第62話 メイド、報告する。
「エル」
「んー?」
いつもどおり長椅子に沈み込んでいるエルが、気の抜けた声を返してきた。
手元には焼き菓子。
膝の上にはクッション。
完璧な皇女の姿は、もう本日の営業を終了している。
「良い報告と悪い報告、どっちから聞く?」
「どっちも聞きたくなーい」
まあ、気持ちは分かる。
報告というものは、大体において仕事を増やす。
良い報告は良い報告で「じゃあ次はどうする?」になるし、悪い報告は悪い報告で「では対処しましょう」になる。
「エル」
気持ちは分かるけど、がんばったんだから聞いてもらわないと困る。
「……その報告、明日の朝になったら消えたりしない?」
「消えないわね」
「冷蔵庫に入れたら?」
「鮮度が保たれるだけね」
「じゃあ捨てて」
「捨てたら後で増えるわよ」
「報告って雑草なの?」
「宮廷の報告はだいたい雑草よ」
刈っても刈っても生えてくるし、たまに毒草も混ざっている。
「うー、わかったわよ。じゃあ、悪い方から」
「だと思った」
「聞きたくないものは先に済ませる主義なの」
そう言いながら、エルは焼き菓子を一つ口に入れた。
悪い報告を聞く準備として菓子を食べる皇女。
強いのか弱いのか分からない。
「まずは、事後報告でごめん。ロビン尾行した」
「……でしょうね」
「あら、止められるかと思った」
「さすがに怪我までして帰ってきたんだし、止めないわよ」
当たり前だ。
ロビンが裏切って、第三皇子宮についたとまでは考えないが、何かしらのいざこざを抱え込んでいるのは間違いないのだから。
エルは小さく息を吐いて、ようやくクッションから顔を上げた。
……ロビンが絡むと、エルは分かりやすくなる。
本人はバレてないつもりかもしれないけど。
「で?」
「途中までは普通だったわ。本人は一応警戒していたけど、まあ、ロビンにしては頑張っていた、くらいね」
「リズに尾行される時点で、頑張っても無駄じゃない?」
「そうね」
「容赦ないわね」
あの程度の警戒で尾行を撒けると思っているロビンに問題がある。
「で、途中で第三皇子宮の副官と合流して」
「ああ、あの苦労人っぽい人」
正解。
「そう。で、その後にすっごく強そうな男と合流した」
「グスタフ兄様より?」
「……わかんない」
「……それは相当ね」
あれは強い。
私も戦闘が専門というわけではないけれど、それくらいは分かる。
何より、あの男は尾行している私に途中で一度気付いた気がする。
うっそだろと思った。
「で、その三人が第三皇子宮の専用演習場に入っていった」
「……何やってんのよ、本当に」
エルが額を押さえて、天井を仰ぐが気持ちはわかる。
ロビンは自分を普通の下級官吏だと言い張っているが、普通の下級官吏は顔を腫らして帰ってきた数日後に、謎の強者を連れて第三皇子宮専用演習場へ行かない。
普通とは何なのか。
最近、私も分からなくなってきた。
「まあ、ざっくり想定できるのは“なぜかロビンに超強い知り合いがいて、グスタフ殿下に紹介したっぽい”って流れかしらねぇ」
「まあ、グスタフ兄様だしね」
「そうなのよねぇ」
強い人を紹介するって言葉の意味が自分で言っててわからないけど、グスタフ殿下だからなぁ。
「追ったの?」
「追ったわよ」
「入れた?」
「無理」
「……リズが?」
「私が」
「……」
エルが、かなり真面目な顔になる。
まあ、そうなるわよね。
第七皇女宮の裏方は、正面からぶつかるための組織ではない。
なのに今回は、近づくことすら難しかった。
「あそこまで厳重とは思わなかったわ」
しかも、ただ厳重なだけではなくて、人の配置が嫌らしかった。
通れると思った場所に、必ず一人いる。
目を逸らした瞬間に抜けられそうな場所ほど、必ずもう一人いる。
あれを組んだ人間は、たぶん侵入する側の考え方をよく知っている。
「……リズ」
「何?」
「楽しそう」
「綺麗に防がれるのは、それはそれで勉強になるもの」
「本音は?」
「次は絶対に侵入してやる」
「次がある前提なのね」
当然だ。
一度防がれたなら、次は別の穴を探す。
それが仕事であり、趣味であり、意地だもの。
「で、全然近づけなかったから、仕方なくちょっと遠いところから観察してたのね」
「ん」
「そしたら、第二皇女宮と……あと、他に何人か探ろうとして止められていたわ」
「うわぁ……」
エルが心底嫌そうな声を出した。
気持ちは分かる。
第三皇子宮が何かを隠した。
そして、それを探る勢力が複数ある。
うん、ろくなことにならないわよね。
「なんで第二皇女宮だけ分かったの?」
「顔見知りのケイだったから」
「なるほどね」
説明が早くて助かる。
ケイ。
第二皇女カミラ殿下直属のナイツ・オブ・ラウンズの一人。
酒場では噂好きの騎士を名乗っている、かなりいい加減な男だけど、いい加減なだけの騎士ではない。
というか、そんな騎士ならカミラ殿下が手元に置くはずがない。
「ちなみに向こうも私に気付いた」
「何か話した?」
「してない。目が合った瞬間、お互いに『今日は見なかったことにしましょう』って顔をした」
「ひどい会話ね」
「目だけで成立したわ」
「便利ね」
「でしょう?」
第二皇女宮が動いていたこと自体は驚きではない。
カミラ殿下なら、グスタフ殿下の周囲で厳戒態勢が敷かれていれば、当然気が付く。
「だから、まあ」
私は軽く肩をすくめる。
「言うかは知らないけど、何が起きたか知りたかったらロビンに聞くしかないわね」
「そうね」
「聞く?」
「……聞いたら嫌われないかしら?」
「その程度で嫌われるなら、とっくに辞めてるわよ」
「それもそうね」
我らがロビンは、何度も逃げる機会があった。
普通ならとっくに辞めている。
それでも残っているのだから、多少問い詰めたくらいで逃げたりはしないだろう。
たぶん。
いや、逃げようとしたら捕まえるけど。
「で、良い報告は?」
「聞くのね」
「悪い報告だけで終わったら、ただ損した気分になるじゃない」
「それはそう」
でも、これは正直かなり頑張ったので、エルにもちゃんと聞いてもらわないと困る。
「……先日から、オスカー殿下のことを調べる過程で魔導局も調べてたのよ」
先日、エルのお願いを受けて以来、調べようとしたのだが、あの人ほとんどの時間を魔導局で過ごすから全然調べが進まないのだ。
「うん、相変わらず?」
「鉄壁」
「でしょうね」
「局員の名前すら非公開。出入りしてる業者まで定期的に変えてる」
「帝国の最重要研究機関だから仕方ないけどね」
「酒場で自分の所属バラしてるおかしい開発班長もいるんだけど」
「ああ、マーリンって人だっけ?」
「そう」
あれは例外中の例外だ。
「夜会でオスカー兄様がその人のことでため息吐いてるの見たことあるわよ」
「何したの?」
「知らない。何か報告を受けて、『またマーリンか……』って言ってた」
「さすがマーリン」
何も知らないのに納得できるのが怖い。
「リズが知り合いなら、その人経由で魔導局に踏み込むのは?」
「無し」
「即答」
「絶対無し」
「リズがそこまで言う?」
「言う」
危険すぎる。
ああいう制御できないタイプの天才はどこに地雷があるかわからないのだ。
「で、外から少しずつ拾う中で、局員と思われる人物を見つけた」
「どうやったの?」
「花屋」
「……花屋?」
「裏方の記録に、半年ほど前に『うちの娘が魔導局に就職したんだよ』って花を買ってった客がいた記録があったの」
「人の口に戸は立てられないわねぇ」
「本当にね」
「嬉しかったんでしょうね」
「気持ちは分かるけど、魔導局の人事担当が聞いたら倒れるわよ」
そうかもしれない。
「んで、やっと局員が分かったから、後は色々頑張れば魔導局の入口をくぐれそうな目処が立ったってのが良い報告」
「それ、色々でまとめていい内容かしら」
「だっていっぱい頑張ってるんだもん」
全部報告してたら夜が明けるレベルで頑張ってる。
エルはもっと私を褒めるべきである。
「魔導局に入れそうなら、何を見るか具体的に考えておきましょうか」
「そうね」
「まず、分かってること全部出して」
「はいはい」
用意していた資料を机へ置く。
どん。
どん。
どん。
あ、エルの目が死んだ。
「多くない?」
「機密の塊だから」
「今日中?」
「ロビンいないうちにやっちゃわないと」
「もうやだぁ……」
あわれ、エルはまたクッションに沈んでしまいましたとさ。




