第63話 亡国の王子、腫れが引く。
「おつかれー」
久しぶりに麦穂亭の扉を開けると、いつもの賑やかな空気が迎えてくれた。
酒の匂い。
仕事帰りの客たちの笑い声。
誰かのどうでもいい愚痴。
これだよ、これ。
俺が求めている平穏な生活というのは。
「あ、ロビンさ~ん。お久しぶりです~」
すぐにアンナちゃんが気付いて、いつものふわふわした笑顔を向けてくれる。
「久しぶり。エールと適当にご飯ちょうだい」
「は~い。今日は~美味しい山菜が入ってます~」
「じゃあ、それで」
「わかりました~。最近は来てくれなかったですね~?」
アンナちゃんが頬を膨らませた表情を作る。
かわいい。
「ちょっと怪我してたので来づらくて」
たぶん、教会に行けば、もっと早く腫れを引かせてくれたとは思う
けど、ヘレナさんに心配されたりドロシーさんにジト目で見られるのも嫌だったので、素直に腫れが引くまで待った。
「危ないことしちゃだめですよ~?」
「はい」
アンナちゃんに言われると、なぜか反論してはいけない気がする。
もうしません。
たぶん。
「お、ロビンくん。顔の腫れが引いたみたいだね?」
奥の卓から、軽い声が飛んできた。
そっちを見ると、ギルさんが楽しそうに杯を掲げている。
その隣には、当然のようにマーリンとケイ。
もう驚かない。
この店に来たら、だいたいこの三人がいる。
どうなってるんだ、こいつらの勤務時間。
特にギルさん、あなたはもう少し仕事してあげてください。
「なんか、もう今さら驚きませんけどー」
腰を下ろしながら、ギルさんの手元のポテトを奪う。
「俺の顔が腫れてたって、なんで知ってるんですか?」
「そりゃ噂になってるからな」
ケイが煮込まれた肉を口に運びながら、何でもないことのように答えた。
「噂?」
「グスタフ殿下んとこで、無理矢理鍛錬させられた第七皇女宮の秘書官が、顔を腫らして帰ったって」
「ああ……」
そういうことになってるのね。
まあ、俺とグスタフ殿下が模擬戦をしたこと自体は別に秘密でもなんでもない。
というか、夜会のこととか腫れた顔を城内で見られたこととか鑑みると、そこを完全に隠すのは無理だ。
「しかも、結構頑張って戦ったって聞いたよ?」
ギルさんが面白そうに聞いてくる。
「誰から聞いたんですか?」
「色々」
「その『色々』が怖いんですよ」
この人、飲み歩いてるだけに見えて皇子だからなぁ。
俺より情報持ってても何も不思議じゃない。
……ジルベルト殿下もグスタフ殿下に吹っ飛ばされたことあったりするのかな。
「まあ、頑張ったとは言っても、あの人めちゃくちゃ手加減してくれましたよ」
ローラントとの戦いを見て、確信した。
もしもグスタフ殿下が反射じゃなく、本気で殴ってたら俺はたぶん今ごろ壁の染みだろう。
「そらそーよ。あの人が本気で殴ってたらロビンとかぺちゃんこだろ」
マーリンが杯を揺らしながら言った。
「怖いこと言うなよ」
「でも、なんかロビンが空中で跳ねたって噂も聞いたぞ?」
「ん?ああ、風魔法使ってちょっとだけな」
これくらいなら隠すことでもない。
ほんのちょっと魔法も使える奴の範疇に収まるはずだ。
「ああ……こんな感じ?≪エアロ≫」
マーリンがそう言った瞬間、ふわりと椅子から浮いた。
椅子に座った姿勢のまま。
普通に。
すーっと。
「それは無理!!」
「違うの?」
「違うよ!なんで自然に浮いてんの!?」
「風で体重支えてるだけだけど」
「『だけ』で済ますな!」
マーリンは空中で首を傾げている。
その姿があまりにも自然すぎて、逆に腹が立つ。
周囲の客たちが「マーリンが浮いたぞ」「またか」「アンナちゃんに怒られるぞ」と笑っている。
そんなによく浮いてるのかよ!
「いやいや、噂だとこんな感じだろ?」
今度はケイが手元の骨を指で摘まんだ。
「ほい」
骨を空中にぽいと放った次の瞬間、ケイが軽く飛び上がり――骨の上を軽く跳ねた。
……は?
そのままくるっと、空中で姿勢を戻して……
「よっと」
すっ。
何事もなかったように椅子へ綺麗に着地した。
「こんな感じ?」
「出来てたまるか!!」
何やってんの!?
何で骨を足場にして跳ねてんの!?
「違うの?」
「違うわ!というかサラッとすごいことすんな!」
ローラント以外にも出来る奴いるなんて思わなかったわ!
なんか酒場全体から「おー!さすがケイ!!」とか拍手と歓声が飛んできてる時点で普通は出来ねぇんだよ!
「酒場でやる分には、ただの曲芸だからなぁ。実戦でやれって言われたら出来るのは……うちの騎士団でも一人か二人かなぁ」
「そういう問題じゃねぇんだわ!!」
というか実戦でもできる奴いんのかよ!
おかしい!
帝国の層が厚すぎる!
というか、そういえば少なくともガウェインって人はグスタフ殿下と同クラスなんでしたね!
滅ぼされた側として、腹立つくらいに強いな!
なんで酒場で、「あ、こりゃシャーウッド負けるわ」って思わなきゃいけないんだよ!
「いやぁ、帝国の上澄みって怖いなぁ」
マーリンが宙に浮いたまま、しみじみと頷いている。
「お前も上澄み側だよ!」
なんで、魔導局のやべー人間がこっち側みたいな顔で言っているのか。
お前はあっち側だ。
「俺は研究職だぞ?」
「研究職は普通、酒場で浮かない!」
「偏見だなぁ」
「どこの世界に日常的に浮く研究者がいるんだよ!」
「ここ」
「もうヤダ、こいつら!!」
どうして俺の周りには普通の人がいないんだ!
俺が泣きながら練習した技に近いことを、酒場の卓横で軽く再現しないでほしい。
「ケイさ~ん?」
そこへ、アンナちゃんの声がふわりと飛んできた。
手には俺のエールと料理の皿。
「ご飯で遊んじゃダメですよ~?」
「……はい」
ケイが即座に姿勢を正した。
帝国の精鋭騎士が一瞬で負けた、だと!?
「マーリンさんも~」
「はい」
「お客さんがびっくりするので浮いちゃだめです~」
「はい」
すとん。
マーリンが椅子に降りてきた。
魔導局開発班長も負けたが、まあ、いつものことか。
「あと、ロビンさ~ん?」
「はい」
「戦ったりしたって聞こえましたよ~?」
笑顔がこちらに向く。
「危ないことは~?」
「もうしません」
「ほんとですか~?」
「努力します」
「ちゃんとしてくださいね~?」
「はい」
俺は弱い。
グスタフ殿下にも勝てないし、アンナちゃんにも勝てない。
「それならいいです~」
アンナちゃんは満足そうに料理を置いてくれた。
許されたらしい。
「アンナちゃん」
ギルさんが、そこで妙に爽やかな笑顔を作った。
「俺はそういう危ないことしないから、今度デートでもどうだい?」
「あはは~、遠慮しておきます~」
第六皇子の ナンパ!
アンナちゃんは ひらりと身をかわした!
「……ロビンくん」
「何?」
「今、俺の心が大怪我した」
「危ないことしちゃダメですよ」
「君、楽しそうだね?」
「はい、すごくいい酒の肴です」
「うん、ロビンくんもだいぶこの街に染まってきたね」
「このタイミングで言われるのはなんか複雑です!」
うん。
今ごろローラントはたぶん集会所で皆に事情を説明してる頃だろうけど。
それはそれとして、今日も麦穂亭は平和だし。
エールは美味い。
よかったよかった。
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おまけ
作中強さランキング(個人戦・一対一・距離のない状態から戦闘開始という前提)
ローラント(五年前)≧グスタフ(現在)≧ガウェイン・ランスロット等帝国最強論争組≧法国の聖槍十三騎士団≧ローラント(現在)≧グスタフ(五年前)>ケイ等帝国上澄み組>>カミラ>>普通の帝国騎士>>他の国の騎士とかアルバートとかジルベルトとか>>一般人
※もちろん、実際の状況等において変動するため特に「≧」のあたりは全然勝ち負けします。
あと、ローラントが使った技ですが、
①「空中で瓦礫を踏んで方向転換」であれば、ケイ等帝国上澄み組以上が使用可能。
②「戦闘中に使用」であれば、トリスタン(仮)等の最強組のうち一部が使用可能(魔術利用する場合を含む)。
③「戦闘中に『空中で何度も方向転換をし、相手の死角に飛び込み、必殺技と言えるレベル』で使用」はローラントのみ。
※ロビンの使用した技とローラントの技は完成度も速度もまったく違いますが、『型』は一緒だった、という設定。




