第64話 亡国の王子、見送る。
「で?」
数日後。
俺はまた、ローラントが泊まっている宿に来ていた。
「はい。先日のお話のとおり、私が負けた事実を集会へ持ち帰りました」
向かいの椅子に座ったローラントは、いつも通り姿勢がいい。
先日の戦いで骨が何本か折れてたはずなんだけどなぁ。
まあ、その辺のことはいいか。
ローラントだし。
「反応は?」
「そうですね。『ローラント団長が負けるはずがない』から始まり、『何かの間違いでは』を経て、『自分たちで確かめるしかない!』に至りました」
「一切納得してないな!?」
「私もそう思います」
王国最強が負けたって話を聞いて「じゃあ自分たちで」ってなる思考回路おかしいだろ。
「まあ、そのため『グスタフ殿へ挑める場を用意している』と伝えたわけですが」
「で、実際に挑んだ奴は?」
「十人ほど」
「結構いたな!?」
いるとは思ってたけど、思ったより多かったし、実際いると聞くと驚く。
「条件として、『敗北した場合、第三皇子直轄部隊に入り、この件に関する事情を一切口外しない』と」
「それで納得したの?」
「『我々が勝てば何の問題もない!』と」
「元気だなぁ……」
グスタフ殿下の言うとおり、元気が有り余ってるのかもしれない。
「ええ」
「で、結果は?」
「それはもう、ぼこぼこに」
「だろうね」
知ってた。
というか、それ以外の結果があると思う方がどうかしている。
「最初の一人が開始三秒で吹き飛びました」
「早い」
「二人目は口上が長すぎて、途中で『長い!』と怒られていました」
「かわいそう」
「その後、きちんと吹き飛びました」
「もっとかわいそう」
復讐心の重さは、俺も分かっているつもりだ。
けれど、グスタフ殿下の前では口上すら最後まで聞いてもらえないらしい。
ああ、無情。
「途中でグスタフ殿は飽きたらしく『まとめて来い』と」
「うわぁ」
「まとめて吹き飛びました」
「だろうな」
「グスタフ殿は最後まで楽しそうでしたよ」
「想像できるのがなんか嫌だ」
想像できすぎる。
「で、十人はどうなったの?」
「全員、宣言どおり第三皇子直轄部隊に入りました。今、一から鍛え直されています」
「一から」
「一から」
「走り込みから?」
「当然です」
「あわれ」
目に浮かぶ。
顔面を腫らしたり、腕を吊ったり、足を引きずったりしながら、朝から走らされる王国民たち。
グスタフ殿下が「足が動くなら走れる!」とか叫んでいる光景まで見える。
「ちなみに、飯は?」
「かなり出るそうです」
「あ、それは良かった」
「初日は皆、『帝国軍の飯など食えるか』と言っていたそうですが」
「おお」
「三日目にはおかわりしていたそうです」
「人間、腹は減るからなぁ」
「ええ」
分かる。
恨みで腹は膨れない。
俺はそれを五年前からよく知っている。
「今は?」
「文句を言いながら走って、文句を言いながら飯を食っているそうです」
「それ、だいぶ健康になってない?」
「少なくとも、暗い部屋で帝国への復讐計画を立てるよりは」
うん。
死なずに済んでいる。
飯を食べている。
走っている。
グスタフ殿下に毎日怒鳴られている。
それを繰り返しているうちに、いつか何か別のものが見つかればいい。
きっと、大丈夫。
「他の人たちは?」
「大半は落ち着きました。私が負けたことも大きかったのでしょう」
「そっか」
「まだ納得していない者もいますが、かなり元の互助会に近い空気に戻ったようです」
「……そっか」
グスタフ殿下。
あなた、存在そのものが治安維持装置みたいになってますよ。
「……まあ」
息を吐く。
「良かったな」
「ええ」
ローラントの返事も短かった。
全部解決したわけじゃない。
国が戻るわけでもない。
死んだ人が生き返るわけでもない。
黒幕もわかってない。
でも、とりあえず誰かが明日死ぬような話ではなくなった。
それで十分だと思う。
「で、ローラントは?」
「私ですか?」
「うん。これから」
聞くと、ローラントは机の横に置いていた旅用の鞄へ視線をやった。
「引き続き、ふらふらと旅をしようかと」
「そか」
「はい」
「……寂しくなるな」
別に、この歳になって子どもみたいな感傷に襲われたわけじゃない。
元々、そうなるんじゃないかとは思ってた。
それでも――少しだけ寂しいと思ってしまった。
「そのようなことを仰っていただけるとは」
「なんだよ」
「昔のロビン殿なら、『別に寂しくないけど?』と五回くらい言った後、廊下の陰から見送っていたかと」
「やかましいわ!」
こいつ、本当に俺の昔の話になると容赦ないな!?
「それで、どこ行くんだ?」
「まずは、テルシア法国にでも行こうかと」
「法国?」
大陸西方にある、テルシア教の総本山でもある国。
聖都タイタニアは観光地として有名だし、世界最高の治癒魔術を求めて訪れる人も多い。
でも、ローラントの目的地としては意外だった。
「ローラントも、そんな信仰深い方じゃなかったと記憶してるけど?」
少なくとも、王城の礼拝堂で祈っている姿は見たことがない。
ヘレナさんやドロシーさんとは明らかに種類が違う。
「ええ。私は神より鍛錬を信じています」
「じゃあなんで?」
あ、もしかして結構怪我が酷くて治してもらいに行くとか?
大丈夫?
「法国には、聖槍十三騎士団というものがおりまして」
「うん」
「強いらしいので」
「……うん?」
「ちょっと鍛え直しがてら会いに行ってこようかと」
「待て待て待て」
「何でしょう」
「お前、何しに外国行くつもり?」
「観光と鍛錬です」
「その二つ並べていい単語!?」
心配して損した!
普通の旅行って、名所を見るとか、美味しいものを食べるとか、そういうものじゃないの?
なんで騎士団と戦うのが混ざってるの!?
「ご心配なく。正式に手合わせを願います」
「そういう問題かなぁ!?」
他国の精鋭騎士団に手合わせを願いに行く、亡国最強の騎士。
嫌だなぁ。
「一通り戦ったら次の国に行きます」
「世界中の強い奴巡るつもりかよ!」
「良い修行になりそうですね」
「ローラント、性格変わってない!?」
こんなに脳筋だっけ!?
グスタフ殿下の悪い影響受けてない!?
「負けましたから」
ローラントは、布に包まれた折れた剣へ視線をやった。
「鍛え直す理由としては十分でしょう」
「……その剣、持っていくのか?」
「もちろんです」
「折れてるぞ」
「折れていても、王より賜った剣です」
「そっか」
「ええ」
別に過去を全部捨てなくてもいい。
それは俺もよくわかった。
でも、未来を見据えた結果、外国の強者に会いに行こうとしてるのはよくわからない。
「まあ……元気ならいいけどさ」
「ご安心ください。私も今回の敗北で、自分に足りないものがよく分かりました」
「走り込み?」
「それもですが、やはり強者と戦わねば鈍ります」
「……そうか」
そういう問題じゃないと思う。
やっぱりだめかもしれない。
「まあ、時々便りは出しますよ」
「便り?」
「写真機が安く買えましてね」
ローラントが机の上に置かれていた小さな箱を手に取った。
「へえ。だいぶ小さいな」
「旅行用だそうです」
「帝国すげぇなぁ」
「はい、私も驚きました」
旅人が写真機を買える時代と国なんだな。
「旅先の景色などを送りますので」
ローラントが少し嬉しそうに言った。
この人にそんな趣味あったのか。
「……ちょっとだけ楽しみだな」
「はい、期待してていいですよ」
「あ、でもさすがに工夫して送ってくれよ?」
第七皇女宮の秘書官宛に、正体不明の男から定期的に手紙が届く。
名前が「ローラント」。
リズに調べられた時点で終わりだ。
「ああ、ご安心を。新しい名前を考えました」
「お、すでに決まってるんだ?」
「はい」
ローラントが、妙にいい顔で頷いた。
「今後はオルランドと名乗ります」
「……」
は?
「そして、念のため仮面をつけて旅をしようかと」
「……お前、その名前」
嫌な記憶が蘇る。
昔、王城にあった俺の部屋の机。
「ええ」
ローラントの口元が、ものすごく楽しそうに緩んだ。
「ロビン殿が昔、机の一番下の引き出しに厳重にしまっていた、自作の――」
「なんで知ってるんだよ!?」
「第一王子に、こっそり見せていただきました」
「兄上ぇ!」
あの人、絶対許さない。
死んでるけど許さない。
「ちなみに王も私と一緒に読んでましたよ」
父上!?
「死にたい」
「ハハハ、折角拾った命を大事にしてください」
部屋にローラントの笑い声が響く。
くそ。
もっと重い話いっぱいあったはずなのに!
なんで俺の黒歴史の話になってんだよ!?
「では」
ひとしきり笑った後、ローラントが鞄を持ち上げた。
「ロビン殿」
「……なんだよ」
「いずれまた、どこかで」
「うん」
「それまで、お元気で」
「ローラントもな」
それだけだった。
きっとまた会えるから。
それで十分だった。
でも、それはそれとして次会った時に仮面してたら一発殴る。
絶対にだ。




