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亡国の王子ですが、のんびりしようと下級官吏になったら、なぜか昼行燈と噂の第七皇女の秘書官になりました  作者: 萩原梓荻(旧:萩原詩荻)
第三章 第三皇子グスタフ

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第59話 亡国の王子、届ける。

 帝都の外周にほど近い場所に、第三皇子宮専用の演習場がある。


 ――ということを、俺は今日初めて知った。


「……随分、物々しいですね」


 ローラントと俺を案内するために、前を歩いている騎士に声をかける。


 先日、医務室で話した騎士なのだが、どうやらグスタフ殿下の副官だったらしい。


 ……苦労されてらっしゃるんだろうなぁ。


「本気で秘密を守るということは、こういうことですよ」


 なるほど。


 いや、だって演習場なんだから多少物々しいのは当然なんだけど。


 入口からここまで来る間に、既に何人もの騎士とすれ違っている。


「今日、この演習場自体に私たち第三皇子直属の人間以外は絶対に入れません」


「……ありがたい」


 隣を歩いていたローラントが静かに言った。


 五年前に滅んだ王国の騎士が、帝国の第三皇子と剣を交える。


 ――知られていい話じゃないよなぁ。


 そんな無茶苦茶な頼みを、グスタフ殿下は本当に叶えてくれた。


 ……あのへろへろパンチ一発でこうなったと思うと、なんか申し訳なくなってくる。


「これほど整えていただけるとは思っていませんでした」


「殿下が約束されたことです」


 副官さんが、そこでローラントを改めて観察するように見る。


「歩き方だけで分かります。相当お強いですね」


「はい」


 即答すんな。


 迷いも謙遜もない。


「謙遜とかないの?」


「必要ですか?」


「いや、俺が悪かった」


 この人、こういうところは昔から変わらない。


 昔、父上に「ローラント、お前は王国最強なのだからもう少し謙遜とかを覚えたらどうだ?」と言われて、「事実を曲げる必要がありますか?」と答えていたのを俺は知ってる。


 強い。


「少なくとも、この案内人を含め、道中にいたどの騎士よりも私の方が強いです」


「ちょっと!?」


 言うにしても言い方がある!


 初対面の相手に何言ってんの!?


「……なんか、すみません」


「いえ、構いません」


 副官さんは特に気を悪くした様子もなく答えてくれた。


 大人だ。


 ほら、ローラント見習えよ。


「自分より強い者を強いと認められない騎士は、早死にしますので」


「なるほど、良い教育をしていますね」


 ローラントが楽しそうに頷く。


 なんか通じ合ってるんだけど、怖いよ?


「ですが」


 副官さんの口元が、にやりと上がった。


「グスタフ殿下は、私なぞよりずっとずっとずっと強いですから」


「ほう」


 ローラントの目が変わった。


「うわあ」


 なんでこの世界の強い人たちって、強い人の話すると目が輝くんだよ。


 というか、ローラント意外と余裕あるのな?


「楽しみですね」


「俺は胃が痛いけどな」


「なぜです?」


「色々心配なんだよ!」


「ご心配なく。私が勝ちます」


「うわぁ……」


 今すれ違った騎士がちょっと笑ってたぞ。


 そんな会話をしていると、長い通路の突き当たりに大きな扉が見えてきた。


「こちらです」


 両開きの分厚い扉。


 その両脇にも、当然のように二人の騎士が立っている。


「ここから先は、お二人だけで」


「……」


 本当に徹底してる。


 ここまで連れてきた本人ですら見ないのか。


 あんなに、『見たかったぜ!!』って叫んでたのに。


「……何ですか」


「いえ」


「見たいですよ」


「聞いてないです」


「ものすごく見たいです」


「だから聞いてないですって」


「ですが、命令なので」


 えらい。


 副官さんが、真剣な顔でローラントへ向き直る。


「名も素性も存じませんが」


「はい」


「ご武運を」


「……」


 ローラントは答えなかった。


 ただ、ほんの少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございます」


 代わりに俺が口に出して答える。


 たぶん、ここはそれでよい場所なのだ。


「ロビン殿」


「はい」


「誓いを」


「忘れてません」


 俺がそう答えると、副官さんは一度だけ頷いてくれた。


 扉が開く。


 俺とローラントは、その向こうへ足を踏み入れた。


◇


 扉の先には、石造りの通路が続いていた。


 後ろで重い音を立てて、扉が閉まる。


 ……帰り、あの扉って俺一人じゃ開けられなくない?


「――ロビン殿」


 ローラントの表情が一気に静かなものになった。


「ん」


「念のため言っておきますが、これが罠だった場合、私がなんとしてでも血路をこじ開けますのでお逃げください」


「大丈夫、それはないよ」


 少なくとも俺はそう信じている。


 だって、信じてもらったんだから。


「そこまでおっしゃるなら従いますが、いい加減どうやってこの場を整えたのかくらい教えていただけませんか」


「秘密」


 だって、絶対怒られるもん。


 がんばったのに、エレオノーレ殿下に続いてローラントにまで怒られてたまるか!


「ですが……」


「不安なら、今すぐ逃げてもいいぞ?」


「ほう?」


「なんだよ」


「私が、どれだけこの日を待っていたと思っているのです」


「……そうだな」


「ええ」


 ローラントが、腰の剣へ軽く手を置く。


 鎧も、魔導具も、勲章も全て手放した男が唯一手元に残していた剣。


「五年です」


「長いな」


「……ええ」


「……」


「……」


「無理は、するなよ」


 自分で言ってから、馬鹿なことを言ったと思った。


 ローラントが無理をしないはずがない。


 分かっているけど、言わずにはいられなかった。


「約束はできません」


「だよな」


 ごめん。


「ですが」


 ローラントが、少しだけ俺を見る。


「あなたに、生きてほしいと言われましたから」


「……」


「死ぬために剣を振るうつもりはありません」


 それだけで、十分だった。


「そっか」


「はい」


「ならいい」


 通路の先に、光が見えた。


◇


「うわ」


 通路を抜けた瞬間、思わず声が漏れた。


 そこは、周囲を壁で囲まれた円形の演習場だった。


 地面は石畳が敷き詰められており、障害物も何もない。


 そして、俺たち以外には中央にたった一人男が立っていた。


「来たかぁ!!」


 大剣を携えた銀髪碧眼の巨躯が、満面の笑みを浮かべている。


 超怖い。


「……あれが?」


 ローラントが小さく呟いた。


「ああ。間違いなく、グスタフ・フォン・ライヘンバッハ第三皇子だ」


「……なるほど」


 そのまま、ほんの数秒。


 ただ立っているだけの相手を見て。


「強い」


 ぽつりと零した。


 昔からローラントを知っている俺には分かる。


 これは、最大級の褒め言葉である。


「貴様が細いのの紹介する騎士だな!」


 グスタフ殿下が、大剣を肩から下ろす。


 その一動作だけで、空気が変わった。


「名を名乗れない無礼だけは、先に謝罪する」


 ローラントが、静かに応える。


「構わん!」


 グスタフ殿下は、笑った。


 嬉しそうに。


 本当に、心の底から嬉しそうに笑った。


「名など要らん!剣を交えれば分かることだ!」


「ありがたい」


「細いのは離れてろ、邪魔だ!」


「言われなくても離れます!」


 巻き込まれたら死ぬ。


 離れる前に、一度だけローラントを見る。


「……頼んだぞ」


 何を。


 とは言わなかった。


 自分でも、分からなかったからだ。


「――お任せください」


 でも、返事をしてくれたローラントの表情は、俺がまだアルバートだったあの頃と同じ顔だった気がした。


 だったらきっと大丈夫だ。


 そのまま俺は急いで端の仕切りを越えて観客席へ上がり、改めて演習場に目を向ける。


 他に誰も見る者のいない演習場の中央で。


 かつて、シャーウッド王国の王都を攻め落としたライヘンバッハ帝国の第三皇子が。


 その日、そこにいられなかったシャーウッド王国最強の騎士と。


 ゆっくりと向かい合う。


 五年前、この二人が向かい合っていれば、何かが変わったかもしれないが、変わらなかったかもしれない。


 だから、これはやり直しではない。


 ただ、五年前に振るえなかった剣を、振るうだけの戦いだ。

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