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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第64話 亡国の王子、見送る。

「で?」


 数日後。


 俺はまた、ローラントが泊まっている宿に来ていた。


「はい。先日のお話のとおり、私が負けた事実を集会へ持ち帰りました」


 向かいの椅子に座ったローラントは、いつも通り姿勢がいい。


 先日の戦いで骨が何本か折れてたはずなんだけどなぁ。


 まあ、その辺のことはいいか。


 ローラントだし。


「反応は?」


「そうですね。『ローラント団長が負けるはずがない』から始まり、『何かの間違いでは』を経て、『自分たちで確かめるしかない!』に至りました」


「一切納得してないな!?」


「私もそう思います」


 王国最強が負けたって話を聞いて「じゃあ自分たちで」ってなる思考回路おかしいだろ。


「まあ、そのため『グスタフ殿へ挑める場を用意している』と伝えたわけですが」


「で、実際に挑んだ奴は?」


「十人ほど」


「結構いたな!?」


 いるとは思ってたけど、思ったより多かったし、実際いると聞くと驚く。


「条件として、『敗北した場合、第三皇子直轄部隊に入り、この件に関する事情を一切口外しない』と」


「それで納得したの?」


「『我々が勝てば何の問題もない!』と」


「元気だなぁ……」


 グスタフ殿下の言うとおり、元気が有り余ってるのかもしれない。


「ええ」


「で、結果は?」


「それはもう、ぼこぼこに」


「だろうね」


 知ってた。


 というか、それ以外の結果があると思う方がどうかしている。


「最初の一人が開始三秒で吹き飛びました」


「早い」


「二人目は口上が長すぎて、途中で『長い!』と怒られていました」


「かわいそう」


「その後、きちんと吹き飛びました」


「もっとかわいそう」


 復讐心の重さは、俺も分かっているつもりだ。


 けれど、グスタフ殿下の前では口上すら最後まで聞いてもらえないらしい。


 ああ、無情。


「途中でグスタフ殿は飽きたらしく『まとめて来い』と」


「うわぁ」


「まとめて吹き飛びました」


「だろうな」


「グスタフ殿は最後まで楽しそうでしたよ」


「想像できるのがなんか嫌だ」


 想像できすぎる。


「で、十人はどうなったの?」


「全員、宣言どおり第三皇子直轄部隊に入りました。今、一から鍛え直されています」


「一から」


「一から」


「走り込みから?」


「当然です」


「あわれ」


 目に浮かぶ。


 顔面を腫らしたり、腕を吊ったり、足を引きずったりしながら、朝から走らされる王国民たち。


 グスタフ殿下が「足が動くなら走れる!」とか叫んでいる光景まで見える。


「ちなみに、飯は?」


「かなり出るそうです」


「あ、それは良かった」


「初日は皆、『帝国軍の飯など食えるか』と言っていたそうですが」


「おお」


「三日目にはおかわりしていたそうです」


「人間、腹は減るからなぁ」


「ええ」


 分かる。


 恨みで腹は膨れない。


 俺はそれを五年前からよく知っている。


「今は?」


「文句を言いながら走って、文句を言いながら飯を食っているそうです」


「それ、だいぶ健康になってない?」


「少なくとも、暗い部屋で帝国への復讐計画を立てるよりは」


 うん。


 死なずに済んでいる。


 飯を食べている。


 走っている。


 グスタフ殿下に毎日怒鳴られている。


 それを繰り返しているうちに、いつか何か別のものが見つかればいい。


 きっと、大丈夫。


「他の人たちは?」


「大半は落ち着きました。私が負けたことも大きかったのでしょう」


「そっか」


「まだ納得していない者もいますが、かなり元の互助会に近い空気に戻ったようです」


「……そっか」


 グスタフ殿下。


 あなた、存在そのものが治安維持装置みたいになってますよ。


「……まあ」


 息を吐く。


「良かったな」


「ええ」


 ローラントの返事も短かった。


 全部解決したわけじゃない。


 国が戻るわけでもない。


 死んだ人が生き返るわけでもない。


 黒幕もわかってない。


 でも、とりあえず誰かが明日死ぬような話ではなくなった。


 それで十分だと思う。


「で、ローラントは?」


「私ですか?」


「うん。これから」


 聞くと、ローラントは机の横に置いていた旅用の鞄へ視線をやった。


「引き続き、ふらふらと旅をしようかと」


「そか」


「はい」


「……寂しくなるな」


 別に、この歳になって子どもみたいな感傷に襲われたわけじゃない。


 元々、そうなるんじゃないかとは思ってた。


 それでも――少しだけ寂しいと思ってしまった。


「そのようなことを仰っていただけるとは」


「なんだよ」


「昔のロビン殿なら、『別に寂しくないけど?』と五回くらい言った後、廊下の陰から見送っていたかと」


「やかましいわ!」


 こいつ、本当に俺の昔の話になると容赦ないな!?


「それで、どこ行くんだ?」


「まずは、テルシア法国にでも行こうかと」


「法国?」


 大陸西方にある、テルシア教の総本山でもある国。


 聖都タイタニアは観光地として有名だし、世界最高の治癒魔術を求めて訪れる人も多い。


 でも、ローラントの目的地としては意外だった。


「ローラントも、そんな信仰深い方じゃなかったと記憶してるけど?」


 少なくとも、王城の礼拝堂で祈っている姿は見たことがない。


 ヘレナさんやドロシーさんとは明らかに種類が違う。


「ええ。私は神より鍛錬を信じています」


「じゃあなんで?」


 あ、もしかして結構怪我が酷くて治してもらいに行くとか?


 大丈夫?


「法国には、聖槍十三騎士団というものがおりまして」


「うん」


「強いらしいので」


「……うん?」


「ちょっと鍛え直しがてら会いに行ってこようかと」


「待て待て待て」


「何でしょう」


「お前、何しに外国行くつもり?」


「観光と鍛錬です」


「その二つ並べていい単語!?」


 心配して損した!


 普通の旅行って、名所を見るとか、美味しいものを食べるとか、そういうものじゃないの?


 なんで騎士団と戦うのが混ざってるの!?


「ご心配なく。正式に手合わせを願います」


「そういう問題かなぁ!?」


 他国の精鋭騎士団に手合わせを願いに行く、亡国最強の騎士。


 嫌だなぁ。


「一通り戦ったら次の国に行きます」


「世界中の強い奴巡るつもりかよ!」


「良い修行になりそうですね」


「ローラント、性格変わってない!?」


 こんなに脳筋だっけ!?


 グスタフ殿下の悪い影響受けてない!?


「負けましたから」


 ローラントは、布に包まれた折れた剣へ視線をやった。


「鍛え直す理由としては十分でしょう」


「……その剣、持っていくのか?」


「もちろんです」


「折れてるぞ」


「折れていても、王より賜った剣です」


「そっか」


「ええ」


 別に過去を全部捨てなくてもいい。


 それは俺もよくわかった。


 でも、未来を見据えた結果、外国の強者に会いに行こうとしてるのはよくわからない。


「まあ……元気ならいいけどさ」


「ご安心ください。私も今回の敗北で、自分に足りないものがよく分かりました」


「走り込み?」


「それもですが、やはり強者と戦わねば鈍ります」


「……そうか」


 そういう問題じゃないと思う。


 やっぱりだめかもしれない。


「まあ、時々便りは出しますよ」


「便り?」


「写真機が安く買えましてね」


 ローラントが机の上に置かれていた小さな箱を手に取った。


「へえ。だいぶ小さいな」


「旅行用だそうです」


「帝国すげぇなぁ」


「はい、私も驚きました」


 旅人が写真機を買える時代と国なんだな。


「旅先の景色などを送りますので」


 ローラントが少し嬉しそうに言った。


 この人にそんな趣味あったのか。


「……ちょっとだけ楽しみだな」


「はい、期待してていいですよ」


「あ、でもさすがに工夫して送ってくれよ?」


 第七皇女宮の秘書官宛に、正体不明の男から定期的に手紙が届く。


 名前が「ローラント」。


 リズに調べられた時点で終わりだ。


「ああ、ご安心を。新しい名前を考えました」


「お、すでに決まってるんだ?」


「はい」


 ローラントが、妙にいい顔で頷いた。


「今後はオルランドと名乗ります」


「……」


 は?


「そして、念のため仮面をつけて旅をしようかと」


「……お前、その名前」


 嫌な記憶が蘇る。


 昔、王城にあった俺の部屋の机。


「ええ」


 ローラントの口元が、ものすごく楽しそうに緩んだ。


「ロビン殿が昔、机の一番下の引き出しに厳重にしまっていた、自作の――」


「なんで知ってるんだよ!?」


「第一王子に、こっそり見せていただきました」


「兄上ぇ!」


 あの人、絶対許さない。


 死んでるけど許さない。


「ちなみに王も私と一緒に読んでましたよ」


 父上!?


「死にたい」


「ハハハ、折角拾った命を大事にしてください」


 部屋にローラントの笑い声が響く。


 くそ。


 もっと重い話いっぱいあったはずなのに!


 なんで俺の黒歴史の話になってんだよ!?


「では」


 ひとしきり笑った後、ローラントが鞄を持ち上げた。


「ロビン殿」


「……なんだよ」


「いずれまた、どこかで」


「うん」


「それまで、お元気で」


「ローラントもな」


 それだけだった。


 きっとまた会えるから。


 それで十分だった。


 でも、それはそれとして次会った時に仮面してたら一発殴る。


 絶対にだ。

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