔が良かった』『金髪だった』『会話が上手かった』『気づいたら奥様が笑っていた』など、情報としての価値が低いものばかりでして!」


「誰かの手の者ではないのか!?」


「工作の気配がなく、本人たちも堂々と消えた割に何故か足取りが掴めないのです」


「ぐ、というかそもそも反乱計画中に駆け落ちなぞするんじゃない!アーデン貴族の誇りはどうした!」


「夫人は『誇りより、今の私を見てくれる人がよかった』と言い残したそうです」


「重い!」


「結果として、最近の公爵は、集会へ来ても『妻が……』としか言わないそうです」


「公爵!?」


「周囲の者が公爵を慰める会になっているとか」


「反乱組織が夫婦相談会になってるじゃないか!」


「結果として組織は空中分解しかけております」


「どうなってるんだ、帝都は!?」


 叫びたくなる気持ちはわかる。


 多少の沈黙が流れた後、上座の男は乱れた息を整えるように、ゆっくりと椅子へ座り直す。


「……まあいい。蜂起が起きなくとも何の問題はない」


 その一言で、部屋の空気が少しだけ変わった。


「帝都の不穏分子を炙り出し、利用できる者は利用し、邪魔な者は処分する。そのための計画であり、属国や亡国の不満など、使えるなら使えばいい。その程度の話だ」


「はい」


「大勢に影響はない。そうだな?」


 問いかけられたもう一人の男が、静かに頷く。


「はい。そうですね」


「うむ。カミラにだけは注意する必要があるが……次の皇帝は私だ」


 上座の男が薄く笑い、その後、すぐに少しだけ不安そうな表情になる。


「ただ、父上にはまだまだお元気でいてほしいのだがなぁ」


「……そうですね」


「父上さえ頷いてくださるのならば、教会へ正式に協力依頼を出すのだが」


「聞かれたら、お怒りになられますよ」


「む、そうだな、すまん。お前が手配してくれた医者はなんと言ってるんだ?」


「最善を尽くす、とだけ」


「そうか……帝国にとって、父上ほど偉大な皇帝はおらん」


「ええ」


「父上のためにも、帝都を綺麗にしておかねばならん」


「そうですね」


「よし、やれることをやっておこう。お前も今度こそ良い報告を持ってこれるよう頑張れ」


「はい」


 報告役の男が、一礼して部屋を出ていき、部屋が静かになる。


「……本当に、グスタフは何も考えていないと思うか?」


「考えていないと思います」


「カミラは?」


「色々考えていると思います」


「アーデンの件は?」


「考えたくありません」


「同感だ」


 深いため息が豪奢な部屋に響いた。

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